第33話 味噌汁を作ってくれた百合香ちゃん、
はじめての手作り味噌汁が出来上がった。二人分にしては少し多め(特にねぎ)。二つの椀に味噌汁を注いでも、鍋にはまだまだたくさん残った。
「どうしよう、作りすぎちゃいました」
「おかわりすればいいさ。俺が十回くらいすれば大丈夫だろう」
「そんなに飲んだら胃が破裂します」
「……そうかもしれない」
とにかく、この貴重な味噌汁を飲んでみたい。
「あ、食卓に運ぶまでが料理です。お兄さんには運ばせません」
俺の右手首をつかんで、下に下げる。
百合香ちゃんがかがむ姿勢になって、またねこみみを真上から見れた。やっぱり生えているようにしか見えない。
「それもそうだな。気を付けて運ぶんだぞ」
二つの椀をお盆に乗せ、ゆっくり慎重にこたつ台へ向かう。
「段差あるから気を付けてな」「はい。よっと」
キッチンのある部屋と居間との間にある意味の無い一段を上り終え、ついに、こたつ台にお盆が置かれた。
「やったぁ! お兄さんのための味噌汁、完成しましたぁ!」
「ありがとう、ありがとう百合香ちゃん、嬉しいよ」
抱擁し合って喜び合う。たかが味噌汁で、こんなに嬉しくなれるなんて。
「さっそく飲んでみるか」「絶対美味しいです」
ずずずず。
「……」
ずずずずずずずず。
「どうですか?」
「うーん。おかしいな」
ずずずずずずずずずずずずずずず。
飲み干してしまった。豆腐と、異常に多いねぎが椀に残る。
「おいし……いのか?」
「それどういう意味ですか⁉ 美味しくないですか?」
妙だ。
「ちょっと百合香ちゃん、飲んでみて」
「はい。絶対美味しいはずなのに」
片方の眉だけ上げ、納得いかない様子の百合香ちゃん。
ずず。
「……」
ずずず。
「……」
「どうだ? おかしいだろ?」
百合香ちゃんの顔を覗く。
ねこみみメイドが作った初めての味噌汁、当の本人は一体どんな評価を下すのか。その結果は、
「辛くて苦いです……」
俺が思った感想と同じで、良かった。
「まずいです、これ……」
「そこまで言わなくても。食えるぞ、全然」
箸でねぎと豆腐を食べる。ねぎが多すぎて辛いが、長方形の豆腐は旨い。
「あの、お兄さん……」
「どうした?」
急に、ぱんっと手のひらを合わせて頭を下げる。
「あの味噌汁、全部お兄さんにあげますっ。お願いしますっ」
まずいものを押し付けるってか。まあ百合香ちゃんお手製だからいいけど。
「ラー油とか入れていい?」
「むしろ入れるべきだと思います。そうじゃないとあれ、まずくて食べれないですから」
「まずくはないって」
百合香ちゃんの味だし。百合香ちゃんを食べてるようなもんだし。百合香ちゃんにラー油たらして食べるとか、旨そう。
「どうしてまずいのかなぁ」
エプロンドレスに縫い付けてあるポケットから、スマホを出した。いそいそと操作している。
「えええー…………」
テストで思った以上に悪い点数を取った時、みたいな反応をする。
「どうした?」
「熱を加えすぎると、グルタミン酸っていう旨味成分が壊れて、苦くなるって書いてあります」
「まあ、次気を付ければいいよ。初めてなんて、誰でも上手くいかないさ」
「……納得は、できないですけど、お兄さんがそう言ってくれるなら」
ずずずずずずずずずず
「まずいんじゃなかったのか?」
「お兄さんが慰めてくれた味噌汁だから、美味しいって思えます。あと、次は苦くならないようにしなきゃって思えます」
頑張って味噌汁を飲んでいる。時々、目をぎゅっとつぶって、まずそうな顔をする。うんうんと頷きながら、どう見てもまずそうな顔をしている。
「俺はおかわりするよ。百合香ちゃんは?」
「私はお兄さんのお椀に味噌汁を入れる係です。メイドですから、ふふっ」
目を細めて笑った。飲みたくないという意思がバレバレだが、メイド服とねこみみが可愛すぎて、何もかもがどうでもよくなる。
百合香ちゃんは俺のお椀を持って、ひらっとエプロンドレスをはためかせ、キッチンに走っていった。
(あんなにあるけど、いつか底をつくんだよな。味噌汁)
百合香ちゃんと、ずっといたい。百合香ちゃんが俺の前で舞い踊る姿を見ていたい。今、キッチンで楽しそうに味噌汁を注いでいる姿を、明日も明後日も、その後もずっと…………。
なんて。
(そんなこと思ってる場合じゃないのに)
卒業。就職。いつかやってくるであろう、破壊的な波。
(そんなこと思ってもしゃあない!)
「お待たせしました、お兄さんのための味噌汁でーすっ」
「ありがとう」
にこにこと楽しそうな百合香ちゃんを、いつまで見ていられるのか。
「お兄さん? お腹痛いですか? 元気ないように見えます」
「いやいや、そんなこと。まずくはないって言ってるだろ? ラー油も取ってきてくれたら嬉しいな」
「分かりました。冷蔵庫にありますよね。取ってきまーすっ」
百合香ちゃんが冷蔵庫に向かう後ろ姿。
一瞬、百合香ちゃんが闇に消えていくように見えた。
「百合香ちゃん!」
「はい? うわっ」
冷蔵庫に到達する前に、転んでしまった。
「あ…………。大丈夫?」
「だ、大丈夫です、心配ないです。メイド服慣れないぃー……」
つまづいてしまった百合香ちゃんを見て、安心した。
そんな自分の感情にはっとして、俺はこたつ台の上に目を逸らす。当然、苦い味噌汁の入った椀が目に入った。
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