第78話 歩行決定

「はっ⁉」


「せやから歩くて」


 平静な顔で発する。


「今、深夜三時だぞ! 八時間徒歩って」


「十一時に着くやん。三タス八や」


 ネカフェは飛固寝ひこね駅の近くにある。明らかにネカフェで泊まるしかないと諦めていた俺に、田舎娘は田舎らしい強行策を打ち出してきた。


「へとへとになるぞ、そんなに歩いたら。体のどっかが絶対おかしくなるって」


「ヤワやな、おじさん。歩き疲れたらフロ入ってメシ食うて寝りゃええだけや。難しいことはあらへん」


「なんてガサツな女なんだ! だからフられたんだ!」


 刹那、ほそっこい目がはっと悲し気に開く。


「あ。ごめん」


「そこで謝らんとってくれ、思い出すやん」


「あ、確かにそうだったな。ごめん」


「せやからっ。ぐすっ」


 まさかの泣き。早すぎる。


「そんなに悲しかったのかよ」


「フられたことない童貞には分からんやろうなぁ……グスッ、グスッ」


 猛烈にぶん殴りたいが、そんなところを目撃されて通報されたら終わりだ。


「お前は処女じゃないんだな? 童貞って言うからには、お前は経験あるんだろうな」


「ない。っていうか、処女には価値あるやん。童貞にはないやろ?」


 なたを脳天に振り下ろしたいと思いつつ、あまりの正論で腕が痙攣する。


「…………悔しいけど、俺もそう思う」


「まあ、トオル君と結ばれたら脱処女やけどな。ははっははっ」


 悲しさと希望が混ざり合わず、気味の悪いせせら笑いがこぼれている。


「でも当分は俺がトオル君ってやつの役なんだろ? 勘違いして俺を襲うなよ?」


 冗談を言って、このムカつく女をからかう。俺は昔から、簡単に話せてつムカつく女ってのは、からかいまくるべきだと思っている。


「吐き気するようなこと言わんとってくれ」


「……そこまで?」


「吐血レベルや。二度と言わんとってくれな?」


 すごく睨まれた。


「……わかった」


 ショックだ。可愛くも何ともない女に精神的ショックを与えられるなんて。



 くだらないやり取りをしながら、俺たちは確実に前進している。ネカフェからどんどん遠ざかると同時に、こいつの家にはほとんど近づいていない。

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