第6話 pre 青少年健全育成について学ぶ

「どうしてまたゴミ捨て場に座ってたんだ?」


 しゅんとしている百合香ちゃん。深く俯いている。垂れ下がるこげ茶色のセミロングの髪。ちょっと毛羽立っている。


「お兄さんに嫌われたから、耐えられなくなって……」


「それでゴミ捨て場に座るのかよ。二度と座っちゃいけないぞ、あんなとこに」


「私はゴミだから、ゴミ捨て場が相応しいんです。お兄さんにも嫌われて、もう生きていく必要なんてありません。ゴミ捨て場でカラスに食べられるのを待っていました」


 また意地になっている。自分がゴミ? おっぱいもそこそこあって、くびれもあって、おまけに可愛いし、しかもJKというブランドを持っている。何がゴミだ。


「百合香ちゃん」


「お兄さん、嫌いな人の名前をいやいや呼ぶのはやめてください。すごく傷つきます」


「嫌いなんて思ってないよ。俺もちょっと怒り過ぎた、謝る。ごめんね」


「平謝り、お疲れ様です」


 ったく……


「ごめんなさい。ごめんなさいって。な? 俯かないでくれよ」


 あまりJKに触るのは良くないが、百合香ちゃんヘコんでるし、肩をさする。


「本当に…………本当に、嫌いじゃないんですか?」


 首をくいっと上げる百合香ちゃん。コバルトブルーの目がキラキラと輝き、口元がゆるゆるになっている。鼻がピク、ピク、と動いている。どうやら活力を取り戻したようだ。

 意外と簡単に機嫌を直せた。JKってこんなに簡単に機嫌直してくれるのか? それとも百合香ちゃんがチョロすぎるだけだろうか。前者の確率は0.1%だろう。


「あんまり過激なことされたら、警戒心が出るけど」


 そっぽを向いて言う。目がキラキラしすぎて、太陽光みたいだ。俺には眩しすぎる。


「お兄さん、私のこと好きですか?」


「好きっていうより、嫌いじゃないってことだ」


「つまり、大好きってことですか?」


 面倒だ。もうどうでもいい。それに、機嫌を直してもらわないと青少年健全育成について学べない。正直、この子にはもっと危機感というものを抱いてほしい。


「ああ。そう思っててもいいよ、もう」


「はぁ、よかったぁぁ。お兄さんに嫌われてなかったんだぁ」


 胸の前に両手をもっていって、グーを握っている。嬉しいのだろう、目をつぶり眉根を上げて、甘酸っぱいグミを食べたような顔になっている。両手のグーがそこそこあるおっぱいを押しつぶして、まな板になっている。


「そんなことより風呂に入ってきなさい。ゴミ捨て場のニオイがする」


「ええ⁉ 入りますっ、ちゃんとニオイ落とすから嫌いにならないでぇっ」


「ちょ、抱きつくなっ」


 ニオイが付いていると言ったのに、どうして百合香ちゃんという女の子はこう、すぐに抱きついてこようとするのか。


「くっつくな! はやく、風、呂、に、入れ!」


「一度だけ熱烈なハグをぉぉ」「ダメだ!」「なら濃厚なキスをぉぉ」




 二十分後。


「……」


 俺は、しでかしてしまった。

 なかなか風呂に行かない百合香ちゃんに、キスをしてしまった。ほっぺただけど、立派なキスだ。1秒にも満たない時間だったけど、立派なフレンチキスだ。


「いやいや、フレンチキスって1秒以上なんじゃ?」


 調べて、絶句した。本来フレンチキスとは、濃厚なキスを意味するらしい。軽いキスだと思っていたのに。


「こんなんじゃ青少年健全育成について学ばせる資格はない。ダメだっ」


 まずはこの部屋だ。百合香ちゃんが風呂に入ってる今、飾ってある卑猥なタペストリーどもを押し入れにしまい込まねば。


「ったく、俺はJKにとって最も見てはいけない人間像だってのに、JKに懐かれすぎている」


 タペストリーの束を持って押し入れを開ける。


「どああっ」


 うず高く、長々と積まれた同人誌の山脈が崩れ落ちてきた。


「くそ、こうしちゃいられない。早く片付けねば」


 昔から一人なため、こんな刺激しか暇をつぶすものがないのだ。例外なく、というわけではないが、卑猥な刺激物を堪能すれば幸福感を得られる。ちなみに例外の一つを挙げれば、教官に怒鳴られた日の落胆した気持ちだ。底なしの暗闇だった。


「あ、この同人誌なつかしー。初めてコミケ行ったときのやつじゃん。ノーパン美少女たまんねぇ、はぁ、はぁ(*´Д`)」


 はいダメ。さっさと片付けよう。


「お兄さん、お風呂上がりまし……」


 あ……


「ちょっと気持ち悪くなったから帰ります。お邪魔しましたー」


 ジト目を初めて見た。JKにジト目されるなんて、底なしの暗闇だ。


「待って、待ってくれ百合香ちゃん! 帰らないでくれ! 誤解なんだ!」


「え……」


 あ、また変なスイッチを入れてしまったっぽい。


「お兄さん、そこまで私を求めてくれるんですね……すごく嬉しい……」


 なんて美しい涙だ。ありがとう、帰らないでくれて。


「でもアレはさすがに引きます」


 そしてジト目に戻る百合香ちゃん。


「ごめんって。マジごめん。今のは忘れてくれ。片付けるから、ちょっとそこで待っててくれ」


 俺はせかせかと同人誌どもを押し入れに投げ込み、バン、と閉める。


「もう入ってもいい」


「あははっ。お兄さんに『もう入ってもいい』なんて言われちゃったっ」


 嬉しそうにしてくれて本当に良かった。「気持ち悪い25にキツい一言をお見舞いしてやろう」、とか思われてなくて本当に良かった。


「さて、百合香ちゃん。これから青少年健全育成について学ぼう」


「お兄さんと一緒なら、何でも大丈夫です。なんでもっ」


 ぺろっと舌を出し、寝間着のうすピンク色カーディガンの裾をぴらっとめくって、おまけにホットパンツの裾まで、ぺらん、と裏返す。


「ゆっ、百合香ちゃんの寝間着が可愛いのは、認める。可愛さを追求するのは、それはそれは結構なことだ。さあて県のホームページにアクセスするかー……」


 ノートパソコンを睨み付ける俺。声が少々上ずってしまったのは、


(なんでノーパンなんだよ! さっき見たコミケで初めて買った同人誌、ノーパン美少女とぱこぱこするやつだったってのにっ)


 良からぬ事象は、連続的な波のように押し寄せてくるものだ。波が引いたころには、甚大な被害が出ている。


「お兄さんのパソコンが見やすいように、お兄さんのあぐらの上に座っちゃいますね? えいっ」


 ぽすんっ


「え……なんか当たってる?」


 百合香ちゃん。君は俺のことを許してないな? あんまり大人をからかうもんじゃないよ。メンタルに悪いから。

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