第7話 半裸戦士、あらわるる


 身を低くして駈けるフレイ。


 大地の拘束から逃れようともがくゴブリンの頭を、むんずと掴む。

 そしてそのまま身体を回転させた。


 ごくりと音が響き、小鬼の首がけっして曲がってはいけない方向に折れる。


「次!」


 まだ敵は三匹いる。

 獲物を求めて身を起こす。


 が、まったく意味のない行動だった。

 残りのゴブリンたちは、すでに消し炭と化していたから。


「えー? なにそれー?」


 みょーに平坦な声が出た。


 何者の仕業か、なんて考える必要もない。


 振り向けばやつがいるから。

 もうね。それはまぎれもなくやつの仕業だよ。


 フードを外し、こちらへとミアが近づいてくる。

 見惚れるくらいの美貌には、半月のように笑みが貼りついていた。


「うふふふ。肉の焼け焦げる匂いは、やっぱり最高ね」


 こえー。

 超こえぇぇ。


 殺した直後に、笑いながらそういうセリフを吐くなよ、というツッコミを、かろうじてフレイは飲み込んだ。

 だって怖いもん。


「急に飛び出さないでよ。フレイにまで当てちゃうところだったでしょ」

「あ、はい。すいません。気を付けます」


 ぺこぺこと謝ったりして。


 俺だって一匹やっつけたよ。

 なんて、言えるわけないじゃない。


 やっぱり魔法職は強い。

 距離さえ詰めてしまえば魔法職なんて恐れるに足りない、なんて言葉もあるが、あんなもん大嘘だって良く判る。


 そもそも距離を詰める前に殺されちゃうだろう。


 思い出してみれば、ミアはA級のガイツたちと行動をともにしていたのだ。


 あんな連中の相手がゴブリン程度、なんてことは絶対にない。

 もっとずっと強いモンスターと戦っていたはず。

 そして、自分に向かってきた分はきっちり倒していた、とか言ってたような気がする。


 うん。

 このひとにさからっちゃいけない。


 フレイは心のメモ帳にそっと書き記した。


「ミアすごいね! 一瞬で倒しちゃった!」


 ぱたぱたとデイジーが駆け寄ってくる。

 走り方すら可愛い。


「ゴブリンくらいだと、かえって手加減が難しいわ。森ごと吹き飛ばしても良いんだけど、一応わたしエルフだし。森を大切にしてるフリはしとかないと」


 一応いうな。

 フリいうな。


 つっこんだら負けな気がするので、フレイはなにも言わなかった。


「そーなんだー すごーい」


 なーんにも考えてませんよって顔でデイジーが拍手する。


 事実、なんにも考えてないだろう。

 女性が接客する、いかがわしい飲み屋みたいなもんだ。

 ほめておだてて。


「あ、そんなことより二人とも怪我ない?」

「わたしは平気よ」

「俺は滑り込んだときにちょっとりむいたけど問題ない。なめときゃ治る」


 フレイが左肘をみせる。

 じわりと血が滲んでいるが、本人の言うとおり軽傷だ。

 治療を必要とするようなものではない。


「だめだめ。悪いとか入ったら大変だよ。回復しちゃうね」


 ゴブリンとの戦いで負った傷である。

 あんな不潔な連中だから、どんな病気を持っているか知れたものではないのだ。


「悪いな」


 心配性な親友にフレイが微笑する。


「ん。豊饒の女神マリューシャーよ。の者の傷を癒し、再び立つ力をー」


 歌うような呪文。

 聖なる衣(?)がきらきらと輝く。

 くるくると踊るような振り付けのあと、デイジーの唇が、そっとフレイの傷に触れた。


 みるみるうちに癒されてゆく。

 身も心も。

 ぽわぁぁぁん、と。


「て、ちっがーうっ!!」


 思わず恍惚こうこうとしちゃったフレイが、デイジーの両肩を掴んでぐいっと引き剥がした。


 あっぶねー。

 いろいろ本気であっぶねー。


「んんっ! どうしたのさ。フレイ」

「この回復方法おかしくないかっ!? デイジー!」


「おかしくないよー? ホントは手をかざすだけでもできるんだけど、司祭さまもこうした方が良いっておっしゃってるしー」

「……話し合う必要があるな……」


 純朴な親友は、間違いなく悪の司祭に騙されている。

 街に戻ったら絶対にねじ込んでやろうと決意するフレイだった。


「あんたらなにやってんの? バカなの?」


 ミアが、やれやれと肩をすくめた。







 ふたたび追跡を開始した一行は、ほどなくして小鬼どもの住処を発見するに至る。

 ぽっかりと口を開けた洞窟だ。


 予想の範囲内である。

 ゴブリンが家などを建てるわけがないから、雨露あめつゆを凌ぐためには、こういう自然物を利用するしかない。


 ただ、予想外のこともあった。


 洞窟のまえで、男が戦っていたのだ。

 長身なフレイよりさらに背が高く、体つきも立派な戦士。

 長大な戦斧バトルアックスを振り回し、獅子奮迅ししふんじんである。


 とはいえ、戦況は良くない。

 ゴブリンは十匹以上と数も多く、しかも小兵こひょうばかり。

 数とスピードで押されれば、やはり苦しい。

 男が振り回す戦斧を巧みにかいくぐり、いくつも小さな傷を与える。


「ぐぅぅぅぅ! この程度でそれがしの正義の心は折れはせぬぅぅ!!」


 全身から血を流しながらも、男が絶叫している。


 周囲にはいくつものゴブリンの死骸しがい

 それでもゴブリンどもは逃げない。

 男が満身創痍まんしんそういだというのもあるが、ここが彼らの家だから、逃げるわけにはいかないのである。


 そもそも単身で、無策で、巣に突っ込むというのはどうかしている。


 多勢に無勢。

 衆寡敵しゅうかてきせず。

 どういっても良いが、数が多い方が有利なのは自明のことだ。


「別口の冒険者かしらね? どうする? フレイ」


 木陰に身を潜めたミアが問う。

 見捨てるか、助けるか、という趣旨の質問だ。


 このまま事態が推移すれば、男はゴブリンどもに惨殺されるだろう。

 寝ざめの良い話ではないがフレイたちには男を助ける理由がない。

 仲間でも友達でもないし、面識だってないのだから。


 加えて、ゴブリンどもが勝利を収めるまでに、なお何匹かは倒される。

 疲れだってたまる。

 戦闘終了後、すぐにフレイたちが攻めかかれば、勝算は極めて高いだろう。


 すなわち、見捨てるというのが最適解。


「助けるさ。決まってるだろ」


 しかしフレイはそんな答えなど選ばない。

 そういう人間だということを、ミアは知っている。

 もちろんデイジーも。


 だから二人は頷くことすらせず、すぐに実務的な話に入った。


「わたしの魔法で、ある程度は倒すわ。ただあんまり大きい・・・のだと、あの人も巻き込んじゃうから近接格闘ドッグファイトをしちゃってる連中はフレイがお願い」

「判った。ミアの魔法のあと、俺が突っ込んで男からゴブリンどもを引っぺがす。そしたら」

「ボクの出番だね。あの人を回復して、すぐに戦えるようにする」


 頷きあう三人。







 いずこからか飛来した火蜥蜴の槍サラマンダージャベリンが、次々とゴブリンどもを打ち倒してゆく。

 もちろんミアの精霊魔法である。


 ものすごい数だ。

 当たろうが外れようが関係ない。

 端っこから舐めるように。

 圧倒的な密度で降り注ぐ。


「うふふふ。逃げないと黒焦げよ。もちろん逃げても黒焦げだけど」


 秀麗な顔を嗜虐しぎゃくの愉悦に歪め、哀れな小鬼どもをなぶり殺しにしてゆくエルフ娘。

 一般的に、エルフは火の精霊とはあまり仲が良くないといわれているが、こいつにそんな常識は通用しないらしい。


 突然の攻撃に驚倒するゴブリンども。


 フレイは、敵が落ち着くのを待ってやったりはしなかった。

 混乱のもやを突いて駈け、男を囲んでいたゴブリンを蹴り飛ばす。

 しゅっと風を切る音が聞こえるほどの強烈な一撃。


 壊れた人形みたいに地面を転がってゆく小鬼。

 ぴくりとも動かない。


 そしてそのときには、フレイは別のゴブリンに掴みかかり、頸骨くびをへし折っている。


 視線が通った。


 男が見たものは、野獣のような動きで次々と小鬼をほふってゆく少年と、美しい舞を見せる美少女だった。


 なんで踊ってるの?


 という質問を発するより早く、美しい少女が投げキッスする。

 男の身体を包む奇跡の光。

 傷が塞がり、力がみなぎってくる。


「うおぉぉぉっ! 女神かっ! 女神が降臨なされたのか!」


 絶叫を放つ男。


 違う。

 マリューシャー信徒の少年である。


 もちろんそんなことを知るわけがない男は、勇気百倍、戦斧を握りしめ、ふたたび戦域に躍り込んだ。


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