第81話 夜明け、多画大社に到着

「はぁ」


 多画たが大社は、延命長寿や縁結びの神様として信仰されてきた。初めて夫婦の道を始めた神様をおまつりしているかららしい。近年ではパワースポットとして注目を集めている。


「あんなにお願いしやがって」


 俺は、社内のベンチでくつろぎながら田舎娘を見ている。田舎娘は現在、とんでもなく巨大な大社の屋根の下で、熱心に手を合わせている。


「どんな神様も縁結びの願いを叶えられないだろうに」


 ここは、ネットで調べれば100%出てくる有名な神社だ。観光名所としても知られる。休日は県内外から多くの観光客が訪れる、恋の成就を願う拠点みたいなところだ。

 とはいえあの田舎娘。縁結びで有名な神様といえど、さすがに田舎娘を誰かと結びつけるのは無理なんじゃないだろうか。


 ちなみに今は朝の六時。もう三時間も歩いた。にもかかわらず、まだ半分も進んでいないのだ。なにせ八時間かかる超ロングな道のり、そう簡単には終わってくれない。


 このベンチは、一畳もある広い面積。有名な大社のためか、畳でできている。今は朝早いため人がいないから、ごろごろしても大丈夫だろう。

 ということでごろっと体を横たえる。


「ふはぁ。寝るのきもちえぇ」


 足をベンチに乗せ、完全に寝る体勢に移行した俺。三時間も歩いたんだ、たとえすぐそばで神様が見ているとしても、許されるべきだ。


「あ! 寝てる」


 敷き詰められた石をじゃりじゃりと鳴らしながら、田舎娘がやっと戻ってきた。


「おう田舎娘。お参りは済んだか?」


「バッチリや。これでトオル君と復縁できる。なんせ多画たが大社、詩香しか県民でここを知らん人間はおらんほど有名やからな」


「そんなに有名なんだ」


「これは期待できるで。見てみぃあの巨大さ。絶対お願い叶えてくれる雰囲気や」


 さっき見たけど、言われてもう一度見る。

 巨大な唐破風からはふ屋根が数個も並んでいる。朝日を浴びて、赤こげ茶色の表面が神秘的な光沢を放ち、金の飾りが星のように輝いている。


「確かに、あまりにも巨大だな。絢爛豪華ってやつ?」


「ドでかい。こっから見てもドでかい。これは間違いなく叶うで」


「フラグ」


 謎の元気と謎のやる気に満ち溢れた田舎娘に、目を細めて言う。


「う、うるさい! 縁起でもないこと言わんでええねん。そんなことより、おじさんもはよ願うて来てくれ、ウチが絶対トオル君と復縁できますように、て」


「そもそも復縁って、付き合ってた人が別れて、その後にもう一回付き合うことだろ? お前はフられた身で、付き合ってないだろ」


「いちいち細かい男やな。もう一回告白したときは成功しますようにって願ってきてくれ。ここまで丁寧に説明せなあかんのかいな」


「生意気な娘だなお前も。ったく」


 だからフられたんだ。どうせ、俺がいくら願ったところでフられる。そういうの、神様は見てると思う。


 と思いながら賽銭箱に向かっている。けど頼まれたし、泊めてくれるし、白金くれるとか言ってるし、叶わぬ恋をちょっと願うくらいお安い御用だ。


(トオル君とかいう男にOKもらえるとは思えないな。ここは、別の男と結ばれるように願おう。条件としては、トオル君と俺以外の男……男ってするとオッサンとかジジイとか含まれてかわいそうだから、トオル君と俺以外の若い男か)


 若い男の基準は神様に任せる。なにせ、俺は田舎娘に「おじさん」と呼ばれているんだから。あいつの思う「若い」の基準は、俺には分からない。全知全能の神様なら多分分かると思うから、一任しよう。


 石畳が敷かれた参道を歩く。田舎娘のように参道外の敷き詰められた石の上を歩くなどという、田舎臭いことはしない。神様に見苦しく思われないように、俺はちゃんと参道を歩くんだ。


「でっか」


 社殿の前。賽銭箱の真ん前に来た。


「でかすぎる。これはすごいな」


 賽銭箱の奥に、まだいろんな部屋が広がっている。太鼓とか、複雑な色の飾りとか、よく分からないけど凄みのあるものとか、まさに神の部屋というオーラが出ている。

 全体的に赤こげ茶色のち。屋根の飾りに惜しみなく、つ絶妙な配置で金が使われ、綱から垂れる紙垂しでがアクセントとなって美しい。俺には詳しいことは分からないけど、美しいってことだけは一瞬で分かる。きっと、全世界の人間が分かるんじゃないだろうか。


 美しさに感動している自分がいる。ここは、ちょっと奮発するか。


(千円、入れてもいいよな)


 田舎娘のそんなことはどうでもいい。俺は、この大社の美的建築様式ならびに神自体への敬意を表すために九百九十円のお金を払った。田舎娘への賽銭は十円、つまりたったの1%だけである。


 ジャラジャラと、垂れ下がった綱を揺らして鈴を鳴らす。


(神様。田舎娘……のぞみちゃんが、トオル君以外の若い男と結ばれますように。結ばれるっていうのは具体的に、)


 よし。ここはイタズラしてやろう。何発も殴られたし。


(その、セックスするっていう意味です。田舎娘が相手の男とセックスで結ばれますように。セックスっていっても、愛のあるやつで。あいつが強姦されても面白くないっていうか、強姦は可愛い人がされてこそ価値があると思います。あ、これはAVの話ですよ? AVっていうのはアダルトビ――)


 千年くらい前に生きていたであろう神様に、現代の性コンテンツについて説明する俺。昔の人に強姦AVを認めてもらうには、それ相応の丁寧な説明が求められるだろう。現代においてもその系列に不快感を持つ人間は多い。俺だって最初はかなり不快だった。でも、AVを見過ぎたおかげで、強姦AVはただの冗談にすぎないものであり、ちょっとした出来心で見るエンターテインメントなんだと認識できるようになった。もちろん当の女優は苦しいだろうけど、そのことに同意しているはずだし、それ以前に仕事としてやっている。大昔の神様は頭が固いかもしれないから、懇切丁寧に説明した。それで生きている人もいるんだということを強調し、正当性を訴えた。


(ということなんです。ゆえに望ちゃんは強姦セックスではなく、愛のあるセックスで結ばれるべきです。お願いいたします)


 一礼し、絢爛豪華な社殿に再度圧倒され、後ろを向いて、ちゃんと参道を歩き進む。


 一畳もあるベンチに戻ってきた。待たせていた田舎娘に向かって腕を上げ、謝意を表す。


「お待たせ」


「おっそ」


 お前のために願ってやったのに、なんて言いぐさだ。願わなきゃ良かった。


「百合香とセックスできますように、とか願ってたんか?」


「残念ながら違う。セックス関連のことは願ったけどな」


「はっ。おじさんが童貞卒。そんな願い、神様も叶えられへんのとちゃうか?」


「俺が童貞卒を願ったなんて言ってないだろ。てか俺は神様に願わなくても、何年かしたら百合香ちゃんとセックスするっつの。百合香ちゃんもしたがってるし」


 黙りこくる田舎娘。そこで黙られたら、めっちゃ恥ずかしいじゃねえか。


「おじさん、アホちゃうか……そんなこと恥ずかしげなく言うて……」


 朝六時半。日が昇ってるから、田舎娘の見開いた目と真っ赤な顔がよく見える。


「お、お前が言い始めたんだろ。第一セックスなんて言葉、男と女の会話で登場すること自体がおかしいんだ」


「男と女って言うな! おじさんがウチのカレシみたいに聞こえる!」


「その役を引き受けてくれって願ったのはお前だぞ!」


「うぐっ」


 八方ふさがりとなって、とうとう眉をひそめた田舎娘。顔を赤くしたまま、俯いて、もじもじと、いもむしのようにうごめいている。


 ベンチに座る彼女が少し女の子に見えた。たった1㎜くらい。



「おじさんの変態! 底なしの変態!」


「うぐっ」


 ようやく女の子らしさが垣間見えたというのに、このザマか。あと、何も否定できない自分自身が嫌だ。俺は360°、どこから見ても変態でしかないと思う。神様の前でセックスについてとくとくと語るなんて、誰がどう考えても変態でしかない。


「おじさんのせいで無駄な時間が経った。あと五時間も歩かなあかんのに」


「……ごめんなさい」


 ふぅ、と、呆れかえったようなため息を吐く田舎娘。


「もう電車走ってる。多画大社前っていう駅が近くにあるさかい、そこまで歩くことにしょう」


 なるほど。冷静に考えたら、八時間も歩く必要はどこにもない。始発列車の発車時刻までに駅に到着して、そこから電車で帰れば良かったんだ。



 が。



 俺たちは、三時間も歩いて多画大社ここまで来た。ここで諦めるということは、四国八十八箇所巡りに例えると、歩き遍路をしないことに相当する。つまりはニセの遍路だ。


「歩く」


「へ?」


「歩くぞ」


「せやから駅まで歩く言うてる……」


「お前の家まで歩くぞっ!」


 黙りこくる田舎娘。またしても、普段はほそっこい目が大きく開いている。が、顔は病的な白さだ。


「なに、言うてるん?」


「三タス八だ。そう言ったよな? 簡単な計算だって言ったよな?」


 ニセ遍路なんて嫌だ。真の修行僧は、歩き通すことなんて基本中の基本だ。


「う、ウチ一人で帰るわ。ほなな」


 ヤバい人間を避けるような微笑を残し、そそくさとベンチを後にしようとする田舎娘の細い腕を、がっちりと捕獲。


「は! はなせぇ!」


 ぺったんこの胸を完全に触っているが、どうでもいい。ぺったんこのせいで気づいてないのか、こいつもあんまり恥じらってない。何一つ問題ない。


「絶対に放さない。お前も道連れだ」


「電車で帰りゃええやん! もう走ってんねんから!」


「疲れたからって歩くのをやめるなんて許さん。もしかして、今になって電車のことに気づいたから歩かないってか? 許さん。お前はもう歩くしかないんだ」


「何言うてるか分からん、はなせぇ!」


 ジタバタ暴れる田舎娘。だが俺は、カマキリのようにがっしり押さえている。


「フフフフフフ。観念しろ。お前が言い始めたんだから」


「はなせ、放してくれぇ! 電車で帰りたいぃ!」


 右腕で胸、左腕で腹をがっしり押さえる。はたから見たら立ちバックの体勢だろうが、気にしない。


「一緒に歩こう、のぞみちゃん。さもないと」


 耳元で、不気味に囁いてみせる。


「俺はお前の拷問を受けない」


 刹那、ジタバタしていた女体が停止。


「……そそ、それだけは堪忍……」


 弱弱しい羽虫のような、細い声。


「なら、歩け」


「ハイ……」


 神様の見ている前で強姦めいたことをしてしまった。別にエンターテインメントでもなんでもないのに。

 でも、ギリギリセーフだろう。なんせ俺は拷問を受ける身だから。俺の強姦と田舎娘の拷問で、キャンセルアウトするから。


 きっと大丈夫。俺たちの事情をも把握済みの、全知全能の神様だ。きっと理解してくれる。

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