第55話 機内で疎まれた

 嫌な予感は外れたようだ。

 

 俺は出発の20分前に保安検査をくぐって、今はもう機内にいる。


(やれやれ。杞憂でよかった)


 飛行機に3度も乗り遅れたことがあるから、こんな心配症の体になってしまったようだ。特に気にすることもなかったらしい。


『ただいま、1名のお客様のご搭乗をお待ちしております。今しばらくお待ちくださいませ』


 どうやら遅れ者がいるようだ。自分も遅れたときはこうやって迷惑をかけていたのかと考えると、今更ながら申し訳ない。


『ただいまお客様は保安検査中です。もうしばらく…………』


 飛行機に携わる人も大変だなぁ。出発時刻の1分前だってのに、たった一人の迷惑者のせいでバタバタする羽目になるなんて。


 バタバタバタバタ…………


(お、来た。どんな顔か見てやろ…………)


「お客様、お席の番号は」「G12、窓側です」


 俺はG13、通路側だ。すなわち隣に座られることになる。


 と。


「お客様、大変申し訳ございません。こちらのお客様をお通し願います」


「……はい」


 迷惑な乗客は、物凄く優越感に浸っていた。


 ホットパンツ、Tシャツ。コバルトブルーの大きな瞳、ほんのり香るオレンジの芳香。


 

 寝起きのままじゃねえか!



「ふふん♪」


 刹那、俺の心に殺意が湧く。


「狙ったな」


「何のことですか?」


 広大な滑走路を窓から見つめる美少女。絵になるけれど、そんなのマジでどうでもいい。


「見てくださいお兄さん、私こんなに汗かいちゃったんです」


「黙れ」


「なすり付けてほしいですか?」


 率直に言うと、なすり付けてほしい。でもここでそう言うと、負けた気分がする。


「……なすり付けるな。不健全娘」


「物欲しげにしてます。私の二の腕握っちゃってます」


 信じられない。俺は、無意識のうちに百合香ちゃんの二の腕を握っていたのだ。汗ばんだ二の腕が俺の手に吸い付いて、離そうとしても離れるなと言われているようで。


「私はいいですよ? お兄さんにいっぱい触ってほしいです」


 百合香ちゃんが、二の腕を握る俺の手を握る。

 手のひらからじんわりと手汗がにじみ出て、俺の手をじわじわ濡らす。手の温度が下がっているのが分かる。


 

 ゴー…………


「あ、お兄さん離陸してます! ひゃああっ」


 楽しそうに笑う百合香ちゃん。手を上げて、まるでジェットコースターに乗っているような格好。しかもTシャツ、ホットパンツ。おまけによく見たら、胸のあたりにが見える。

 

 JKなのにこんな喜び方。JKなのに無防備すぎる体。JKなのに旅行準備を全くしていないであろう様子。


「ひゃあああああああああああああああ、お兄さあああああああああん!」


「うるさい、少し黙れ」


 恥ずかしい。みんなこっち見てる。


「飛行機初めてえええええええええええええ、きゃあああああああああああ!」


「黙るんだ!」


 セミロングの髪の毛をグイグイ引く。


「わああ、高い、高い! お兄さん高いです!」


「いいから」


 目を覆い隠す。


「ちょ、お兄さんやめてください! 何も見えません!」


「黙らないからだ。大人しくするんだ」


「嫌ですっ、お兄さんと一緒に旅行するの楽しいんですっ」


「大人しくしろって言ってるだろっ」


 子供だ。百合香ちゃんが子供になってしまった。ということは俺は父親。母親は誰だ?


『お客様、お静かにお願いします』


 CAが来ちゃったじゃねえか! しかも俺が怒られるのかよっ。


「ごめんなさい、本当に申し訳ありません」


『お飲み物はいかがなさいますか?』


「あ、お茶で。お茶二つで」


 百合香ちゃんが座席でバタバタ暴れている。いい加減にしてほしい。


「お兄さん! 暗いです、暗い! 放して! お兄さんのセクハラ!」


『お茶二つですね。ではテーブルを前に倒していただけますか?』


「はい」


 片手で目を覆い、もう一方の片手でテーブルを下ろす。


「私はオレンジジュースがいいです、勝手に注文しないでくださいお兄さんっ」


「すいませんCAさん、一つをオレンジジュースに変更で」


『かしこまりました。くれぐれも機内ではお静かにお願いします』


「本当にすみません」


 CAさんに迷惑をかけてしまった。他の乗客にも。


 こいつのせいだ! 口を塞いでしまえ!


「ふむっ⁈ ふむむむむむっ!」


「もう百合香ちゃんはしゃべっちゃいけない。飛行機が空港に着くまで。絶対にしゃべれないように押さえておくからな」


「ふんんんんんっ!」


 もがく美少女JK。ホットパンツの裾がわずかに緩み、奥がちょっぴり見えた。


 ピンクだった。



『チッ』



 あれ? 今、CAさん何か言った?



「チッ」「チャッ」「うっざ」「シネ」「ムカツク」「うるっせ」「黙れや」



 やばい。早く着いてくれ…………


 皆の視線が怖い、早く着いてくれ…………


 てかCAさんは舌打ちしちゃダメだろ…………


 ――


 痛見止目いたみどめ空港に着き、俺たちは乗客乗員にうとまれながら出口を出た。

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