第20話 いつもと違う夜
部屋で、がっくりうなだれている
「なんなんだよあれは…………」
百合香ちゃんの心が分からない。あんなに俺にべったりだったのに、今日は近づけば反発するN極とN極みたいだった。
「何時だ?」
午後九時。ベッドに座ってうなだれてから、五時間も経った。
「そういえば、めっちゃ首痛ぇ。こんなことすら気づかなかったなんて」
いつもはメシ食ってアニメ見てる時間帯だ。座椅子にあぐらをかいてお茶を飲み、笑ったり泣いたり萌えたりしている。
今は、何もしたくない。
「……」
もう、百合香ちゃんは俺と絶縁してしまったのだろうか。
もう、二度と戻ってこない日々だったのだろうか。
JKに手を出してはいけないという恐怖感を抱いて、恐る恐る接していた。昨日までそう思っていた。だが実際には、俺は百合香ちゃんと一緒に過ごすことを喜び、楽しみ、仲間だと思っていたようだ。それを今、感じている。
「……百合香ちゃん」
今ごろ、世の25歳たちは、繁華街で飲み会でもやっているのだろうか。そこで鬱陶しい上司の自慢話に耳を傾けるフリをして、早く帰りたいと思っているのだろうか。あるいは残業で忙しく働いて、クタクタになっているのだろうか。はたまた子育て真っ最中なのだろうか。
知る由もない。
ただ、ここに、9つも下のJKにあっさり嫌われて落胆している25歳がいる。ベッドに座ってうなだれて、メシも食わず、誰とも関わらず。まるでゴミだ。どんな25歳よりも、俺よりははるかに人間として成長しているに違いない。
「ゴミ」
もしかして。
自然と足が動いた。寝室の扉を開け放ち、玄関を開け、三段しかない階段を駆け下り、向かう。
ゴミ捨て場に。
「……」
街灯がチカチカ点滅して、もう少しで切れそうだ。
そういえば今日は木曜日。明日のプラスチックゴミが二つ捨てられ、ペットボトル・カンを入れる黄色い箱がずらずら並べられている。
その黄色い箱たちの中に、体育座りをしているではないか。顔を膝にうずめて、世界を見たくないと言わんばかりに縮こまって、一人で。
「百合香ちゃん!」
叫ぶ。しわがれた声で。
チカチカ点滅する光は百合香ちゃんの輪郭もまともに浮かび上がらせることができない。ただ、くるっと振り返って俺を見たのは分かる。どんな瞳をしているのか分からないけれど、体を起こしたのは分かる。
まだ俺を、見捨ててなかった。
のだろうか。
警戒されたくない。逃げられたくない。嫌がられたくない。
ゆっくりと近づく俺の脚は、びくびく震えてなかなかコントロールが効かない。百合香ちゃんがすぐそこにいるのに、走れない。
数メートルが遠い。
「おに、いさ…………ひっく…………」
「ゆ、百合香ちゃん⁉」
泣いている。そう分かった瞬間、脚に羽が生えた。
「泣いてるじゃないか、どうしたんだ? 首がまだ痛むのか? ずっとここで俺を待ってたのか?」
「もう……お兄さんは…………」
「どうした、俺がどうした。言ってごらん」
「私……わたし…………お兄さんにあんなこと言っちゃって、ひっく……」
肩をさすって
「気にしてないよ、心配しなくていい。泣かないで」
「お兄さん……お兄さんはもう、私なんかには、優しくしないですよね……? ひっく、ひっく、ううっ」
体育座りして、目を一所懸命に
「お兄さんを……お兄さんを拒絶した私に、お兄さんは……もう……ぐすっぐすぐす」
光も心もとない中、細い肩の感触が百合香ちゃんの存在を示す。臭いゴミに呑まれることなく、頭髪のオレンジの香りも。
「優しくする!」
強く言い放ったとげのある言葉に、優しさは微塵もない。あるのは、百合香ちゃんを手放したくないという意思だけ。
「俺の家に入ろう。一緒に寝てあげよう。な? ずっとここにいるわけにもいかないだろ? 一人でいるのは寂しいから、俺も。百合香ちゃんといたら寂しくなくなるし、百合香ちゃんだってそうなんじゃないのか?」
たかが数日前に出会ったJK。されどその数日は奇跡のような日々だった。それが、こんな形で終わるのは御免だ。
「でも」
「でももへったくれもない。前にも言っただろう、ゴミ捨て場に座ってる女の子を放っておくなんてできないって」
「い、いやです……」
「嫌でも連れて行く。強制連行だ。何を言ってもだめだからな」
俺はひょい、と百合香ちゃんをお姫様抱っこする。
「ひゃっ」
そのまま家に。
「お、降ろしてください、恥ずかしいですっ」
「ゴミ捨て場に座っておいて恥ずかしいもヘチマもあるか」
「きゃあああっ」
「叫んだらゴミ捨て場に戻すぞ?」
「ご、ごめんなさい……」
この前まで陽気でちゃらんぽらんだった
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