聖地巡礼! 「轟け! ユーフォニアム」

第53話 一人で聖地巡礼したい!

 夏だ!


 ということで、俺は聖地巡礼に行くことにした。


 、それが重要なのである。アニメのキャラクターが物語を紡いでいた場所で、キャラクターの見ていた景色とともに感情移入する。これが至極であり、かつ聖地巡礼の基本的なあり方だと思っている。俺に言わせれば、他人と連れ立って行くなど言語道断。いちいち他人と会話しないといけない時点でアウトだ。それじゃ完全にキャラクターのことを考えることができない。聖地を100%楽しむことができない。


 だから俺は、一人で聖地を巡礼する。



 留年している間、何度も聖地を巡礼した。聖地でアニメキャラクターに励まされるような思いがあった。訪れるたび、勇気をもらった。


 そして今年も! 俺は聖地巡礼に出かける!


 

 今は朝の七時。


 スーツケースをゴロゴロ引っ張って、バス停に向かおう。



 ゴロゴロゴロゴロ…………




「あ、お兄さんこんにちは」


 ……。


「……こんにちは」


「どこか出かけるんですか?」


 コンビニから帰ってきたのか、手にビニール袋を提げている。

 白いホットパンツをはいているが、まさかその格好で行ったのだろうか。まる出しの生足。太陽の光がつやりと艶めかしく反射している。ふとももから汗が垂れ流れている。すべすべの白い肌の上でキラッと光る。


「バス停に出かける。すぐ戻ってくる」


「ふぅん、そうなんですか」


 にこにこしている。なぜか手を後ろに回して。


 てこてこ寄ってくる。いい匂いがする。嗅覚を研ぎ澄ませてみれば、汗の匂いだ。汗さえもいい匂い、そう感じるのは、ちょっとヤバいのかもしれない。


 とうとう、俺の目の前にまで到達した。

 

 くく、とかがむ。覗くように下から俺を見て、コバルトブルーの大きな瞳をぱちっとまばたきする。

 意味ありげに、こくん、と首をかしげた。


「お兄さんっ」


 ぴとっ。


「腕に絡みつくんじゃな…………」


 待て。


 今ここで思いっきり甘えさせておけば、もしかしたら…………


「今日は34度もあるって天気予報で見ました。いっぱい汗をかいたので、お兄さんにたっぷりなすり付けてあげますっ」


 すりすりすーり、と、俺の腕に頬やら額やらを擦りつける。ぬるい汗が、べちゃべちゃ付着する。

 

「お兄さん、私に汗をなすり付けられて嬉しいですか?」


 ここで嬉しいと言っておけば、一人で旅立てるかもしれない。


「…………嬉しい」


「じゃあ、私の汗がいっぱい付いた腕を舐めるのもできますよね?」


 にこっとほほ笑まれる。汗ばんだ笑顔は、やっぱり艶めかしい。


「でき……」


 できるかッ! また不健全になってんじゃねえか!


「不健全はダメだと言っただろ! そんなことばっか言ってると相手してやらないからな!」


 強めに言うも、彼女は何もダメージを負っていないようだ。Tシャツをぱたぱたさせて汗を蒸発させようとしている。


「じゃあお兄さん、私に何をしてくれるんですか?」


「何かしてもらえること前提だな」


「お兄さんを信じてる証拠です」


 言いつつ、頭をなでなでする。目を閉じて、とろけた顔をする彼女。なで甲斐がある顔をしてくれるやつだ。このままおとなしく家に戻ってほしい。



 俺は、聖地巡礼に行きたいんだ。たとえ百合香ちゃんであっても同行者はいらない。邪魔くさい。無用だ。鬱陶しい。余計なものだ。



「それじゃ、お兄さん気を付けて」

「ああ。百合香ちゃんも熱中症には気を付けて」


 よし! 一人で行けるぞ!


 俺はゴロゴロとスーツケースを引こずって、家から200mくらいにある最寄りのバス停に到着した。


 *


 バスは仙怠せんたい駅に到着。

 空港まで直通の電車に乗り換える。


 *


 電車は名執などり駅にて少々停車している。車内は知らない人ばかりで、見回しても百合香ちゃんの気配はない。


 * 


 仙怠空港に到着。


 俺の予定は痛見止目いたみどめ空港へ向かい、そこから京都へ向かう。そして電車で宇詩うしまで行き、第一日目の聖地巡礼を行う。

 

 予定では、3泊4日。今日と明日は宇詩うし明後日あさって詩香しか県の貝掛かいかけという地区、明々後日しあさって詩香しか県内の各地に点在する別の聖地を巡る。


 宇詩うしは、とあるアニメの聖地だ。

 詩香しか県の各地には、また別のアニメの聖地が存在している。

 隣接する県であり、距離も比較的近いため、一気に巡礼できるのである。


 予定では。


 

 何か、予定通りいかない気がする。

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