第14話 帰りのバス
帰りのバス、最も後方座席にて。
「お兄さん、この傷どうしたんですか?」
指の傷がバレた。
「同人誌の紙で切ったんだ」
「指の背中側なのにですか? 指の腹にも傷があるし、紙で切ったにしてはなんか深いと思います」
本当のことなんて、言えない。寝ている百合香ちゃんの口元にティッシュをもっていったら、夢の中にいる百合香ちゃんにかぷっとやられたんだよ、なんて。
「お兄さん痛いですよね。まだちょっと血が出てます」
「大丈夫だ、平気平気。指を放しなさい」
「ダメですよ、傷口からバイ菌が入っちゃいますよ?」
どうせ指を舐められる。傷を治すとか言って、俺の心をもてあそぶんだろう。
「バイ菌を撃退する抗体が体内にあるから、心配しないでいい」
「でも、抗体が効かなかったら大変な事態になるかもしれませんよ? この前テレビで、爪楊枝が足の裏に刺さった人が出てました。その人は傷を放置してたんですけど、殺人細菌が体の中に入って死の縁をさまよったらしいです。お兄さんがそんなになるなんて私、嫌です。だから」
「心配ない、家に帰ったらあら…………」
百合香ちゃんが差し出したものを見て、思わず拍子抜けする。
「はい、絆創膏ですっ」
にっこり目を細める百合香ちゃん。どこにも不健全な要素はない。
「……ありがとう」
「どういたしまして。お兄さん、早く同人誌全部売ってきてくださいね? ネックレス早く買いに行きたいです」
首をちょんちょんと触って、アピっている。ウインクなんかして。
「そうだな。ネックレス買わないとだもんな」
絆創膏を貼りながら、百合香ちゃんに笑いかける。
「私に似合うネックレスって何でしょうかね」
「うーん、はっきり言ってオオイヌノフグリも似合ってたんだよなぁ」
はっとして照れてしまう百合香ちゃん。少しのけぞっている。
「あれは捨てます! お気に入りだったけど、あんな恥ずかしい意味があるネックレスなんか首にかけられません! まるで男なら誰でもOKって言ってるみたいです。男を誘ってるみたいです」
「まあまあ、そういうこともあるさ」
「私はお兄さんを誘ってるだけなのにっ」
「それはやめてくれ」
「なんでぇっ」
バッ、と百合香ちゃんに抱きつかれる。思わずのけぞったらバランスを崩して、体が座席に倒れる。
「あっ……」
百合香ちゃんのことだからキスとかしてくるんじゃないか、そう諦めていると、
「ご、ごめんなさい」
すぐに居直って、そっと腕に絡みついてきた。
「百合香ちゃん、恥ずかしかったのか?」
「ううっ」
また、百合香ちゃんは俺の腕に顔をうずめてしまった。すりすりするのではなく、ぎゅっと押し込むように。
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