第2話 異文化コミュニケーションは難しい


「おっかしいだろ! 言語コミュニケーションが取れないようなヤツを登録するなんて!」


 係員にガイツが噛み付いている。

 ザブールの街でもトップクラスのA級冒険者で、大きな仕事だって幾度もこなしているようなツワモノだ。


 筋骨隆々たる大男で、背負った大剣グレイトソードは強い魔力の光を帯びている。

 こんなもんを得物にしている時点で、この男の実力が判ろうというものだ。

 普通の勤め人なら、一生分の稼ぎをつぎこんでも買えないような業物わざものである。


「はて。冒険者アドベンチャラー同業組合ギルドの登録要件に、大陸公用語パブリックの習得という項目はなかったと記憶しておりますが? ガイツ氏」


 片眼鏡モノクルをひっかけた細面の係員。

 慇懃無礼いんぎんぶれいが、慇懃無礼の国から、慇懃無礼の服を着て、慇懃無礼を広めにきたような顔で告げる。


 やな奴だな、と、フレイは思った。

 人間の街にいるんだから、人間の言葉を話せるのは当たり前。そう思っても仕方がない。


 そもそも、言葉が通じない可能性、なんてものを考える方がおかしいだろう。

 組合に登録した時点で、そんなもんクリアしてるもんだと思っちゃう。


「おめ……っ! 知っていて紹介しやがったのかっ!」

「エルフ語しか判らないということですか? 当然、知っていましたよ?」


 いけしゃあしゃあと言い放つ。


「ふっざけんな!!」

「アニキ」


 フレイが声をかけなければ、ガイツはカウンター越しに係員の首を締めあげたかもしれない。


「あの。一言くらい忠告があっても良かったんじゃないですか?」


 ガイツの腰をぽんぽんと叩き、フレイが係員に訊ねた。


 言語によるコミュニケーションができないなんてのは、ものすごいイレギュラーな事態だろう。

 紹介をおこなう組合の方から、そういう人物であると、事前に知らせてしかるべきなのではないか。


 そういう趣旨の質問である。

 冷たい目をフレイに向ける係員。


「少年。きみたちのそれは、なんのためにあるのかね?」


 左手首を、とんとんと叩きながら。

 名前すら呼んでもらえない。A級のガイツならともかく、新人ルーキーの名前なんかいちいち憶えていない、と、表情が語っている。


 自分の左手首をフレイが確認する。

 巻かれているバックルと、はめ込まれた小さな魔晶石クリスタルを。

 組合から貸与・・された魔法の品物マジックアイテム


 ようするに身分証のようなものである。

 A級だの強者だの自称したところで、確認できなければそんな名乗りに意味はない。

 この魔晶石のなかに個人情報プライベートデータが入っているのだ。


 たとえばフレイならば、E級、男、十七歳、戦歴なし、賞罰なし、特記事項なし、ということが刻まれており、正しい手順で石に触れることで、地面なり壁面なりに文字を映し出すことができる。


「にちたうろやかばのこ。いさなげあてせみ」


 エルフを呼び寄せ、係員が何事か告げた。

 ひとつ頷いた子供が石に触れる。

 カウンターに投射される文字。


 特記事項の部分だけ。


 このあたりも便利機能のひとつで、見せたい部分だけを見せることができるのだ。

 目を見開く男ども。


 もちろんフレイもガイツも、そんな機能に驚いたわけではない。

 記載された、大陸公用語未習得、という文字だ。

 ちゃんと書いてあるのである。


「さて、ガイツ氏。私から質問なのですが、あなたはチームに人を迎えるとき、クリスタルの確認すらおこなっていないのですか?」


 両肘をカウンターにつけて指を組んだ係員が首をかしげた。

 ものすげー意地悪そうな顔で。


「ぐ……」


 言葉に詰まる大男。

 もともと好いていたわけではないが、フレイはこの係員が大嫌いになった。


 ぶっちゃけ、クリスタルの情報なんか確認する人間はいない。


 他人の財布の中身を覗かないってのが冒険者の不文律だから。

 誰だって知られたくないことのひとつやふたつは持っている。根掘り葉掘り訊いたりするのは野暮というものだろう。

 まして氏素性うじすじょう詮索せんさくするとか。


「もちろん、冒険者の不文律とやら・・・あげつらうつもりはありませんよ。ガイツ氏。あなたにはあなたのやり方があるのでしょう。しかしですねぇ」


 いちど言葉を切る。

 薄ら笑いすら浮かべながら。


「こちらはちゃんと筋を通しています。確認を怠ったのはガイツ氏です。私はなにかおかしなことを言っておりますかね?」

「……いや。なにもおかしくねえ」


 悔しさに歯噛みしながらも、ガイツが引き下がる。

 これ以上難癖・・を付けるなら、組合員資格を剥奪するぞ、と、係員が言外に語っているからだ。


 冒険者と組合は同格ではない。

 後者が圧倒的に有利な立場なのである。


 組合が定めたルールを守れないなら出て行くしかないし、最底辺の職業である冒険者くずれ・・・など雇用してくれる場所もない。

 腕っ節が良いのなら傭兵ようへいに、という選択肢もないではないが、トラブルを起こした経歴のある人間は、そういう場所でも疎まれるものだ。


 それを知っているからこそ、係員は具体的なことを一言も口にせず威迫いはくしてくる。

 フレイはますますこの係員が嫌いになった。


 いつか自分が組合の幹部になったら、絶対に解雇してやろうと妄想したりして。


「ただし、わかった以上、こいつを俺のチームに置いておくことはできねえ」


 その点は譲れないと言いつのる。


 当然である。

 彼らはA級の冒険者だ。危険な仕事も多い。

 連携力の低いお荷物を抱え込んでいたら、それこそ命がいくつあっても足りないのだ。


「ふむ。つまりこの子をパーティーから外すということですね」

「ああ」

「身の振りはどうします?」


 係員が訊ねる。

 チームの都合で外れてもらったメンバーである。そのままポイってわけにはいかない。


 少なくとも、落ち着き先くらいは世話をしないと義理が立たないし、義理を欠くってことは、この業界で生きづらくなってしまう。

 世話をできない場合には、金銭で片を付けることもあるが。


「そこは考えてあるさ」


 にかっと笑って、ガイツがフレイを見た。


「え?」


 なんで俺を見たねん? という視線で見返す少年。

 嫌な予感が鳴りやまない。


「こいつはさっき知り合ったばかりの新人ルーキーなんだがな。なかなか見所のあるやつだ。ガキを追いつめてた俺を止めようって気概もある」


 ガイツさんベタ褒めです。

 あと、フレイの目的も、しっかり読まれていました。


「ちょ、ちょっとアニキ……」

「違ってたか? フレイ。おめえ、俺がそのガキを殴るんじゃないかって思ったから声をかけたんだろ?」

「…………」


 黙り込んじゃうフレイ少年。

 さすがA級冒険者。まったく甘くなんてないのである。


「ふむ。新人に押しつけるというのはあまり感心しませんが」


 口を挟む係員。

 フレイには救いの神に見えた。


 大嫌いなんて思ってごめんなさい。とか、勝手なことを考える。


「それさ。新人なんだから薬草採取くらいしか仕事がねえだろ? 新人同士で組ませるのが一番じゃねえか。魔法職スペルユーザーとか関係なしに」


 無理に等級の高い連中と組んでも、コミュニケーションが取れないのだから危険しかない。

 魔法職だって特別扱いせず、一から育てる方が良いんじゃないのか、と。


「これは、一本取られましたね」


 なんの一本? 負けんなよ。がんばれよ。


 と、フレイは心の中で声援を送ったが、残念ながらそれは届かなかった。


「ねかいなわまか。るなにとこるつうにんねうょしらかガイツはくぞょしのみき?」


 エルフに話しかけてるし。


 言葉はわからないけど、たぶん意思の確認とかをしてるんだろうな、と、フレイは思った。

 こうなったら、せめてエルフが断ってくれるように祈るしかない。


 ソロぼっちのフレイだが、言葉の通じない亜人とコンビを組むよりは、孤独な旅路を歩んだ方が、なんぼかマシである。


「にいたみんじうどろえ。にいたみんじうどろえ。ねのくいてれらう」

「だんるてっいをになはえまお?」


 エルフと係員が話している。


 なにいってるかさっぱり判らない。

 判らないんだけど、きっとろくな話じゃないんだろうな。


 ぼーっと考えるフレイだった。


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