最終章 歴史に名を刻む英雄とか、そういうやつ?

第89話 gdgd会談


 ぱりん、と軽い音を立てて魔王の仮面が砕け散る。

 敵の魔法攻撃の何割かを引き受けてくれるという強力なマジックアイテムだったらしいが、三種の魔法の同時攻撃には、さすがに耐えきれなかったらしい。


「のぉぉぉ! 闇の器がぁぁ」


 嘆きの魔王。

 だいたい自業自得なので、誰も同情しなかった。


「さて。なにか言い残すことはあるかの? アクアパツァーや」


 腰のフランベルジュに手をかけ、一歩また一歩とカルパチョが玉座へと近づいてゆく。


「いいいいやだなぁ叔母上。かかか軽い冗談じゃないか。魔王ジョークってやつ? お父さんお父さん魔王がくる的な?」


 慌てたように手を振るのは、ミアに勝るとも劣らない美少女だった。

 なんと魔王は女の子だったらしい。


 まあ、先代の魔王も女だったし、実力がすべての魔界においては、女性がトップに立つことはべつに珍しくないが。


「ふむ。それが遺言じゃな。たしかに受け取った」

「いやいやいや。ごめんって! あやまるから許してって! 皆の者も半笑いで見てないで助けよ! そなたたちの王の大ピンチであるぞ!」


 他の四天王や謁見の間に居合わせた重臣たちに救いを求める魔王ちゃん。

 ある者は口元を隠しながら視線をそらし、またある者は聞こえないフリをする。

 まさに忠臣であった。


「姉さんの男を寝取ろうとか、相変わらず命知らずね」と、ペスカトレ。

「それをきみが言うのかい? さっき大ゲンカしてたくせに」と、エスカロプ。

「カルパチョと陛下はいつも仲がよろしいですね。善哉善哉」と、カルボナラ。


 他の四天王たちの反応である。

 あやうしアクアパツァー。

 彼女の命は風前の灯火だ。







 事態を収拾したのは、いつものようにフレイだった。


「まあまあカルパチョ。魔王も冗談だったんだろうから」


 と。

 うまいこと取りなしちゃう。

 慣れたもんである。


 子供たちに読み書きを教える養育施設寺子屋の先生みたいな手際の良さだ。


「ご゛わ゛か゛っ゛た゛よ゛う゛ぅぅぅ~~フレイ~~」


 すがりついてくる魔王ちゃんを、げしげしと蹴飛ばしてミアが追い払う。

 すでに威厳ゼロだ。

 こいつホントに魔王か?


「野を越え山を越えてやってきた客人を、いきなりベッドに誘うのがこの国の礼儀か」

「すまんのうミア。儂の育て方が悪かったばかりに」


 なぜか謝罪するカルパチョである。


「だってだってえ。遊びに来たのかとおもったんだもん」

「遊びにくるのに四天王の協力なんか求めないだろ。常識で考えろクソ魔王」


 け、っとミアが吐き捨てた。

 びっくりである。

 なにがびっくりって、キチガイエルフに常識を語らせちゃったよ。


「まあまあミア」


 恋人の肩を叩いてなだめるフレイ。

 魔王アクアパツァーは頭おかしいけど、そりゃもういろいろおかしいけど、それを指摘していては話が先に進まない。


 あと、なんか固まっているデイジーも再起動させないといけないし。


「デイジー。しっかりしろ」


「う、うん。ボクとフレイで一人の女の子を犯すなんて、やっちゃいけないことだよね。うん」

「お前はなにを言ってるんだ」

「なんでもないよ! アリかな、なんて思ってないよ! マリューシャーに誓って!」


 やっすい誓いである。

 思ってたんだね。

 興味津々だったんだね。


 マリューシャーの教えは男女の営みは否定していないけど、さすがに複数プレイまでただれたことは是としていない。

 司祭デイジーは猛省すべきだろう。


 それにまあ、たぶん魔王はデイジーのことを男だとは思ってなかったと思うよ?

 男女男ではなく、女男女ってのを想定していたんじゃないかな。

 どうでもいいけど。


 デイジーが神への祈りを始めてしまったので放置して、フレイはアクアパツァーに向き直った。

 黒い髪と紫の目という取り合わせが、なんともミステリアスである。


「俺たちは遊びにきたわけじゃない。和平の道を探りにきたんだ」

「和平? べつに戦争などはしていないと思うが?」


 首をかしげる魔王。

 ここ五十年くらい、大規模な戦は起きていない。


 小競り合いなら数え切れないほどあったけど、人間の軍勢も魔王軍も本格的な侵攻を行っていないのだ。

 不倶戴天の敵! とかいったってこんなもんである。


 戦争ってのはゲームじゃないから、のべつ幕なしにできるものじゃない。兵を育て、補給を整え、世論を調整し、後方の安全を確保してはじめて侵攻できるのだ。


 しかも戦ったらせっかく育てた兵が死ぬ。

 勝っても負けても人的資源を浪費してしまう。

 ぶっちゃけ、益より労の方が多い。


 大陸を統一するとか、そういう壮大な野心でもない限り、わーざわざ他国に攻め入る必要なんかないのである。

 じゃあなんで小競り合いが起きるのかって話だが、これはもう自然の摂理に近い。


 隣り合う主権国家と主権国家の間に、完全な平穏なんてあり得ない。

 国土なんかべつにいらないけど、権益はちょっとでも奪いたいから。


 口実なんてなんでも良くて、向こうの猟師がこっちの森で獲物を狩っていたとか、こっちの漁師が向こうの漁場に網を入れてたとか、そんなもので充分だ。


 で、帝国も王国も、動員限界をはるかに下回る千名以下の兵力を押し出して戦い、本格的な戦争に発展しないうちに和平を成立させて兵を引く。

 勝った方がちょっとした賠償と権益を奪うって感じで。


 こんなことを繰り返しきてたわけだ。

 モンブラン王なんか、政敵の抹殺に小競り合いを利用したことがあるくらいである。

 ようするに計算できる戦争ってやつだ。


「その状況に飽きてきたから、儂は大会戦を考えたのじゃ」


 カルパチョが口を挟み、パンナコッタが頷いた。

 けど、侵攻どころか、カルパチョはフレイと恋に落ち、パンナコッタは神と出会ってしまったため、計画は頓挫することになる。


「あらためて平和条約を結びたいってことかな? フレイ」

「そうだ。けど俺はアルダンテ王国の代表ってわけじゃない。勝手な判断なんだ」


 言い置いてフレイが説明した。

 国王モンブランに下された勅命は魔王討伐であること。しかしそれは望むところではないため平和協定を結びたいということ。そしてその事実を使って国王を圧するという計画。


 隠す必要もないので、彼の目論見をすべて明かす。


「呆れたな。単独でそこまで話をもっていくか。いっそ叔母上と駆け落ちでもした方が、はるかに話は簡単だろうに」


 アクアパツァーの苦笑だ。

 もっともな感想だったので、フレイは肩をすくめたのみである。


 正直なところ、モンブラン王はここまでの事態を想定していないだろう。

 そもそも、フレイとやらいう冒険者が魔王の国へと赴いたとすら思っていないかもしれない。


 どだい無理な勅命である。

 ようするにあれって遠回しな追放宣言だ。

 副音声で語られた本音は、おめー目障りだから出て行け、である。


 ただ、罪を犯したわけでもない一庶民を追放するわけにはいかないから、魔王を討伐してこいやって無茶な命令を出した。

 恋人とでも手を取り合って、アルダンテ王国から出ていってくれるのを期待してね。


「それをすると内乱になるじゃろうがな。王には見えておらず、フレイには見えていた。それだけのことじゃよ」


 笑いながら恋人を称揚する魔将軍であった。

 フレイが国を捨てるってことは、当然のようにデイジーもついて行くってこと。


 そうなったらデイジー教徒はどうする?

 数万人規模の屈強なヤローどもだよ?

 デイジーを追放した(と、主観的に彼らが思う)国王を許しておくと思う?


「まあ、数こそは少ないがフレイに恩義を感じているものたちもおるしの。アンキモかスフレあたりでも旗印にして、王都に攻め上ること火を見るより明らかじゃ」


 おそろしいのう、と付け加える。


「いや、しかし叔母上、フレイの恋人というのは叔母上とそこのエルフ娘ではないのか?」


 魔王が首をかしげた。

 デイジーを崇めているのはパンナコッタだったはず。


「フレイとデイジーの間には、儂やミアですら及びもつかぬ絆があるでのう」

「不本意ながらね」


 カルパチョの言葉に、やれやれとミアが両手を広げる。

 あの絆があるから、デイジー教の狂信者どもはフレイを闇討ちとかにできないのだ。

 デイジーが悲しむからね。


「なんと……美女が三人ともフレイの恋人であったのか」


 魔王様びっくりです。

 絶倫ですね。


「ちが……」

「そんなわけあるかーっ! ボクは男だーっ!!」


 否定しかかるフレイを圧して、デイジーが騒ぎ出した。

 むっきーって。


「あったまきたーっ! 証拠みせてやるーっ!!」


 そのまま手を服にかけて脱ぎだしたりして。

 謁見の間でストリップ。

 さすがにそれはまずい。


「で、デイジー、もちつくのだ」

「こんなところで脱いじゃだめだ。二人きりのときに、ね?」


 慌ててガルとパンナコッタが止めに入った。

 大騒ぎである。


「男……? 誰が……?」


 大騒ぎすぎて、魔王アクアパツァーの呆然とした質問には誰も答えてくれないのであった。


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