第45話 美少女JKから逃げる

 百合香ちゃんについて話すことを拒否した俺は、沙夜さやの不満を買ってしまった。対抗措置として、悩み相談を拒否された。



 今は沙夜さやと二人で、沙夜の好きなNightcomputerの恋愛ソングをYouTunaで無理矢理聞かされている。イヤホンを片方ずつ分け合って。


「ああぁぁ、めっちゃキュンキュンするぅ」


 クラブで流れてそうな、リズミカルな曲調だ。原曲は普通の恋愛ソングだが、ピッチを上げてダンスミュージック風にしてるらしい。


「なんだか、ねちっこいな」


「峡介さんもキュンキュンするよね?」


「しないな。ねちっこいって言っただろう」


 何曲か聞かされたが、どれも男と女のねちゃねちゃした恋模様を歌っている。「どうして叶わないんだろうこの恋は」とか、「気づいて私のこの気持ち」とか、臭い歌詞の曲が異様に多い。


「峡介さんとキュンキュンしたいなぁ、わたし」


「一人でしてくれ。俺はお断りだ」


「わたしの初めて、欲しくないの?」


 恋したい、と願望を垂れ流すほど恋に飢えている女。


「処女なのか? お前」


 ハッとした沙夜。スカイブルーの瞳の奥にある瞳孔が、キュッとなる。


「百人くらい! ほんとは百人くらいとヤッた!」


「そんな頻度でヤる女とは付き合えない。性病持ってそうだし」


「嘘……。察してよ、本当は一人……」


「ゼロだろ。さっきそう言ったじゃないか」


 ぽっと顔を赤らめた沙夜さや。おもむろに正座して、少し横を向き、長いまつ毛で綺麗な瞳を覆い隠す。恋する乙女の表情だろうか。


「峡介さんが、一人目だもん…………」


 ますます顔が赤くなった。膝を覆うスカートを、もにょもにょいじっている。


「そういうことは一人でやっとけ。なんなら田舎娘……のぞみ? と一緒に協力してもいいんじゃないか」


 あいつに名前があったことを、忘却していた。


「望は乱暴で全然気持ちよくなかったの。指の動きが激しすぎて、痛かった」


 眉をひそめてまくし立てる。


「……やったのか?」


「い、いいじゃん望なんだし。女同士だからハズくなかったし。大体、指でやってもらっただけだし…………」


 今は顔を赤らめている。女同士でやったことを男に告白するのが恥ずかしいのだろう。

 とはいえあの田舎娘、ラーメン屋のイカつい店長をおとなしくさせるほど、男勝りな部分がある。別に男とカテゴライズしてもいいのではないだろうか。


「峡介さんは何人か経験してるんでしょ……? 加減も知り尽くしてるんだよね……? や、優しくしてね。でもラストスパートは激しく…………」


 言い終える前に、顔を手で覆ってしまった。


「可愛い乙女に何てこと言わせるの、峡介さんの変態っ」


「お前だろ。 あと、エロいことばっか言うなら帰れ。迷惑だから」


「わたしエロくないよ、恋がしたいだけ」


 きりっとした目。輝く瞳。じっと見つめられて、思わずドキッとする。


「そ、それは俺じゃなきゃいけないのかよ。俺に似たような男なら誰でもいいんじゃないのか」


「こんなに退廃的で気だるげな人、峡介さんしかいない。わたし、そういう人をずっと求めてたの。運命なの」


 いちいち失礼な言い回しだな。思いやりがない。


「じゃあもし俺のクローンと出会ってたらどうだ? クローンに恋するんじゃないのか?」


「そ、それは……」


 迷われた。


「二人の峡介さんに、お料理されちゃうってことだよね……」


 いつの間にか都合よく両方とも選択し、妄想の材料にされていた。クローンに対して嫌悪感を抱いている自分が、バカらしくなってくる。


「あ、ダメ。妄想してたら我慢できなくなっちゃった。峡介さん布団貸してね」


「あ、こら!」


 いきなり寝室に走ったかと思えば、布団をガバッとはがし、俺のベッドにもぐりこんだ。


「うわっ、峡介さんの匂いが染みついてる。どんどん興奮するじゃん」


 もぞもぞと動く、掛け布団。中から紺色のセーラー服がぼとっと落ちる。


「おい何して…………」


「わたし今から一人でヤるから。そこで見守ってて」


「なっ」


「お願いっ。恋人に見られながらヤるの、すごく興奮すると思うからっ」


 ふすまをバァン、と閉じる。


「ちょ、峡介さん⁉ なんで閉めたの⁉」


 家が占領された。外に出るしかないようだ。

 俺は学校に行く準備をする。もうAM9:13だが、二限には間に合うだろう。


「ねえ、聞いてるの? 離れててもそこにいるよね? わたしもう始めちゃったよ? ……んぁッ。ほっ……ほらね? 生々しいわたしの声、聞いてるよね?」


 寝室で騒ぐ美少女JKの声を後ろに、俺は玄関のドアを開ける。


 ドアを閉める。


 沙夜が帰ることを祈って、敢えてカギはかけなかった。


「あ! 峡介さん出て行った⁉」


 俺の家の中で、美少女JKが狼狽している。

 逃げるが勝ち。危険から逃げるのは、太古の昔より備わった防衛本能だ。

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