第21話 pre 学校での百合香ちゃん

 風呂場から、シャワーの水音が聞こえる。


「百合香ちゃんまだか?」


 でかい声で呼ぶ。


「もうちょっとです」


 もうちょっと、風呂場から最初にそう返ってきて、もう30分も経つ。


「早く上がってくれ」


「濡れ濡れ全裸でいいなら上がってあげます」


 扉越しにこもって聞こえる美少女の声は、どこか拒んでいるような声の調子。


「話したくないことはいろいろとあるだろうけどさ。でも、俺を石だと思えば簡単に話せるって」


「お兄さんは私の大好きな人ですっ。石じゃありませんっ」


「あんまり出てこないと、俺が覗きに行くぞ?」


「大歓迎です。一緒にお風呂入りましょ?」


 ったく。全然出てくる気配がない。

 なぜ学校でもゴミ捨て場に座っているのか、なぜ他生徒に鞭でぶたれるほど嫌われているのか、話してほしいのに。


「百合香ちゃん、俺ケーキ買ってきたんだ。食べるか?」


「食べます! お兄さんにあーんしたいです!」


「なら早く出てきて」


「……もうちょっと、です」


 話すことがはばかられるとはいえ、いい加減にしてほしい。こっちはただ座椅子にあぐらをかいて待ってるだけなんだから。


「あと三分以内に出てこないと、一緒に寝てあげないぞ?」


「ええ⁉ ダメですよそんなの!」


「ならさっさと出てこい。いーち、にー、さーん……」


「出ます! 出ます出ます出ますーっ!」


 ガチャッ、と激しく音がして、バタバタと足音が近づいてくる。ガガッとふすまを開ける音がして、俺が首を90度回す。



「お、お待たせしましたっ」


「なっ」


 フリルの付いた白いブラ、きゅっと締まりのいいくびれ、ひらひらしたパンツの裾に、滑らかであろうクロッチ。ほかほかと湯気を帯びた白い体に、湿り気を含んで凝集した髪の毛。ふっくらしたふとももに、すらっと伸びる生脚。


 下着だけで風呂から上がってきやがった。


「服を着なさい!」


「嫌です!」


「え、なんで」


「暑いんです! なんか、いろいろ緊張して……暑いんです!」


 言いずらいことを言うわけだから、その緊張から体温が上昇しているのか。だったらしかたな……くない。


「Tシャツだけでも」


「嫌っ! お兄さん、女の子の下着姿を見てその態度は何ですか! もっと喜ぶべきです!」


「喜ぶわけないだろ、危機感しかないわ」


「私調べたんです。高校生は同意の上だと大人とえっちしてもいいって」


 自信満々で腹に両手を当て、仁王立ちしている。くびれがより強調された。


「だがな百合香ちゃん。俺の通う大学は、同意の上でもそういう不健全が発覚したら退学になるんだ。条例に違反しなくても、学校のルールにひっかかるんだ」


「そ、そんな……」


 えっちしたいと思ってたんだな。でも正直、JKだし。子供だし。そういう対象には見れない。



 ぽすん。



「っておい! 勝手に座るな!」


 百合香ちゃんは下着のまま、俺のあぐら……コカンの上に座ってきた。


「ここが一番居心地いいんです。お兄さんの匂いを一番嗅げるし……」


 あぐらの上で身をよじり、全身に俺の匂いをなすりつけている。風呂に入ったばかりだというのに、俺にすりついたらまた汚くなってしまうじゃないか。


「こ、こら!」

「えへへ」


 俺の手の甲を舐めた百合香ちゃん。脊髄反射で手を引っ込めた。けど、また手が百合香ちゃんに拉致される。


「お兄さんの手の甲、変な味です」

「調子に乗るんじゃない、ふざけてるのか?」


 む、と不機嫌な目を向けてきた。風呂上がりの長く黒々としたまつ毛が、蛍光灯の白とコントラストをなす。


「なんだよ」

「私が話したくないことを質問するんですよね。だから先に、お兄さんを嫌がらせました。私は謝る気なんてありません。全然これっぽっちもありませんっ」

 

 腕組みして、くるっと後頭部を向ける。その時に髪の毛からふわっとオレンジの匂いが漂って、鼻孔の奥をくすぐる。


「それは、俺に詳細を話してくれるって受け取っていいのか?」


 少し沈黙して、


「まあ、お兄さんに優しくされないのが一番嫌ですからね」


 ちょっとふくれっ面で、ちゃぶ台の脚を見ながら百合香ちゃんは呟く。

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