第8話 運命に導かれし仲間とか、そういうやつ?


 そこから先はあっという間だった。


 ごくわずかに残っていたゴブリンも、フレイと男がすべて片付ける。

 混乱し、恐怖しているモンスターなどものの数ではない。


 やがて、ゆっくりと近づいてきたミアが、洞窟の中に向けて何発もの魔法を放つ。


 残党がいるかもしれないから。

 あるいは子供やメスがいるかもしれないから。


 当然の処置だし、生存競争なのだからゴブリンに同情の余地なんかないはずなのに、薄ら笑いを浮かべながら魔法を繰り出してる姿は、ちょっとというかだいぶ怖い。


「助かった。礼を言う」


 なんかキチガイっぽいエルフ娘を見ないようにしながら、男が少年たちに頭をさげた。

 おもにデイジーに。


それがしは旅の武芸者で、ガルフォードと申す」


 堂々たる名乗りだ。


「フレイだ。こいつはデイジーで、あっちにいるのはミア。当然のことをしただけだから、礼には及ばない」


 笑みを浮かべるフレイと、ぴょこんとお辞儀したあと、にっこりと笑うデイジー。


 ごくわずかにガルフォードが頬を染める。

 気持ちは判らなくもないけど落ち着け、こいつは男だぞ、と、フレイは視線で語りかけたが、もちろんそんなものは届かなかった。


「はー。撃った撃った。殺した殺した。気持ちよかったー」


 異常な発言をしながらミアが歩み寄ってきたため、もう一度簡単な自己紹介をし、四人が車座くるまざになってすわる。


 休憩と、打ち漏らしがないか確かめるため。


 巣を離れているゴブリンがいるかもしれないから。

 いちおうは、一昼夜くらいは待機した方が良いだろう。


 モンスターども死骸のそばで夜明かしというのも豪気なことであるが、よほどのことがない限り死体は襲いかかってこないため、へんに森に入るよりずっと安全なのである。


「俺たちは組合ギルドの仕事できてるんだけど、あんたもなのかい? ガルフォード」


 フレイが訊ねる。

 これもまた必要なことだ。


 依頼が競合ダブルブッキングしている場合、報酬の分配についてきちんと取り決めておかないと、間違いなくトラブルに発展してしまう。


「ガルでいい。それがしは街道筋で小鬼ゴブリンの噂を聞き、討伐しようと思っただけのこと。仕事ではないさ」

酔狂すいきょうだな。ガル」


 くすりと笑うフレイ。

 好漢というべきだろう。


 もちろん武者修行の一環というのもあるだろうが、誰かに頼まれたわけでもないのに、金がもらえるわけでもないのに、モンスター退治をしようなど。


「武人の本懐ほんかいだ。戦い傷つくというのは」

「ん?」


 いまちょっと言い回しがおかしかった気がする。


 戦うのは本懐。

 それは判る。


 傷つくのが本懐、つまり生涯の野望であるって、少しおかしくないだろうか。


「傷は男の勲章だからな」


 うっとりと身体中に刻まれた傷痕をなでたりして。

 刺し傷、切り傷、火傷とかもありそうだ。


 ていうか、考えてみたら、なんでこいつ上半身裸なんだろう。

 フレイの頭の中を、益体やくたいもない思考がぐるぐると回る。


 嫌な予感が鳴りやまない。


「こころみに問うんだけどさ。ガル……」

「なんだ? なんでも訊いてくれ」

「なんで服着てないんだ?」


 せめて、せめて男の戦いに防具など不要とか、バカみたいなロマンチシズムを披露してくれと、一縷いちるの望みを託して問いかける。


「むろん、敵の攻撃を我が身で受けるため。服など着ていたら痛みが薄らいでしまうではないか」

「……そうか」


 ダメだった。

 がっくりとうなだれる少年。


「この傷を見てくれ。レッドドラゴンに引っかかれたときのものだ。あの戦いは良かったな。昇天するいっちゃうかと思ったぞ」


 左肩から脇腹へと走る傷痕を、ガルが自慢する。

 見せびらかしている。


「……そうか」


 こいつ変態だ。

 痛いのが大好きとか、そういうひとだ。


「こんなに傷だらけ。すごいねー」


 まったく判ってないデイジーが、ぺたぺたとガルの身体を触った。

 彼にしてみれば男同士だから、べつに恥ずかしいとか、そういうのはないのである。

 困ったことに。


 ガルの鼻の下が伸びる。


「ボクの回復の奇跡で消してあげようか? できるかわからないけど」

「ありがとう。デイジーは優しいな。だが大丈夫。これはそれがしが生きている証なのだ」


 すげー爽やかに笑いながら、少年の髪を撫でたりして。

 自然な仕草を装ってるけど鼻の穴がびくびくと膨らんでる。


「もう! 子供扱いしないでよ! ガル! ボクはフレイと同い年なんだよ!」


 ぷんすかと怒るデイジー。

 触られたことを怒っているわけではないところがみそだ。


 やばいんじゃね?

 止めた方がいいんじゃね?


 とか、フレイが考えていると、


「ガルって前衛できるわよね?」


 不意にミアが問いかける。


「むろん。仲間の前に立ち、敵の攻撃を受け止めるのは武人の本懐」


 自信に満ちた答えが帰ってきた。


 本懐おおいなぁ。

 あんたいくつ野望あるんだよ。


 などと思いながら、フレイはデイジーを見ている。

 ガルが尻とか触らないように、監視だ。


「じゃあさ。わたしたちのチームに入らない?」


 投げ込まれる言葉の爆弾。


「ファっ!?」

「いいかもっ!」


 同時にフレイとデイジーが声をあげた。

 方向性は逆だった。


「前衛フレイだけじゃ厳しいもんね! フレイが怪我とかしたら嫌だし!」


 デイジーさん大賛成です。

 親友を思う気持ちに、嘘いつわりは微塵もない。

 それだけに性質たちが悪かった。


「いやいや……ちょっとまってくれ……」

「ん? 反対なの? フレイ」


 エルフ娘がきょとんとする。

 なんで反対意見が出るのか判らないって顔だ。


 そして、フレイもまさか、こいつ変態っぽいからやめとかね? とは言えないのである。


「……いや。反対じゃない。本人次第だけど」


 現実問題として、前衛が欲しいのは事実だったりする。


 なんとなーくミアひとりでなんでもこなせそうな気もするんだけど、だからといって、前衛がいらないという話にはならないのだ。


 そして冒険者同業組合で仲間を募ろうにも、E級の彼らではろくな人材を集められない。

 少なくとも、ゴブリンの巣に単身で乗り込んで一定時間は戦えるような強者は、絶対に加入してはくれないだろう。

 同格の仲間として。


 へんな性的嗜好を持っているかもってだけで反対できるほど、フレイチームの戦力は潤沢ではないのである。


「どうだい? ガル。俺たちの仲間になる気はあるか?」


 フレイの言葉に腕を組み、しばし黙考する武芸者。


「……それがしは武者修行の途中。何でも屋・・・・の真似事というのは、いささか旅の趣旨とは異なっているようだ」


 ゆっくりと口を開く。


 冒険者というのは、戦うのが仕事ではない。

 むしろそれ以外に従事することの方がずっと多い。

 薬草等の採取にしても、遺跡の探求にしても、いかに戦いを避けつつ行動するか、というのが大切なのだ。


 専門的に戦うとなると、傭兵とか用心棒とか、そっちの分野になるだろう。


「ええ!? ダメなの!?」


 辞退に傾きかけたとみたデイジーが、さっと武芸者の腕をとる。


「一緒にやろうよ!」


 きらっきら輝く瞳で訴えたりして。

 さすがのあざとさだ。

 じっと見つめられたガルが頷く。


「趣旨とは異なっていようが、女子供を守り助けるというのも、やはり修行のひとつだろう。同道どうどうさせてもらって良いか? フレイ」


 安心させるように、ぽんとデイジーの頭を撫で、宣言した。


 ちょろすぎである。


 あと、女子供って誰?

 十七歳のフレイとデイジーは、もう立派に大人だし、生物学上の女性であるミアは百六十歳。おそらく、この場にいる誰よりも年上だろう。


 そんなことを考えるフレイだったが、口には出さず、右手を差し出した。


「まあ、これからよろしく」

「心得た」


 ガルが握り返す。

 こうして、ソロぼっちだったフレイには、仲間が三人もできた。


 あきらかにキチガイサイコパスっぽいエルフの精霊使い。

 天然売女ビッチっぽい男の娘のマリューシャー信徒。

 ものすごく偏った性的嗜好どエムっぽい武芸者。


「あれ? まともなのって俺だけ?」


 内心の問いに、応えるものは誰もいない。


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