第88話 やっぱり魔王も頭おかしかったとか、そういうやつ?


 パンナコッタが言ったように、一暴れしてペスカトレもすっきりしたようだ。

 もともと姉を憎んでいるというわけではないので、言いたいことをぶつけてしまえば、ある程度は満足するのだ。


「フレイはやらんぞ」

「いらないわよ。人間の男なんか」


 みんなで応接間に戻り、あらためて話を進める。

 いらないのに奪いあわれるフレイの立場が大変に微妙だが、立場なんて最初からないと思っているフレイはべつに気にしなかった。


 ともあれ、ペスカトレはフレイたちに協力して、魔王アクアパツァーを説得してくれることになったのである。


「あとはカルボナラじゃが、あやつはどうするかの」

「四天王のうちすでに三人が協力が決まっているんだ。異を唱えても無駄だってことは、あいつでも判るんじゃないかな」

「ならば放置しておいてかまわぬか」


 頷き合うカルパチョとエスカロプ。


「そういう態度がダメだって何回いわせんのよ!」


 すぱんすぱんと、ペスカトレが姉と同僚の頭をしばいた。


 先に話を通せと言っているのである。

 結果だけ知らされたら、カルボナラだって面白くないってことが、なんでこいつらには判らないのか。


 しょせんは長男長女か。

 ほぼ決定事項だとか、実力的に反対するのは難しいとか、そういう理屈の問題じゃない、ということがわかんないんだもんなぁ。


「アーイ・スバインに行く前にカルボナラの屋敷に寄るの! で、これこれこういうことでアクアパツァーに進言するよって、先に説明するの! OK?」

「う、うむ……」

「わ、判ったよ……」


 剣幕に気圧されちゃう猛将&宰相であった。





 ちなみにカルボナラのいおりは、ペスカトレの屋敷から一町ほど歩いた場所にあった。

 普通にご近所さんである。


 庭は広く閑雅であったが、建物の規模はペスカトレ邸の百分の一くらいしかない。

 帝国一の知恵者と称えられる軍師カルボナラという男は、個人的な富貴にまったくといって良いほど興味がなく、季節の移ろいを感じる風雅な庵で悠然と過ごすことを好むのだという。

 まさに風流人だ。


 で、その風流人の説得は、あっという間に終わった。

 ペスカトレが事情を説明すると、とくに異論を挟むことなく頷いてくれたのである。


「大変に扱いが雑いですね。ゴネた方が出番が増えるというのはまことに遺憾です」


 苦笑する軍師であった。

 あまり男性を感じさせない中性的な容貌と優しげな瞳。

 側頭部から生えた角がなければ、人間と見分けがつかないくらいの自然体だ。


「そちはなにをいっておるのじゃ」

「ただのタワゴトですよ。カルパチョ。ペスカトレの屋敷の方から騒ぎが聞こえましたのでね。だいたいの事情が読めました」


「早すぎぬかのう」

「クロマからの報告もありましたしね」


 メバチ海賊団と名乗ってモンペンの海を荒らし回っていた魔族だ。

 フレイたちに敗れ、帝国に逃げ帰ったはずだが、ちゃんと報告はしていたらしい。

 ホウ・レン・ソウは大事だからね。


「いくつかの情報と、節度ある想像力があれば、その場にいなくとも状況を見ることは難しくありません」


 くすくすと笑いながら立ち上がり、一同を誘う。


「では、アーイ・スバインへと参りましょうか」


 と。







 四天王のすべてが協力を約束してくれたことにより、交渉の難易度は大幅に下がった。

 はずである。


 カルパチョとペスカトレは先代の魔王に仕えていた重臣で、もう、臣下ってより盟友って立ち位置だから、アクアパツァーといえども粗略には扱えないらしい。

 エスカロプは内政方面で、カルボナラは軍政方面で、それぞれ魔王の片腕とも言えるくらいに信任が厚い。


 この四人が口を揃えて推す通商条約案なのだから、一蹴なんかできないのである。


「仮にそうでなくとも、予はそなたたちに会ってみたいとずっと思っていた。フレイ、デイジー。ようやく願いが叶ったというわけだな」


 玉座から楽しげな声がかかる。

 仮面で顔を隠し、豪奢なマントをまとった当代の魔王、アクアパツァーだ。


「御意」


 深紅の絨毯の上に片膝をついたまま、フレイは頭を垂れる。

 デイジーは沈黙を守っていた。

 まだ発言の許可が下りていないから。


「よいよい。堅苦しいのはナシにしようではないか。そなたらは四天王を味方につけ、しかもカルパチョとは恋仲。予にとっては義理の叔父といっても大過あるまいよ」


 かしこまった態度の人間たちに、魔王がからからと笑う。


 少しだけフレイが首をかしげた。

 義理の叔父という言葉に。


 カルパチョが先代の魔王の盟友だったのは知っているが、じつは姉妹だったのだろうか。


「ガスパチョと儂らは義姉妹の契りを結んでおったのじゃよ。フレイや。我ら三人生まれしときは違えども、同年同月同日に死せんことを願わん、というやつじゃ。叶わなかったがの」


 ほろ苦い表情で魔将軍が説明してくれる。

 アクアパツァーから見て、ガスパチョの義妹であるカルパチョは血のつながりのない叔母ということになるのだと。


 つまり、カルパチョと結婚したら、フレイは魔王の叔父である。


「おうふ……」


 びっくりですよ。

 これ以上、属性を増やさないでください。


「まあそんなわけで、将来的に義理の叔父となる方を跪かせておくというのも据わりの悪い話で、尻がむずむずしてしまうからな。立ってくれ。ざっくばらんフランクに行こうじゃないか」


 起立を促しながら、魔王自身も玉座から降りる。

 すっごいフレンドリーに、愉快な仲間たちに握手を求めながら。


「あなたが古代竜ヴェルシュどのか。まさか神魔戦争の生き残りに会えるとは思わなかった」


 とか。


「そなたがガルか。堅物のパンナコッタがまさか人間とケンカ友達になるとは思わなかった。良い筋肉だな」


 とか。


 もう、ひとりひとりに声をかけて回るんだよ。

 フレンドリー魔王って感じだ。


 交渉なんて成功したも同然って雰囲気です。

 ほっと息を吐くフレイだった。


 四天王の協力があるとはいえ、最終的に決めるのは魔王自身だからね。

 すっごい偏屈な人だったらどうしようって思ってはいたのである。


「紅の猛将とエルフの娘、同時に付き合っているときいたぞ。フレイ」

「まあ、流れでそういうことになってしまいました」


 改めて言われると苦笑しか出ない状況だ。


 どちらかを選ぶというのは許されないのである。政治的に。

 彼自身の思いとしてはまずミアを想っているため、彼女との別離はあり得ない。それを強要されたら、二人で国を捨てて出て行っちゃうだけだ。


 なのでアンキモ侯爵もミアと別れろとは口にしない。

 カルパチョとも付き合え、と、お願い・・・するだけである。

 ようするに二人とも娶れという意味だ。


 じっさいフレイには二人の女性を受けいれるだけの器量があるし、甲斐性もある。アンキモだけでなく、彼を知るほとんどの者がそう思っている。

 ただ、誰も口に出しては言わないため、フレイの自己評価は相変わらず低いままなのだが。


「デイジーの方は輝くほどの美少女だが、フレイの容姿は平凡だな。どうやって魔将軍とエルフを虜にしたのか。テクニックか、あるいは大きさか」


 仮面の下に笑いを隠し、内心で呟く魔王。

 おもむろにフレイとデイジーの手を取る。


「では二人とも、参ろうか」

「え?」

「へ? どこへ?」


 突然そんなことをいわれても面食らってしまう。

 どこに行くというのか。


「予の寝所だ。決まっているだろう」


 決まってるらしい。

 ちょっと意味がわからないね。


 フレイとデイジー首をかしげた。アクアパツァーの言ってることがさっぱり理解できないから。

 引っ張られても足だって動きませんよ。


「なんなんですか。いったい」

「なにもかにも、男女が寝所でやることなどひとつしかあるまい。3Pをしようと言っているのだ」


 ぴきっと、ふたりが固まった。

 あんまりな発言に。


 この魔王、いったいなにを口走っているのか。


「ああ。心配ない。予は男でも女でもイケる口そげふっ!?」


 台詞を最後まで言わせてもらえず、魔王が吹き飛んだ。


 同時に放たれたミアの精霊魔法シャーマニズム、カルパチョの魔族語魔法ルーンマジック、パンナコッタの古代語魔法ハイエイシェントに叩きのめされて。


「Q~~」


 二十歩ほどの距離を飛んで玉座にぶつかり、ずるずると滑り落ちる。

 あれで死なないとは、さすが魔王というべきだろう。


「るがやいいとこてんな、うおまエロのこ」


 エルフ語でなにか言ったミアが、ふんすと鼻を鳴らした。


「……やっぱり魔王も頭おかしかったか……そうじゃない期待を、ちょっとだけしてたんだけどな……」


 達観したような顔で、ぶつぶつとフレイが呟いている。


 

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