ゴミ捨て場に捨てられていた美少女JKを拾う

島尾

美少女JKとの数日間

第1話 美少女が捨てられていた

「あの……質問なんですけど……」


 小柄な美少女が子猫みたいに、ちょこんと座っている。

 セミロングが、街灯の薄気味悪い白の中にぼんやり浮かんでいる。


「お兄さんは、優しいですか?」


 唐突にも限度がある。


 俺は木曜日の夜十一時くらいになると、決まってプラスチックごみとペットボトル・カンを捨てに出てくる。たまに蛍光灯や乾電池も捨てる。


 つまり、ここはゴミ捨て場。ゴミを捨てるためのエリアだ。


 なのに、どうして女の子が捨てられている?


「君は、ここで何をしているんだ?」


 びくっと肩を震わせる彼女。怯える子猫みたいに、すごく怖がってるように見える。


「そこはゴミを置くところで、君が座るところじゃない」


 薄着でびくびく震えている。そのせいか、彼女の周りだけが冬の寒い日のようになっている。

 口にちょん、と手を触れて、膝の中に手をもぐらせ、びくびく怯えているのだ。


「お兄さん、優しいですよね? 優しいって言ってくれますよね?」


 白い街灯に、コバルトブルーの瞳が浮かぶ。その大きな瞳を見ていると、いつかテレビで見た青の洞窟の煌めきを思い出した。うるうると悲しそうに涙を抱え、涙は怯えとともに震え、あと数秒でこぼれ落ちそうだ。


「お兄さん……」


 街灯は彼女の肌を不気味に浮かび上がらせる。夜の中の白い光。黒と白、改めて考えてみれば相容れない両者だ。暗い夜中に住まう人造の白色光が、どう考えてもありえない場所にある均整のとれた白い肌を不気味に照らしている。


 不気味な光に照らされた不気味な美少女。そんな、見たこともないゴミ捨て場の風景。依然、いつものルーティンみたいに、普通に、ちょこんと女の子座りしている。


「まあ、優しいって言われることもある。俺はそう思ってないんだけどな」


 ぱさっ、とセミロングが闇夜になびく。美少女は、ぱあっと明るい顔を向ける。陰鬱な空気が流れる闇夜に、神秘的なコバルトブルーの瞳が輝く。美少女のその上目遣いはまるで、神様にでも邂逅したように潤んでいる。「やっと、自分を拾ってくれるお兄さんと邂逅できたんだ」。声を出すことも忘れて、ついに訪れた歓喜を明々と物語っているとでもいうのだろうか。


「私なんでもあげます! お兄さんの明るいお部屋で私を見てみませんか? 私の体、お兄さんが洗ってもいいです! ……どうかお兄さん、……私をっ」


 うるうるしていた瞳から、つぅー……、と涙が伝う。


「なっ……泣くな泣くな。ああ……ええと……」


 人生で、誰かに嬉し涙を流させる日が来るなんて。

 とはいえ、美少女を男の家に入れるのは憚られる。


 一方で、ここに放置するって選択は、この子をゴミのまま捨てておくということだ。


「家は後ろに見えるアパートだ。2DKだけど、いいかな」


 はっ、と息を呑む少女。街灯の不気味な白い光の中、コバルトブルーの瞳がきらっとその光を反射して、輝く。


「……大丈夫か?」


 ぼろぼろと川のように涙をこぼし始めた美少女は、


「こんな優しい人がいたなんて……ぐすっ」


 とうとう両手で目を拭い始めた。ぐしぐしと、猫みたいな手の動きだ。


「そこまで優しいってことはないぞ? 俺」


 目を拭い終えると再び、無駄に明るい顔が戻ってきた。いまだに座っているせいで、やっぱり上目遣いになってしまう。


「お兄さん、私を家に入れてくれるんですよね?」


「まぁ……」


「嬉しい……嬉しすぎです……」


 眉根がきゅ、と上がり、口角もくっと上がり、唇はくっつくのをすっかり忘れている。さっき拭ったばかりの瞳がまた、濡れ始めている。


「抱きつきたい。お兄さんをぎゅうぅーって、したい……」


 じぃっと上目遣いで見つめられたまま、俺の脚、コカン、腹、胸と這い上ってきて、麗しいコバルトブルーのきらきらした瞳がとうとう目の前1センチまで接近。


「おい君……」


 髪の毛からは、オレンジの匂いがふわっと立ち上る。俺の鼻腔を踊るようにくすぐって、鼻の奥で、炭酸みたいにしゅわっと弾ける匂い。


「お兄さんの、くちびる……」


 うっとりとした目。物欲しげだ。ちなみに俺は女の子とキスをしたことが一度もない。


「だめだめ、だめだよ君。落ち着け」


「キスしてあげます、お兄さん。ぷにってして気持ちいですよ?」


 眉をなだらかに垂れ、目を穏やかに細め、オレンジの甘い匂いで鼻腔をくすぐり続けながら、優しくて柔らかい女の子の手が俺をさわる。


「はうっ……」


 奪われたのは、耳。唇じゃなかったんかい。


「家に入れてくれたら、キスよりもっと気持ちよくて、もっと激しいこともさせてあげます。お兄さんの舌と、私の舌。いっぱい繫がるんですよ?」


「そんなこと言われても……」


「ふーーーー。ふぅーーーー。はあぁぁーーー……」


 なおも耳は奪われて。

 高くて甘くて、心の隅から隅まで安息で洗われる吐息で、ふわぁっと囁かれた。

 吐息というより、とろけるような生クリーム。垂れ流れるオレンジの果汁。それらが絡まり、混ざり、何から何まで溶かしてゆく。


「すー………………きっ……。すき、です……」


 声が耳の奥に強制的に注入されて、耳がどんどんトロトロになっていく。頭も比例してトロトロになってるし、このままだと液状化するぞ。


 俺の俺は、反比例している。積極的にビンビン硬化し続けている……。


「とにかく入ろう。寒いし」


 美少女はふふっと笑って、腕に絡みつく。華奢で、温かく、やわらかな腕にもてあそばれる俺の腕。ちっちゃくてかわいい女の子にイチャイチャされる幸せ。ようやく耳から解放されたと思ったら、腕に興味が移っただけだった。


「お兄さんありがとう。もっといっぱい気持ちよくしてあげます」


 すべすべの顔を、毛が生えた俺の腕にぴとんとくっつける。顔がほてっていて、熱い。おまけに桃みたいにピンクに染まっている。熱桃ねっとうだ。


「十分だ十分、もういいもういい。俺は君がほっとけないから家に入れるんだ。変な見返りなんていらないよ。安心するんだ」


 言った途端、美少女は反射的にだろうか、ぐすっと鼻をすする。


「本当に好きになっちゃうから…………やめて?」


「ごめん無神経だった。」


 美少女を泣かした。誰かに見つかったら社会的に死ねる。


「さ、さて。こんなところにいつまでもいたらカゼひく。中に入ろう」


 俺は腕にしがみついた美少女を引き連れ、普通に、一緒に部屋の中に入った。



 まだ寒い、春の夜中である。

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