第80話 夜が明けてしまった

 田舎娘は、下を向いてスマホばっかり見ている。


「おい」


「なんや。今足痛いねん。喋りかけんとってくれ」


「前見て歩かないと、つまづくぞ」


「足に目があるさかい、平気や」


 空の向こうがオレンジ色に染まってすごく幻想的だ。それを見てほしいだけなのに、こいつは足に目があるとか言ってスマホばっかり見ている。


「おい。空が綺麗だ。見てみろ」


「そんな言い方やったら綺麗さは伝わらん。どうせただの朝焼けやろ」


「そうだけどさ、綺麗だぞマジで。見てみろって」


 難しい顔をしたまま、なかなかスマホから目を離さない。ハンマーで頭をかち割りたいところだが、あいにくハンマーを持っていない。どうしよう。


(てか、何見てんだろう)


 こっそり、スマホを覗く。ガードがゆるゆるなので、あっさりと画面を視認できた。


「ぷふっ」


「なっ! み、見たな⁉」


「見てねえよ」


「見たからわろてるんやろっ」


 恥じらっている。こいつが恥じらったところ可愛さなんか感じないが、代わりに、「やってやったぜ」という達成感が得られる。


「シャンプー会社のサイトなんか見て、ぷふふっ」


「たまには、別の使うのもアリや思うただけや。ほんまやで!」


「嘘つけ、本当はトオル君に髪の毛のいい匂い嗅いで欲しいんだろ」


「うっ」


 顔を上げた田舎娘。真っ赤になっている。


 ちょうど今、真っ赤な太陽が昇ったところだ。


「太陽が二つあるぜ」


 吹きこぼれそうな笑いをこらえる。泊めてもらえなくなっても困るし。


「ど、どういう意味やっ」


「別に」


「そ、そんな笑わんでもええやん! えシャンプー使つこうたらええ言うたんはおじさんやろっ」


「いや、だって。ふはっw」


「あ、あほ! おじさんはあほや!」


 刹那、尖らせた中指の第一関節で殴られた。


「った……」


 ここで反逆してはいけない。泊めてもらえなくなるから。


 てか、もう朝か。泊めてもらう必要ないんじゃ……


「おじさん、顔赤いな。太陽が二つあるみたいや」


「くそったれが。お前が殴ったせいだろ。ったく、粗野なやつだ」


「それ、可愛くないってことか?」


「可愛くないどころか、危険生物だわ」


 見ると、再び拳を握っている。また殴るつもりか?


「じゃあ、顔さすったろうか? 女の子らしく…………」


 目を逸らし、下を向いている。


「か、勘違いすなよ。おじさんが好きとちゃうねん、今のおじさんはトオル君やから照れてんねん…………」


「え、もう始まってんの」


「当たり前や! お、おじさんはトオル君の模型やぁぁ!」


 ぴとん。


「あ」


 さすさす。


 くそ。こんな無価値な田舎娘に顔を撫でられるなんて。百合香ちゃんの手なら、いい感じでぷにぷにしてて気持ちいいけど、こいつは


「手、硬っ」


 石のように鍛えられた硬さではない。ただ単に硬いだけの手。足の裏で撫でられているような心地がする。


 すささ、と手を引っ込める田舎娘。


「ほんまに?」


「ああ」


「はぁ……」


「気持ちは分かる。俺がお前だったら、同じようにため息をつく」


 顔が可愛くなくて、声も可愛くなくて、手も硬くて可愛くない。かわいそうに。


「あ、あれじゃないか? 多画たが大社」


「え!」


 少し前にマップで調べた時、道中に多画大社があることが分かった。わらにもすがりたい田舎娘は、是非行きたいとか言って、刹那的に食いついた。


「よっしゃ、願うでぇ!」


 急に走り出す田舎っ子。


「おい待て! 足痛いんじゃなかったのか?」


「治った!」


 どんな生体システムだ。何を食べたらそこまで急速な回復ができるんだ。


「おい待て、俺も足が痛いんだって」


「おじさんは歩けばええ、ウチは走るけどな!」


「おい! ったくなんだよ」


 曲がり角に姿を消し、俺だけが残される。


 それにしても、夜通し歩いたのか。太陽はすっかり上って、青空と雲が清々しい。立ち並ぶ民家から、香ばしい匂いが漂ってくる。


(あ……)


 こうして一人になると、体中が痛む。


(マジ疲れた……)

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