第64話 転倒坂
「
そう、聖地巡礼サイトに書いてあった。が、俺たちはバスを逃したため、
「最低です、お兄さんのせいでバスは逃すし、時計も買ってくれなかったし」
「仕方ないだろ。だいたいバスなんか使わなくても歩けばいいし、お金が千円しか入ってなかったからそれしか買えなかったんだから」
「バスは百歩譲って許したとしても、これ何ですか!」
「何って」
時計ではないものを腕に着けた百合香ちゃんは、拳を突き上げて腕を振る。アッパーでもかますかのように。
「どうしてデジタル時計の代わりがヘアゴムになっちゃうんですかっ。電子機器ですらないじゃないですかっ」
目を閉じてぎゃあぎゃあ
「腕に着けるなら似たようなもんだろ。百円で安かったし」
「なんですかその理由! 私が安い女だとでも⁉」
喚き止まない。どうすれば…………って!
「百合香ちゃん! ここ聖地じゃね?」
「え。あ!」
何の変哲もない階段。強いていうなら、少し長めか。だが、丘の上の住宅街にはありがちな階段。
だがここは、
「完全に一致してるなぁ」
「ほんとですねぇ」
まじまじと見入って、そして例によってパシャパシャと何枚も撮影し始めた。
よし、怒りを沈静化できたぞ。
「すごい、なにもかも一致してるじゃありませんか」
「あんま撮り過ぎるなよ、ここ民家多いんだから」
「気にしなくてもいいです、別にネットにアップするわけじゃないですし」
「本当だろうな。なんかコワイんだが」
「どういう意味ですか、私は後で見返して個人で楽しむんですから、誰かに供与するつもりなんかないです」
しゃがみこんでパシャパシャと撮りまくる百合香ちゃん。百合香ちゃんがもしオッサンなら、レイヤーをローアングルから撮影する変態に見えることだろう。今はレイヤーではなく階段が対象なのだが。
「撮り終えました。いやぁ、興奮しますねぇ」
「そうか。俺は容量の空きがほぼ無いから、あとで送ってくれ」
言うと、百合香ちゃんが急に黙りこくった。
あ、そうか。
「ライチ交換してないんだったか」
連絡先を交換してなかったら、送るに送れない。まあ、エアドロップで送るってのも一つだが、量が膨大すぎる。
「ライチ交換してなかったですね……」
「交換する?」
「お兄さんがどうしても交換したいなら」
顔が赤い。俺と連絡先を交換するのが恥ずかしいのだろう。
まあ、三留もしてる25歳とライチ交換なんて、確かに恥ずかし……
「Googlyアカウントも教えますっ」
「え⁉」
マジかよ……
「個人情報が詰まってるんじゃないのか? 見られたら恥ずかしいものとか、そういうのあるだろ」
「別にないです。第一これ、鞭の人のアカウントを借りてるだけです。あの人は複数のアカウントを持ってるらしくて、これは私用のアカウントとか言ってました」
あいつめ、百合香ちゃんに与えることに快感を覚えてるな。
しかも、百合香ちゃんだけのGooglyアカウントじゃないのか。今まさに金髪くるくるヘアが監視しててもおかしくないアカウントなのか。
「まあ、とりあえずライチを交換しよう。今朝も連絡手段がなくて困ってたんだ。それに、田舎娘と恋愛脳とは交換してるのに、百合香ちゃんとしてないってのは納得いかないし」
「えっ」
いきなり目を開いた。
カタッ、と、スマホが地面に落ちる。
「
目の輝きがサーっと失われていく。
「違う、勘違いするんじゃない! したくもなかったけどなんとなくしただけっていうか、とにかく百合香ちゃんが思ってるような意味はない」
「お兄さん、やっぱり沙夜さんがいいんだ…………」
「違うって」
スマホを拾い上げた百合香ちゃんは、ゆっくりと立ち上がって、
「あ!」
走って逃げた!
「こら、一人で行動すると危ない!」
連絡手段がないから。さっさとライチを交換せねば。
「いてっ」「きゃっ」
「あ!」
まさかの、曲がり角で百合香ちゃんが女子高校生とぶつかった。彼は普通に歩いてたから、完全に百合香ちゃんが悪い。
「大丈夫ですか?」
転倒してしまった百合香ちゃん。相手の女子高校生は百合香ちゃんより背が高く、体つきが引き締まっているためか、平気だった。
「ううう…………」
何やってんだか。同じような年頃の人に、子供扱いされている。
「あの、脚とかケガしたりしてます?」
なかなか起き上がらない百合香ちゃんを、女子高校生は心配そうに抱き起こす。
そのとき。
「ミワ、何やってん?
女子高校生は友達数人と、どこかに行ってしまった。
百合香ちゃんは、せっかく抱き起こしてくれたというのに、また地面にぺたっと座り込んでいる。
「おい、百合香ちゃん」
小走りで、地面に座るJKのもとに向かう。
「お兄さん」
「なんだ? それより早くライチ交換しよう」
百合香ちゃんは座ったまま、落ち込んでいる。静かに座ってるだけだから、ケガをしたというわけでもなさそうだ。
「私って、友達、いないです」
「そんなこと知ってる。今更何を言ってる。まさかそれが恥ずかしくてライチを交換してくれないのか?」
「そうじゃなくて…………」
ふっと横を見た百合香ちゃん。
つられて俺も横を見れば、さっきの女子高校生たちが楽しそうに談笑しながら下り坂を下っている。
「私って、女子高校生っぽくないです。私って、青春してないです。私って……」
隣に生えていた小さな雑草を抜いた、百合香ちゃん。
「すごくかわいそうな、孤独な、哀れな存在です。……忘れていました」
雑草の頭についた小さな黄色い花を、くるくると旋回させ、ぽいっと落とす。
中途半端なサイズの雲が太陽を隠したせいで、中途半端に景色が暗くなった。
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