第10話 GOGO! 遺跡探検


「あいつ絶対おかしいって」

「そうかなー? すごくいい人だよー?」


 武具の店への道すがら、フレイがデイジーに注意を喚起する。

 が、肝心の親友はのれんに腕押しであった。

 まったく、これっぽっちも危機感がない。


 男の自分が同性からエッチな目で見られるわけないじゃないか、くらいの勢いだ。


「それでも、だ。親切には裏があるくらいの気持ちでいろって」


 一般的な警句を口にするフレイ。

 なんの証拠もないので、あまり司祭を悪くいうこともできない。


 ガルがうんうんと頷いているが、こいつはどっちかっていうと司祭側のステージにいる気がする。


「フレイがそれを言うの?」

「誰でも、自分の後ろ姿は見えないもんよ」


 デイジーとミアがくすくす笑い合う。


 友達だからって理由だけで、そいつの家の経済的な危機を救おうとしたり、縁もゆかりもない子供を助けようとしたり、単身でゴブリンの巣に飛び込んだバカを見捨てないような男のセリフとは思えない。


「むう……」


 仏頂面をするフレイだった。


 ともあれ、デイジーは無償の親切というのをすでに経験している。

 だから自分もなるべく他人に親切にするし、他人の親切だって疑わない。

 じつに良い子なのである。

 そして、非常に罪作りである。


「そんなことよりさ。装備が揃ったらまた仕事するんだよね?」

「まあな。家賃を払って必要なモノを買ったら、なんぼも残らないし」


 話題を変えたデイジーに肩をすくめてみせる。

 せちがらい世の中なのだ。

 仕事をしなければ金は稼げない。


「四人になったからね! 良い仕事受けれたらいいね!」

「だな」


 苦笑。


 彼らは新米ぺーぺーのE級冒険者。

 それは事実ではあるが、チームとしての実力はもうちょっと上だろう。


 なにしろ魔法職がふたりもいるし、ガルだってかなり実力者である。

 登録したてで実績がないから最低ランクというだけだ。

 なにしろ、戦歴が一しかないもの。


「なんか、リーダーの俺がいちばん芸なしってのも切ないけどな」

「いいんじゃない? べつにフレイは弱いわけじゃないし」


 すげーおざなりにミアが慰めてくれた。







 傭兵ほどではないが、冒険者は装備に気を使う。

 やはり自分の身を守るためのものだからだ。


 仲間を信じるのはもちろん大切ではあるが、最後の部分では自分で自分を救わなくてはならない。


「フレイは無手だからな。手や足を保護するようなものが良かろう」


 武具の店では、ガルが色々とアドバイスをしてくれる。

 フレイより少し年長の武芸者は、やはり武器や戦い方にも詳しい。


「これが良いかも」


 そしてミアが指さすのは虎の爪バグナク。暗殺用の武器である。

 拳の中に握って使い、相手を突き刺したり引っ掻いたりしてダメージを与えるというやつだ。

 もちろん、毒を塗って用いるのにも向いている。


 じつにミアらしいチョイスだろう。


「悪くはないがミアよ。もうすこし手をフリーにできるものが良いだろうな。なにしろフレイの真骨頂しんこっちょうは、指先を使った仕事なのだから」


 腕を組んだまま笑うガル。


 罠を仕掛けたり、狩猟をしたり、野営の準備をしたり、足跡を追跡したり。

 野外活動の専門家レンジャーなのだ。

 手に固定するような装備では動きが阻害されてしまう。


「じゃあ、どんなのが良いのよ?」

「そうだな。戦闘ファイトスタイルを考えると」


 そういって武芸者が選んでくれたのは、ヒマンテスと脛当てグリーヴだった。


 前者は拳を保護するために巻き付ける武具で、動物の皮から作られている。

 後者はそのまま、脚甲きゃっこうだ。

 つまり、蹴ったり殴ったりの超近接格闘戦ドッグファイトを想定したチョイスである。


 試着したフレイが満足そうに頷く。

 ほとんど邪魔にならない。

 重さで動きが鈍ることもないだろう。


「いいな。これにしよう」


 見た目的には、両足だけに金属鎧をつけたちょっと変な格好になるが、大切なのは使い勝手である。


「似合ってるよ。フレイ」


 黒を基調にした平服で武器を持たず、拳から腕には皮を巻き付け、足には脚甲。

 長身で引き締まったフレイにはけっこう似合っている。

 蹴り技で戦う武闘家ミスティックみたいに。


「そうか?」

「かっちょいいよ!」


 親指を立ててみせるデイジーであった。


「邪悪さが足りないけどね」


 いまひとつ納得していない顔のミア。

 仲間に何を求めているのか、謎である。


「アンタたち冒険者かい?」


 きゃいきゃいと騒いでいると、店の女将さんが声を掛けてきた。

 見れば判るだろ、と、フレイは言わない。

 むしろ言えない。


 足だけ鎧の少年、きらきらの美少女、フードを目深にかぶった陰気そうな子供、傷だらけの上半身を晒した筋肉むきむきの大男。

 なんの団体だか、さっぱり判らないだろう。


「ああ。駆け出しぺーぺーだけどな」


 自嘲を込めて肩をすくめてみせるフレイ。


「良い仕事があるんだけど、ひとくちのらないかい?」

「ふむ?」


 視線で先を促す。

 冒険者同業組合を通さない依頼。

 こういうのは、じつは珍しくない。

 個人雇い、あるいは個人受けと呼ばれる仕事だ。


 依頼主と受け主、双方にとってちょっと旨みがある。仲介手数料マージンが発生しないという。

 ただし、成功失敗についてなんの保証もない。お互いに。


 組合を通した依頼であれば、仕事中になにか・・・あっても救出部隊を出してもらえる。

 そのために冒険者たちは組合に協賛金を納めているのだから。


 客側にしてみれば、金だけを持ち逃げされる、という危険がない。

 もしそんな不埒なことを冒険者がした場合は、必ず制裁部隊か送りこまれるから。


 しかし、個人雇いの場合には、そういう保証がない。

 冒険者に金を持ち逃げされたらそれっきりだし、逆に報酬の不払いなどがあっても、組合は何もしてくれないのである。


 だから相当な信頼関係がなければ、個人雇いというのはされないのが通例だ。


 あるいは完全に成功報酬タイプの仕事か。

 具体的にいうと、冒険の途中で○○を手に入れたら高く買ってあげるよ、といった類のものである。


「シスコームの遺跡にさ、魔晶石の鉱床こうしょうがあるのを知ってるかい?」


 もし潜る機会があれば、原石を拾ってきて欲しい。

 買い取り価格に色を付けてあげよう。


 女将さんが説明してくれる。

 どうやら、これも成功報酬タイプの仕事のようだ。


 おそらくは店を訪れた冒険者すべてに声を掛けているんだろうな、と、フレイは推測した。

 店が損をする話ではないから。


 もともと魔晶石クリスタルの需要は高い。

 ほとんどのマジックアイテムに使われているし、フレイが持っている冒険者証クリスタルだって魔晶石クリスタルで作られている。

 呼称がみんな一緒なので混乱しそうだ。


「ついでのときでかまわないからさ」


 で、需要が高いものだから、どこの店だって確保は重要な仕事である。

 もちろん組合でもやっているから、冒険者としてはそちらに売ったってぜんぜんかまわない。

 ただ、店が組合から買おうとすると、やっぱりマージンが発生してしまうのだ。

 これがけっこう高い。


 冒険者から直接に買い付けた方が、ずっと安くつくのである。

 組合の買い取り価格に一割くらい色を付けても、充分に元が取れるくらいに。


 とはいえ、あんまり大々的にやりすぎると、組合との関係が悪くなってしまうため、加減が必要になるが。

 組合、冒険者、店。持ちつ持たれつ。

 自分だけが儲けようとすると、角が立っちゃうのだ。


遺跡ダンジョン! 冒険者らしい! やろうよフレイ!」


 盛り上がってるデイジーさん。

 ついでで良いって言われてるのに。


「ふぅむ。潜ってみるかあ」


 しかしフレイは頷いた。

 親友の意見にはけっして逆らわない、というわけではない。


 E級チームの彼らでは、受けられる仕事もおのずと決まってしまうのだ。

 まだまだ実績がないから。

 先日のゴブリン退治みたいな、緊急性が高いため等級を問わない、なんて依頼がほいほい転がっているわけではないのである。


 であれば、こういう仕事で地道に稼ぐというのも選択肢のひとつだ。


「デイジーが行ってみたいなら、それがしに否やはない」

「ダンジョンの魔物。どんないい声で鳴くのかしらね。うふふふふ」


 ガルやミアもやる気みたいだし。


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