第90話 帝都観光にでかけよう


 ふうと息を吐く当代の魔王陛下。


「世界には、予の知らないことがまだまだ存在するのだな」


 遠くを見つめて。

 魔王の目から見ても、デイジーというのは想定の外側にいる存在らしい。


「むしろそちが世界のなにを知っておるというのじゃ。自惚れるでないわ。青二才が」


 ぺいっとカルパチョが切り捨てちゃった。

 さすが四天王筆頭。

 魔王様たじたじですよ。


「まったく。ボクが女に見えるなんて、魔王の眼力もたいしたことないね!」


 そしてデイジーはぷんぷんですよ。


「せやな」


 すっげーおざなりにミアが同意した。


 いまさらだもの。

 自分はちょー男らしいと思ってるのなんて、世界中で本人だけだもの。


 眼力がどうこうって問題じゃないんですわ。


「ともあれ、重大事ゆえ今ここで断を下すということはできぬ」


 軽く頭を振り、アクアパツァーが言った。

 デイジーの性別問題じゃなくて、平和条約の話ね。


 帝国の方針を大きく変える決断になるから、さすがにちょっと話してOKってわけにはいかない。


「しばらく時間をもらっても良いか? フレイ」

「当然だよ」


 軽く頷く。

 なんだかものすごく親しくなっちゃった。

 まあ、カルパチョと結婚したら義理の姪ってことになるしね。


 ものすげー年上だけど、人間でいえばまだ十代ってところらしいから、シンパシィも高い。


「四天王は別室に集まってくれ。あと、大臣たちもな。フレイたちには行動の自由を与えるゆえ、ゆるりと帝都観光でも楽しんで欲しい」


 テキパキと指示を下すあたり、若くともやはり上に立つ者である。

 魔王と四天王、それに主立った家臣たちが去り、謁見の間にはフレイたちが残された。

 そこに、なにやらかしこまった服装の魔族が近づいてくる。


「お世話を申しつかりました、侍従のセバスチャンと申します」


 などと名乗りながら。


「……だんいなゃじえまなののもべた……」


 不思議そうな顔をしながら、なにやらエルフ語で呟くミアであった。

 しかたないね。

 いかにも侍従って感じだし。


「お客様のお部屋は、王宮内に用意いたしました」

「まじかー」


 うわぁ、という顔をフレイがする。

 こんな立派な城に宿泊とか、寝られるわけねーじゃん。

 野宿の方がマシなくらいだ。


「と、皆さんがおっしゃるだろうというカルパチョ様の命にて、帝都内のホテルを用意してございます」


 心得ておりますとばかりに、にやりと笑って見せるセバスチャンだった。






「ゆーて、いつもの中堅どころの宿じゃないってくらいは、さすがに予想してたさ」


 ホテルに案内され、フレイが苦笑した。


 超高級ホテルですね。

 宿、なんていったら、ぶん殴られそうなレベルの。


「しかも全員が、バカみたいに広い個室ね」


 ふんと鼻を鳴らすのはミアである。

 貴族に対しての配慮ならともかく、冒険者には過ぎた部屋だし、正直なところありがた迷惑だ。


 フレイと同室じゃないから怒ってるわけじゃないよ。


 ここは闇の眷属ダークサイドの都だ。

 敵地なのである。

 もし襲撃があった場合、逃げるにせよ戦うにせよ、全員が違う部屋にいるってのは、合流ってプロセスが必要になる。


 ようするに分断されてるのと一緒。

 これで気分は上々って人は、たぶん冒険者には向いてない。

 危険とは無縁な勤め人にでもなった方が良いだろう。


 とんとん、と、フレイの背を二回つついておく。

 くすりと笑い、その頭を撫でる恋人。


 いちゃついてるように見えるが、注意喚起と了解のサインだ。

 フレイが危険に気づいていないとは思えないが、あくまでも念のために。


「最も上等な部屋を用意させました。従業員に申しつけていただければ、届けさせますので、なんでもご用命ください」

「なんでも?」

「はい。酒でも、女でも」

「高級コールガールとか興味あるかも。お会計って魔王持ちなんだよね」


 きしし、とデイジーが笑う。

 こんなんでもマリューシャー教の司祭である。

 すげー生臭坊主だ。


「あいかわらず邪教よねえ」

「いえいえミアさん。自然の摂理を否定しないだけですって」

「他人の金で娼婦を買うのが自然の摂理か」


 胡散臭い笑顔で教理を語るデイジーに、もっのすごい理にかなったツッコミを入れるミアであった。


「ともあれ、お買い物の際にはこちらをお使いください」


 笑いながらセバスチャンが差し出したのは、帳面のようなものであった。

 表紙には魔王の紋章が刻印されている。


「これは?」

「買い物帳です。買い物した内容と金額を店が書き留めます。後ほどこれを持って王宮関係者が店に金を払いに行くというシステムですな」

「ほうほう」


 掛売みたいなものだろうか。

 なかなか面白いやり方だ。


 客人に現金を使わせずに済むし、領収書で精算するという生臭さもない。

 店としても王宮の客だとすぐに判るから、気づかずに無礼なことをしちゃった、とかいうトラブルを避けられる。


「くくく……なにを買ってもいいのね……」


 ミアさん、かなり悪いことを考えてますよ。


「個人で使う武器とかは自分の財布で買えよ。ミア。なんでも王宮にツケってのは、みっともないからな」


 そしてすぐにフレイにたしなめられるわけだ。


「ちなみに、買い物帳をお出しするお客様は、魔王陛下の個人的なご友人ということになります」


 にこにこセバスチャン。

 友誼を裏切ったりしないよね、と、顔に書いてある。


 そんなことしたらどうなるかわからないぞー、と。

 けっこう怖い。


「たっけー酒場に行って美女はべらせて酒飲もうかと思ってたんだけどな。残念無念だぜ」


 冗談なんだか本気なんだか判らないことをいって、ひらひらとヴェルシュが出て行く。

 いつも通りの単独行動だ。


 仲間たちは苦笑で見送るのみである。

 どうせ目的は美女に声をかけることだ。ただ、女性を連れて宿に戻ってきたことはないので、ガールハントが成功しているかどうかは誰も知らない。


「この街ってマリューシャー教会あるのかな? あったら挨拶に行かないと」

「さて、どうでしょうか」


 デイジーの質問にセバスチャンが首をかしげた。

 魔族たちが信仰は、おもに混沌の神アイルに捧げられているらしい。


 マリューシャー女神を奉っている教会がアーイ・スバインにあるかどうかは、彼も知らないという。


「じゃあ、ぶらぶらと散歩がてら探してみようかな」

「某も同道しよう。道に迷っては大変だしな」


「また子供扱い! ガルだってこの街は初めてじゃないかー」

「一人で迷子になるよりは心細くないであろう?」


「それはたしかに!」


 きゃいきゃいと騒ぎながら、マリューシャー教徒たちが去って行った。

 ガルはもともと戦神を信仰していたのだが、改宗したのである。

 理由を記す必要があるだろうか?


「じゃ、俺たちも行こうか。ミア」

「なんで一緒に行くことが決まってんのよ」

「行かないのっ?」

「恋人だからって、いつでもツーマンセルとは限らないのよ? 行くんだけどさ」


 びっくりするフレイに、ミアが笑ってみせる。

 きみの付属物じゃないんだよ、と。


 たしかにそれはその通りで、フレイとしては一本取られた格好だ。

 一緒に行かないか、と訊くならまだしも、当然のように連れ歩こうとするのは、いささか増長というものだろう。

 ミアにはミアの考えがあるというのに。


「すまなかった。調子に乗ってたみたいだ」

「判ってくれれば問題ないわ。じゃあ改めて、フレイ、一緒に街を見て歩かない?」


 笑顔とともに、ミアが右手を差し出す。


「喜んで。お嬢様」


 照れ笑いを浮かべながら、フレイがそれを取った。

 寄り添ってホテルを出て行く二人。

 セバスチャンが一礼で見送る。


 そして、完全に姿が見えなくなってから、「けっ、いちゃこらしやがって」と吐き捨てた。


 優秀な侍従である彼は、けっして客人の前では本音を語らないのである。

 もげちまえ、なんて、絶対に口に出したりしないのだ。


 


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