第8話 青少年健全育成について学ぶ 2
青少年健全育成が強烈な犠牲と悲しみを孕むことが判明し、俺の心はボコボコになってしまった。だがそんな事情は関係ない。俺がどんな状況に陥ろうとも青少年健全育成条例は公布されたままだし、百合香ちゃんのためにも、そうあるべきだ。
学ばなければならないんだ。
「3ページは携帯会社の義務だから飛ばそう。 ぐすっ 4ページは、どこが重要かな ずずず……」
留年を何度も繰り返して大量の時間を費やしたというのに、俺は一度もこんなページを見たことがなかった。自分がいかに青少年にとってゴミのような存在だったのかを自覚する。こんなんだから留年を繰り返したのかもしれない。
「嬉しいです」
俺のあぐらに座る百合香ちゃんは、ぽつりと呟いた。
「ずずっ……ナニが?」
それとは関係なく、俺の声は涙声。
「こんな私のために一生懸命になってくれる人がいたなんて」
俺にもたれかかる。ぽかぽかした体温が、じんわりと伝わる。
「あ、ああ。うっ! げふぉっ」
4ページの内容。その一部について。
【関係業者は、特定がん具類において、形状、構造、機能から見て非行を誘発したり、性的感情を刺激したりする商品を販売する場合、自主的に必要な措置をとることが求められる】
俺は業者じゃない。業者から買った側だ。
だが百合香ちゃんという、美少女JKにして健全な青少年を目指す人間を前に、業者ではないからといって特定がん具類に対する必要な措置をとらないことが許されるだろうか。
許されない。
「お兄さん、4ページ音読するんですか? どこを読めばいいですか?」
「そ、そうだな、そこの青枠で囲われたところでも……」
もう力が入らない、だめだ……。 あれもこれも捨てなきゃならない。
ふんわりとオレンジの香りが香る百合香ちゃんのセミロングこげ茶髪。なぜか、シイタケの菌糸を打ち込む丸木に見えてくる。目の焦点がぐちゃぐちゃに狂っている……
「読みますっ。『いちっ。青少年に見せない、販売しないことを表示。 にっ。有害商品の仕入れを自粛。 さんっ。図書類、特定がん具? 特定がん具ってなんだろう。の、陳列方法や場所の工夫、改善。 よんっ。購入者に対する年齢確認。 ごっ。よしこれで最後っ。従業員に対する教育研修の実施! ふぅ、読み終わったぁ」
両腕をわぁっと広げ、全体重を俺に預ける。一生懸命読み終わってとても爽やかな気分なんだろう。
一方の俺。
「5、従業員=俺で、現在進行形で学習中……4、年齢確認済、16歳……3、特定がんぐ……ぐふぉっ……2、俺は仕入れてしまいました……1、見せない。絶対見せちゃいけない……見せちゃ……」
こんなにも社会は厳しいのか。あるいは、俺がダメなのか……
「大丈夫ですか⁉ お兄さんが苦しんでる、どどど、どうしたらいいの? 私分かんないです、どうしたらいいのか全然分かんないです、しっかりしてくださいお兄さあああんっ」
あぐらの上から立ち上がったらしい。目の焦点が合わなくてよく見えないものの、どうやら立ったまま腰を曲げて俺の肩を揺さぶっている。ゆさゆさ、という周期に伴って、薄っぺらいカーディガン一枚も揺れる。その奥にぽよんと垂れる双丘もまた、揺れる。
「はっ」
「お兄さん! よ、良かったぁ。戻ってきてくれたぁぁ」
びとっと抱きつかれる。双丘を俺の胸板に押しつけて。
「どいてくれ百合香ちゃん、俺には仕事ができた」
「仕事?」
「そう、ちょっと向こうの部屋の押し入れにゴミがあって。それを……捨てに……ぐすっ」
宝よ。そなたは永遠に宝ではない。予期せぬ邂逅とともに、その地位が失墜する時が来た。特定がん具類よ、そなたは今、ゴミ捨て場に
ということで、俺は向こうの部屋に向かう。
「お兄さん危ない!」
「ふぇ? どわっ」
足が取られた! 変なものを踏んで、百合香ちゃんの前で尻もちをついてしまった。
「な、なんだこれ。……」
「お兄さんそれなんですか? ピンクの筒で、やわらかそうで、……樹脂?」
なぜ、ここにある。なぜ、ここに都合悪く落ちている。なぜ特定がん具がここに……
「百合香ちゃん、これはゴミだ。プラスチックゴミだ。何も意味を持たないゴミだ。ゴミだあぁぁぁっ」
俺のパートナーを殺さなきゃいけない時が来た。パートナーは最後の抵抗を見せたのだろう。最後の最後、命果てる寸前。お前は裏切り者の俺に、JKの前で尻もちをつかせるという、25歳にあるまじき恥を晒させたのだな。これまでの時間を全否定する俺を、許してはくれないのだな。
さらば、かつてのパートナー!
―――――――――――
捨ててしまった。ついでに言うと、向こうの部屋の押し入れにしまっていた双丘(I cup)の模型も、捨てた。残虐なことだが、模型は大きかったために、ハサミで破砕してゴミ袋に入れるしかなかった。あんなに愛したパートナーが金曜日にはゴミ処理場(=墓場)。こんな悲しいことがあるかっ……。
「…………大丈夫ですか?」
「心配してくれるなっ。俺はっ……パートナーの死なんかで、一粒の涙も流さないんだっ」
「何粒も流れてます」
「うぐっ」
学校に行けなくなるたび、絶望した。留年が決まったという通知が送られてくるたび、絶望した。親に嘘をついている事実を悟るたび、生きていても仕方ないと諦めた。
特定がん具たちは、そんな俺を土壇場で救ってくれた。決して、悪いだけの存在じゃない。最後に彼らの功績を称える。君たちは偉大な
「百合香ちゃん……」
「本当に大丈夫ですか? 朦朧としてますよ? 心配です……」
再びあぐらの上に乗っかっている百合香ちゃん。くりっとしたコバルトブルーの瞳が愛いとしい。白の肌が滑らかで、こげ茶色のセミロングヘアが流麗で。
彼女のために、戦わなければならないんだ。すべては彼女のために。
「学ぶぞ百合香ちゃん。旅は、まだ終わらない」
「お兄さん……」
腐った俺に価値を見出してくれた百合香ちゃんのために。
右手の人差し指という刀剣を使って、くるくると5ページへスクロールする。
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