第11話 シスコームの遺跡


 シスコームの遺跡は、ザブールから南へ四日ほどの場所にある。

 街道は整備されているし途中には宿場町もあるので、移動はけっこうラクだ。


「魔晶石を採りにくる冒険者がいて、それを目当てにした店ができて、だんだん大きくなっていったんでしょうね。人間はたくましいわ」


 柔らかな光が降り注ぐ街道を歩きながら、ローブをまといフードを目深にかぶった陰気そうな子供が論評する。


 まるで自分は人間ではないような口ぶりだが、実際こいつは人間ではない。

 エルフである。

 しかも女性だ。


 姿形を隠すため、フードをかぶっているのである。

 女であると宣伝して得することなどほとんどないから。


 もちろん女性の冒険者や傭兵のなかには、かなり大胆にセックスアピールをするものもいる。

 これには理由があって、敵対者を油断させるためだ。


 女だと侮れば隙ができる。相手の目的を、殺そうから犯そうにシフトさせることができれば、攻撃だって甘くなる。

 そういう次元の話である。


 ただ、ミアはそういうタイプではない。

 どうせ侮るなら、子供だと侮ってもらった方が都合が良い。


 こんな子供に惨殺されるのだと悟った相手の、あの恐怖と屈辱に歪んだ顔は、一口ではいえないほどのたまらなさがある。


「なんで人間は逞しいって話から、ミアの異常な趣味の話に発展するのか問いつめたい。とても問いつめたい」


 呆れたように言うフレイ。

 一応はチームリーダーだが、まったく尊重されていない。

 と、自分では思っている。


「足は痛くないか? デイジー。きつくなったら言うのだぞ」

「大丈夫だよー なんでガルはボクを子供扱いするんだよー」


 しきりに世話を焼く武芸者と、ぷんぷんと憤慨するマリューシャー教の信徒。

 親子みたいである。

 そこまで歳は離れていない。十くらいだ。


 なんでそんなに過保護なのか。

 フレイは理由を知っている。

 息子のように思って可愛がっているわけではない、と。


「明日には到着だな」


 リーダーの言葉。

 ごく普通に街道を歩いているだけなので隊列は組んでいない。


 遺跡に入ったら、フレイとガルが前衛に立ち、前者の後ろにはミアが、後者の後ろにはデイジーが位置する予定だ。

 前衛ふたり後衛ふたりのポジショニング。

 まず安定したものだろう。


「最後は野営になるんだっけ?」

「状況によるけどな。まさかダンジョンの真ん前に旅篭はたごとかは建ってないだろうし」


 ミアの質問に応えるフレイ。

 もし日の高い内に到着したなら、軽く休憩してそのまま突入だ。

 わざわざ野営する必要はあんまりない。


 野宿というのは、体力も気力も消耗するだけ。

 そもそも前衛のガルとフレイは交代で見張りをするため、そんなに休めない。


 だからこそ、最後の宿場では充分に休息を取り、出発時間に配慮する必要がある。

 で、そのあたりを見定めるのがリーダーたるフレイの仕事。


 そしてゴブリン退治のときもそうだったが、フレイはその采配さいはいが非常に巧みだ。

 さすがは野外活動の専門家レンジャーというべきだろう。


 自分では尊重されてないと思っているフレイだが、ほかの三人はしっかり評価している。

 ペース配分やら行動計画やら、地味で重要な部分をきっちりこなせるリーダーというのは、非常にありがたいのである。







 崩れかけた神殿。

 というのが、シスコーム遺跡の外観的な特徴だ。

 地上三層。地下二十四層というかなりの規模で、太古の昔に滅び去った魔法文明の遺物らしい。


「それじゃ、行きますか」


 パンくずのついたローブをはらい、ミアが言った。

 日はまだ高い。

 休憩を終え、アタックを開始するには良いタイミングである。


光の精霊ウィル・オ・ウィスプ現出げんしゅつしなさい」


 広げたエルフ娘の手から、なにかがふわりと舞い上がる。

 いまは周囲が明るいので目立たないが、遺跡内に入ったら松明たいまつの代わりになってくれるらしい。


 ありがたい魔法である。

 この一事だけでも、チームに魔法職がいる有利さが良く判る。


 前衛が松明やランタンを持つ必要がなくなるのだ。

 つまりガルは両手持ちの武器を使うこともできるし、フレイは罠の解除に両手を使うことができる。

 これがけっこう大きい。


 遺跡に足を踏み入れる一行。


「広い廊下。ホントに神殿だったのかもね」


 両手で錫杖マジカルステッキを持ったデイジーが、ほえほえと感心する。

 空間を贅沢に使った構造は、たしかに神殿や王宮みたいである。


 ガルとフレイが並んで戦うのに充分なほどの広さがある廊下に、高い天井。

 ゆっくりと進んでゆく。


「地下だよな。普通に考えて」

「で、あろうな」


 前衛二人の会話だ。

 途中の宿場で情報は拾ったものの、そんなものをフレイは鵜呑うのみにしたりしない。


 魔晶石のある場所とか、嘘だから。

 内部の地図とか、でたらめだから。


 当たり前である。

 ほかのチームなど、本質的に敵なのだ。


 みんなで幸せになろうよって考えの人間は、そもそも冒険者なんぞにならない。

 利益を独占しようとする。

 自分たち以外がハズレを引き、なんの成果もなく撤退すればいいと思っている。


 高尚でもなんでもないが、魔晶石だろうと古代の宝物だろうと、無限に湧き出すわけではない。

 誰だって独り占めしたいに決まっている。


 だから、ほかのチームが失敗を促すために、さまざまな情報を流すのである。

 さすがに、死ねとまでは思っていないだろうが。


 広い廊下を進む。


 曲がり角や分岐のたびに、フレイが壁に傷を付けながら。

 目印である。

 彼にだけ判るような模様には、もちろん意味があるらしい。


「これのおかげで、フレイは森の中とかでも迷わないんだ」

「なんて書いてるのかしら?」


 後衛ふたりが興味津々に覗き込んでいる。


 壁の、たぶん誰も注目しないような場所、

 人間でいうと膝から腰くらいの高さだろうか、そこに刻まれた傷。

 文字のような記号のような、わけのわからない形だ。


「たいしたことじゃないさ。入口から数えて三つ目の分岐だって書いただけだ」


 塗料とかを使わないのは消えたら困るからだし、目立たない位置を傷つけるのは他の冒険者に悪戯いたずらされないようにするため。

 なるべく自然についた傷を装う。

 ダンジョンの中には味方などいないから。

 油断なく周囲の気配を探りながら応えるフレイ。


 こういう場所には、多くの場合モンスターが住み着いているからだ。

 それどころかモンスターだけでなく、盗賊団が根城にしているケースも少なくない。

 自分のチーム以外はすべて敵。


 他のチームとばったり顔を合わせて、にこやかに挨拶。なんてことにはならないのである。

 やあ、なんて声を掛けた瞬間に刺されてしまうのがオチだろう。


 協力しあってなにかをする、という関係ではないのだ。


 そもそも以前からの知己、ということでもない限り、冒険者か無法者かなんて、とっさには判らない。

 手首にバックルはめてるかなー どーかなー なんてやってる間に、ばっさりやられちゃう。


「と、いるな」


 仲間たちを振り返り、注意を促す。


 まだ遠いが、なにかの気配を感じた。

 先行して慎重に歩を進めるフレイ。

 足音を殺し、曲がり角では手鏡を使い。


 するすると進み、同じようにするすると戻ってくる。


犬頭小鬼コボルド。六匹」


 ものすごく簡単な報告に、三人が頷く。

 どこかに巣があって哨戒しょうかい活動をしているのか、それともうろうろしているのワンダリングか現状では確認のしようがない。

 判っているのは、このまま進めば戦いになるということだけだ。


「どうするの? フレイ」

「やっちまうべ」


 親友の問いかけに応える。

 いちいち道を変えていたら、いつまで経っても目的地にはたどり着かないのだ。

 コボルドごときにびびっていたら、とてもやっていられない。

 いることが判っているのだから、不意打ちされる心配もないし。


「弱敵だからと油断はするまいぞ」


 警句めいた言葉は放ち、ガルが戦斧のグリップを確認した。


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