第63話 服を買いに行く

 今もなおTシャツとホットパンツを身に着けている百合香ちゃん。


「ちょっとナニアレ」「ラフなカッコだなー」


 道すがら言われている。

 当然だ。だって寝間着なんだから。


「お兄さん、私悪口言われてます……」


 怯える猫のように腕にしがみつく。血液の流れが滞り、じんじんして痛い。


「周りの人はゆかたとか着てるし、ハイスペックだからな。少なくとも寝間着は着てない。諦めるんだな」


「うう……」


 現在、ここから数百メートル離れたところにある服屋に向かっている。この寝間着をどうにかするためだ。俺の財布は金銭的な余裕などないが、百合香ちゃんは金髪くるくるヘアに何萬マン円ももらってるらしい。


「お兄さん、私に服買ってくれるお金、持ってますか? 突然ついてきちゃったから心配で……」


「なんで買ってもらう前提なんだ。俺に余裕があると思うか? 一人分の旅費溜めるために耶摩ヤマパンでバイトしてたんだぞ」


「う……」


 気まずそうに俯いて、俺の体から少し距離をおく。腕をしっかり掴んだまま。


 人に見られることで、少しは懲りただろう。



 *


 

葉搗はづきは、なるほどなるほど、ピンクのクロップドTシャツに、……よっ。水色の短いスカートですか」


 服屋にて。


「何見てるんだ?」


 忙しそうにスマホをいじっているので、不審に思って尋ねる。


「『轟け! ユーフォニアム』第七話、お祭り回です。葉搗が着てる服を確認するため、アニメを見て確認してます」


 音がしなかったから、ネット上に転がっている葉搗の画像を見ているのかと思ったら、消音にしてアニメを見ていたようだ。さすがに店内で音声ダダモレにするほど百合香ちゃんはアホじゃなかったらしい。


「ふぅ」


 思わず安心してしまった。百合香ちゃんなら、店内でも平気で音声をまき散らす迷惑行為をやりかねないと思ったからだ。なにせ、飛行機の出発時刻を遅らせて乗員乗客すべてに迷惑をかけ、無意識とはいえノーブラで俺を困らせた人間。


「えっ、時計してる。葉搗ピンクのデジタル時計してます。時計買ってくださいっ」


「何言ってるんだ。時刻なんかスマホで確認できるだろ」


 百合香ちゃんがむぅ、と口を尖らせる。


「お兄さん、案外役立たずです」


「なっ」


「私、時計も買ったら残金がどんどん減るじゃないですか! ここには鞭の人もいないから、すぐに貧乏人になっちゃいます!」


 なんて自分本位なやつだ。

 不機嫌そうに目を細め、スマホにかじりついて、アニメを確認している。


 それにしても、どんなだっけ、葉搗の格好。忘れたぜ。


「ちょっと百合香ちゃん、俺にも見せてくれ」


「お、お兄さんついに私に買ってくれる気に? あたっ」


 チョップをかまし、無理矢理スマホの画面を掴んで、盗み見る。


「あ、だいぶラフな格好じゃん。よっ……。あ、めっちゃラフだな」


 スライダーをちょこまか移動させ、葉搗の服装を確認する。

 

「これ、クロップドTだよな。ヘソが見えそうなくらい丈が短い。スカートも短いし。これってさ」


 すごく、今のままでもいい気がする。Tシャツもホットパンツも、ラフな格好に入ると思う。敢えて買う必要があるだろうか。


「お兄さん、私もう見つけちゃいましたよ!」


 いつの間にか遠くに行っていた百合香ちゃんは、大きな声で俺を呼ぶ。店内だっていうのに、大きな声を出しやがって。

 周りの人が俺を見ている中、さささ、と申し訳なさそうな感じを醸しつつ、百合香ちゃんのもとへ向かう。


「この水色のスカート、完全に一致してますよね! 短さも、縫い目の位置も。これ試着してきます」


「あのさ」


 俺の呼びかけには全く応じず、ささーっと試着室に入ってしまった。



 数分後。


「どうですか? 下だけ葉搗っぽいと思いませんか?」


 自慢気に、腰をふりふりと左右に振って、にこにこしている。


「次は服です! さあて、激短ゲキたんTシャツ見つけますよぉ!」


「あのさ百合香ちゃん」


「なんですか?」


 くりんとしたまん丸い瞳で振り返る。本当に、何も疑問に思ってないようだ。


「葉搗のお祭りの服装ってさ、今の百合香ちゃん並みか、それ以上のラフさあるよな。敢えて買わなくてもぶひぇっ」


 パシーン、と頬を平手打ちされた。どういうことだ。


「お兄さんはアホですかっ。 聖地には聖地に相応ふさわしい服装があるじゃないですかっ。お兄さんの分からずやっ」


「何を言い出す! 聖地に相応しい服装だと? そんなの普段着の服だろ!」


 俺も平手打ちで反撃したい。でも、できるわけもなく。


「確かにラフかもしれません。でも、寝間着じゃないです、れっきとした外で着る服ですっ。その証拠に葉搗も着てるじゃありませんか」


 顔を上気させて、なんだか憤慨しているようだ。旅行でテンションがおかしくなっているんだろう。


「ブラもしてないやつが何言ってんだか」


 いくら服を買ったって、下着を付けてないんじゃな。外で下着を付けない女なんて、普通はいない。


「ん」


 百合香ちゃんが顔を上気させたまま、固まっている。タコが瞬間冷凍されたかのようだ。


「どうした百合香ちゃん」


「すっかり忘れてました…………」


「服屋だからブラも置いてあるだろう。焦らなくてもいい。それより百合香ちゃん、パンツは穿いてるんだろうな? ブラを付けてないことを忘れるくらいだ、パンツを穿いてないことを忘れてもおかしくない」


 バシッ


「穿いてます! 冗談も大概にしてください!」


「いってて。ごめんなさい」


 まだしびれていた腕をしばかれた。また、じんじんしてくる。


 短いホットパンツだから、もしかしたらパンツとごっちゃになって穿き忘れているという可能性を指摘した。それだけなのに、まさかここまで怒られるとは。


「謝るなら時計買ってきてください。あとバッグも。肩にかける小さめのバッグですよ? 葉搗がかけてたのと同じやつです」


 全然怒りが収まってない。腕で胸を隠し、もう一方の手で股を隠している。パンツは穿いてるんじゃないのかよ。


「分かった分かった。その辺の雑貨屋で買ってもいいか?」


「その辺とか言わないでください、私へのプレゼントをその辺の雑貨屋で適当に買って済ませようっていうんですか?」


「プレゼントって何だよ。百合香ちゃんのコスを代わりに買いに行くだけだ、あとでお金は返してくれよ」


 これ以上百合香ちゃんと話してても意味がない。さっさと雑貨屋に行くか。


(で、俺はいったい何円いくら持ってるんだっけ)


 財布を確認すると……

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る