第47話 田舎娘の脳内

 定食屋にて。俺はエビフライを、田舎娘は筑前煮と里芋を頼んだ。


「おい、JK」


 ふん、と、意に介さない面持ちで鼻を鳴らす。


「ウチかて、ガキのころはかわええキャラ弁作ってもろてたんやで?」


「で、居間は筑前煮と里芋に堕ちた、と」


「旨いもんを食うんが、人間やさかいな」


 晴れやかな顔で、茶色い昼飯をほおばる。魯山人の真似事にも見える。


「エビとカニ、どっちが好きだ?」


「カニや。越前ガニが旨い」


「日本海側で獲れるのはベニズワイガニなのに、いちいちブランド化して集客しようとしてるよな。まんまと騙されて」


 ふん、と鼻を鳴らす。鼻の穴から、ご飯粒が飛び出る。


「きゃっ」


 ガラにもなく鼻を覆い、顔を赤く染めて、俺の目を覗く。


「み、見た?」


「見えた。seeだ」


 うぐう。と、声にもならないうめき声を上げる。


「男の前で醜態晒してもうたぁぁ、ウチ嫁に行けんわぁぁ……」


「逆に面白いから、嫁に行けたりして」


 頭を抱えて卓上に突っ伏し、たけのこを食べる娘。


「男と居を共にするんはイヤやけど、孤独に死ぬんもイヤやからなぁ……」


 曲がりなりにも、悩みを持っているようだ。このJKも。


「俺がもらってやるよ」


 言ってみた。


「こっちから願い下げや。さっきも言うたけど」


「もらって三日で捨てるって条件付き」


 田舎娘をからかって、午後の生温いひと時を過ごす。


「おじさんに四日目は訪れんかもな」


 卓上に頬をべったり付けて、里芋を食う。卓は一丁前にもけやきで、つやつやと輝いている。こんなに台ふきがマメな定食屋なのに、広々空間に客は俺たち二人しかいない。


「おじさん、ウチの悩み聞いてくれるか?」


 珍しく元気のない声。まるで枯れきった葦のように、まだ卓に頬を預けている。


「お前に悩みなんてあるのか? いつも元気そうじゃないか」


 そう言いはしたものの、田舎娘には沙夜しか友達がいない。本当に、心が辛い日々を送っているのかもしれない。


「ウチな? 悩みが無いことが悩みやねん。どうやったら悩みってできるんや?」


 無性に欅の机にめり込ませたい欲が発露する。


「悩みとか、陣内じんないとも海苔のりのお笑い見てたら吹っ飛ぶやん。ウチは今の陣内より、離婚騒動前のチャラい陣内が好きやったんやけどなぁ」


「過去の陣内がいないことを、悩んでるじゃないか」


「過去が取り戻せんことで嘆くヤツ、アホすぎやで。時計の針が半時計回りに回ってほしい思てるいうことやん。そんな時計、すでに時計やないで」


 深いような浅いようなことを、頬を欅机にびったりくっつけて呟く。


「のどに詰まるぞ、その体勢」


「もしここでたけのこが喉に詰まって死んだら、おじさんに看取られながら死ぬいうことやんな。孤独死せんのは嬉しいけど、看取る人間がおじさんいうのは悲劇的やなぁ」


「サラサラと失礼な言葉が出るもんだな。無駄なスキル付いてる」


 ふいっと、卓上で俺のほうを向く。


「失礼なこと言えるん、なにげにおじさんだけなんやで」


 垂れた目で瞬きする。


「あ、沙夜さやにも言えるんやった。ハハハ」


 よっこらしょ、と、老人みたいなことを言いながら体勢を戻した。


 不覚にも、田舎娘の一挙手一投足に見入ってしまっていた。皿の上のエビフライが一向に減っていないのがその証拠だ。


「おじさん、口にタルタル付いてるで」


「え、恥ずかしいなJKの前で」


 隅に置いてあるティッシュを一枚引いた時、気づいた。

 田舎娘のことを、初めてJKと呼んでしまったことに。


「くっそ……」


「な、なんやねんいきなり。コワいで?」


 気づいてないのかよッ。


「なんでもない。タルタルが思いのほか多く付いてて、もったいないと思っただけだ」


「ベロで舐めたら良かったやん」


「そうかもな」


「唇に付いたタルタル、なぜか旨味あんねんなー。なんでやろ」


「唇がタルタルでできてるからだよ。常識だろ」


 田舎娘は俺を見て、呆れたように目を閉じた。


「お、おい! なんか突っ込めよ、ハズいだろうが!」


「勝手に自爆してどうすんねん。そんなしょーもない冗談、一周回っておもんないな」


 一周回った意味ねえじゃねえかッ。


「お前、本当に悩みなさそうだな」


「なんや、うたごうてたんか?」


 筑前煮のにんじんを箸に刺して、口に運んでいる。開けた口から、白い歯が覗く。


「疑ってた。でも、お前と話してみたら、本当だって分かった」


 唇が下がり、白い歯が覆い隠される。


 もぐもぐと口を元気に動かし、にんじんを咀嚼する田舎娘。

 

 そんな彼女の目を、ガン見する。


「もぐもぐ。もぐもぐ。ごくっ。 にらめっこか? もぐもぐ、もぐもぐ」


 ガン見し返す、田舎娘。


「悩みがありすぎる俺の視線を当てて、お前に悩みの種を植え付けてるんだ。邪魔するんじゃないぞ」


 鼻で笑った田舎娘。こんどはご飯粒が鼻から飛び出る醜態は晒さなかった。成長と言えよう。


「もぐもぐ、もぐもぐ。ほな、うちは、もぐもぐもぐもぐ、ごくんっ」


 水を呷って、コトッと置く。大きな欅の卓が、低い音を響かせる。


「悩みの無い視線でおじさんを浄化するさかい」


 

 このにらめっこは、一時間も続いた。

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