第2章 竜殺しの勇者とか、そういうやつ?

第9話 邪悪なナイフと聖なるステッキ


 デイジーこと、デビットの家はそこそこの商家である。

 ザブールの街で再起を図った彼らは、一定の成功を収めたのだ。

 しっかりとした店を構え、使用人などを雇える程度の。


 その契機を作ったフレイを、デイジーの父のロンハーと母のティーファは、歓待した。

 

 大損をして、にっちもさっちもいかなくなり、もう首をくくるしかないと絶望していたとき、手を差しのべてくれた少年。

 毛皮や肉を格安で卸してくれるだけでなく、村の子供たちにいじめられていたデイジーをかばい、助け、いつも守ってくれた。


 また幼いながら、おとこだと思った。

 傑物だと。


 そのフレイが冒険者となるために、ザブールへとやってきた。

 恩返しの機会を得た。

 だから、空き部屋を貸すくらいお安いご用だった。

 家賃など、もらうつもりもなかった。


 にもかかわらず、最初の依頼を片付けて戻ってきたフレイは、彼とミア、そして新たに仲間となったもう一人の、一月ひとつき分の部屋賃として、二十枚もの金貨を差し出してきたのである。

 ちなみにこれは、報酬の金貨百枚を二十枚ずつ四人で等分し、残ったお金の全額だ。


「こんなに受け取れないよ。フレイ」

「デイジーが言ってたよ。遠慮なんか、された方が迷惑って」


 謝絶するロンハーに金貨の詰まった袋を押しつけるフレイだった。

 家にいるときには食事までいただいている。

 この程度の金銭では申し訳ないくらいだと笑う。


「判ったよ。ではこのお金は、たしかに私が預からせてもらおう」


 息子の名前を出されては拒絶もできない。

 苦笑とともにロンハーは金貨を受け取った。


 ただし、預かるという言葉で。

 彼はこの金に手を付ける気はない。大切に預からせてもらい、もしフレイが必要にときには全額返還するつもりである。


 不器用で意地っ張りで格好付けな男どもなのだ。

 知っているデイジーとティーファは、声に出さずに笑ったものである。






「で、金が入ったから装備だよな。まずは」


 報告とかの義務を一通り済ませ、フレイが口にしたのはそんなことだった。


 立派な戦斧を持っているガルや、謎の聖衣をまとっているデイジーはともかくとして、フレイは徒手空拳まるごしだし、ミアだってローブをきているだけで、魔法職なのにロッドすらもっていない。


「え? わたし武器もってるわよ?」


 きょとんとしたエルフが、ばさっとローブをはだける。

 長衣の中は、もちろん全裸ではなく動きやすそうな服を着ており、ベルトにはたしかに武器がぶらさげてあった。


 ひとつは短刀だ。

 内反うちぞりの刃を持つ、ククリとかグルカとか呼ばれるやつである。なんで内側に反っているのかというと、毒を乗せやすくするためらしい。


 もうひとつは、たぶん投げて使う武器だろう。

 四方に刃を伸ばした、なんか信じられないくらい邪悪そうな形をしている。

 見た目だけは清楚で愛らしいミアには、あんまり似合っていない。


「なに……それ……?」


 おそるおそる問いかけるフレイ。


「クピンガよ。こう、水平に投げて使うの」


 エルフ娘が構えてみせる。

 投げると回転しながら飛んでいって、複雑な形をした刃が敵に大ダメージを与えるらしい。

 もちろん、毒を乗せるのにも向いた構造だという。


 もうね。

 ミアのキチガイっぷりには、いまさら言葉もありませんよ。


「じゃあ武器を買うのは俺だけか」


 言葉もないから、フレイは普通に話を進めスルーすることにした。


「ボクも買うよ!」


 なぜかノリノリのデイジーだ。


「いやいや。デイジーは武器いらないだろ?」

「ううん! ボクたちは一応、戦闘訓練もやってるんだよ! フレイやガルにもしものときは、ボクが前衛にあがるよ!」


 ふんす、と、力こぶを作ってみせたりして。

 可愛いだけである。


「そうか。どんな武器をつかうのだ? デイジーは」


 微妙に鼻の下を伸ばしながらガルが訊ねる。


 なるべく早い内にデイジーが男なことを教えた方が良いだろうな、とフレイは思った。

 取り返しのつかない事態が起きてしまう前に!


槌矛メイスだよ!」


 柄の先端に、金属製の重い柄頭をつけた殴打用の武器だ。

 使い方は、まさに力任せにぶっ叩くという感じ。

 線も細く可愛らしい顔立ちのデイジーには、まったく似合わない。

 凶悪さで考えたら、ミアに持たせたいくらいである。


「なんか言いたそうね? フレイ」

「いや? べつに?」


 じゃれあいを始めるエルフと少年。


「しかし、デイジーに向いた武器ではないというのは、それがしも同意見だ。重すぎるだろう」

「うん。だからなるべく軽いのを買うよ」

「それではメイスの意味が……いや、そうだな。持っているということが大事だろう」


 セリフを途中で飲み込み、ガルが微笑む。

 気休め程度にはなるだろうし、どのようなかたちであれ、身を守る道具があるというのは忌避すべきことではない。


 回復役は、まっさきに狙われるポジションだから。

 むしろデイジーが武器を持って戦わなくてはいけないような場面を作らないために、ガルがいるのだ。

 敵の攻撃は、すべて我が身で引き受けよう。


 軽く思い定める。

 こと戦闘に関しては、じつに頼りになる武芸者である。


「俺は何にするかな。剣とか槍とかは使えないし」

「ヒマンテスやナックルダスターなどが良いかもしれんな。フレイは殴る蹴るという戦いを得意にしているようだし」

「まずは武具の店にいきましょ。実際に見てみないと、何が良いかなんて判らないわ」

「そだね!」








 結論からいうなら、デイジーはメイスを買わなかった。


 市販品など及びも付かないような魔法の武器マジックウェポンを手に入れたためである。

 あらためて挨拶に寄ったマリューシャー教会で。


 ゴブリン討伐の際にも立ち寄っているのだが、冒険の前後には顔を出すよう、デイジーが司祭から言われているのだ。

 あきらかに職権濫用しょっけんらんようくさいのだが、フレイはマリューシャー教の行動ルールなんぞ知らないため、そういうものだといわれたら引き下がるしかない。


「よくきた。敬虔けいけんなる信徒、デイジーよ」


 荘厳な本殿。

 光に満ちたホールに立ち、司祭はおごそかに語りかける。


「はい。司祭さま」


 片膝をつき、こうべを垂れるデイジー。


「怪我などはしなかったか?」


 一転して優しい声だ。

 背が高く、細面の司祭の顔には慈愛の笑みが浮かんでいる。


 ちなみに司祭の服装は黒いローブだ。

 デイジーみたいな、きゃぴるんとしたショートパンツ姿ではない。

 もう、この一事だけで、司祭がデイジーを騙してんのはまるわかりなんだけど、決めつけるだけの証拠もないのである。


「はい! 大丈夫です!」


 顔を上げてにこっと笑う。


「良かった。もっと良く顔をみせておくれ」


 ごく自然に両手を広げ、ハグを要求しやがる。

 そしてデイジーは逆らいもせず、力いっぱい司祭を抱きしめる。


「ち」


 と、ものすごい小さくガルが舌打ちした。


 内心でフレイがため息を吐く。


 なんで嫉妬してんだよ。この男は。

 あと司祭さん。あんた微妙に鼻の下のびてんぞ。


 とか思いながら。


「デイジーよ。お前の旅立った日、マリューシャーさまより啓示けいじがあった」


 抱きついてくるデイジーを、仕方がないやつだな、みたいな顔で柔らかく押し戻しながら、しっぶいバリトンボイスで告げる神父。


「啓示ですか?」

「お前に新たなる力を与えよ、と」


 言いつつ、長衣のなかからなにやら取り出す。

 それは錫杖ステッキだった。

 両腕を伸ばした長さよりはやや短い杖の頭に、やたらと可愛らしくデフォルメされたマリューシャー女神像が取り付けられている。


「可愛いですね!」

「うむ。啓示を受けてから、私が彫り込んだ」


 いろいろと神宝処理魔力付与がなされた逸品である。

 力のある司祭が、全身全霊を込めて作成した魔法の杖マジカルステッキだ。

 そんじょそこらの武器なんかより、はるかに強い。


「そんなに手間を! ホントにボクがもらっちゃって良いんですか?」

「愛弟子の門出かどでを祝わぬ師がいようか。遠慮なく受け取ると良い」

「ありがとうございます! 司祭さまだと思って大切にします!!」


 もういっかい、ぎゅっとデイジーが抱きつく。

 下心とか、まったくない。


 こいつの場合、本当に、心から謝意をあらわしているだけだ。

 司祭の顔が、にへらとゆるむ。


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