第87話 竜虎激突!?


 長男長女が一番苦労してるなんて大嘘だ。

 あいつらは勝手にそう思ってるだけである。


 いやまあ、長男には長男の、長女には長女の苦労があるんだろうよ?

 長男じゃなかったら耐えられなかった、なんて台詞を言ってた人もいるしね。


 けど、次男だって次女だって三男だって三女だって、みんなみんな苦労してるのだ。


 常に長兄長姉を立てないといけないし。

 服や玩具だって全部おさがりだし。


 逆らうなんて許されないんだよ?

 なにかっちゃ、長幼之序ちょうようのじょっていわれて、年長者に従いなさいって教育されるんだから。


「正しいとか間違ってるじゃないんだよな。決定する前の段階で一言相談してくれって話なんだ」

「そうなのよ。それが筋ってもんなのに、弟だ妹だってだけで、意見なしとして扱われるのよね」


「で、意見を言ったら、生意気だって殴られるのさ」

「フレイ……」


 ぐっとペスカトレが右手を差し出し、フレイが力強く握り返した。

 長男長女に虐げられていた血盟、結成である。

 なにやってんだか。


「ともあれ、カルパチョとは関係なしにお願いしたいんだ。魔王アクアパツァーと友好的な関係を築きたい」


 じゃないと俺の首が飛ぶから、と、付け加える。


 勅命は魔王を倒せというものだ。だがそれは不可能なので、通商条約を結ぶしかない。


 結局は勅命に背くことになるのだが、そこはアンキモ侯爵とスフレ王子が助けてくれる。

 帝国の武力を背景に。


 後ろ盾が得られないなら、フレイたちは国を捨てるしか選択肢がなくなってしまう。


「盟友を死なせるわけにはいかないもの。協力してもいいわよ」

「助かるよ。ペスカトレ」

「ただし、無条件ってわけにはいかないわ」


 半月を描く赤い唇。

 病的なまでに白い顔と相まって、禍々しい印象を植え付ける。


「姉さんと別れて、あたしと付き合いなさいな。フレイ」

「いやそれ……」

「死ぬが良いわ。愚妹が」


 フレイの言葉を遮って赤い光が走る。

 深紅のフランベルジュを抜いたカルパチョが斬りかかったのだ。


「本性を現したわね。姉さん。結局は力ずく」


 ペスカトレが紺碧のレイピアで受け止める。

 双方の魔剣に込められた魔力が共食い現象を引き起こし、バチバチと過負荷の火花が散った。


「姉の男を奪おうなど犬畜生にも劣る所業じゃ。死ね。死んで詫びよ」

「よく言うわ。あたしのお菓子も本も、平然と奪っていくくせに」


 赤い瞳と青い瞳から放たれた視線も、バチバチと火花をあげて絡み合ってる。

 普通に怖い。


 だって、帝国の双璧とか魔王の四天王とかの人たちの直接対決だよ。


「これはいけない。みんな避難するんだ」


 パンナコッタが先導してフレイたちを内院へと連れ出す。

 もちろん仲間たちに否やはない。

 巻き込まれたら死んじゃうもの。


「こうなったらとことんまでやらせるしかないよ」

「詳しいねー パンナコッタ」

「カルパチョとの付き合いも長いからね。デイジー」


 そう言ってダークエルフが人差し指を唇に当てる。

 避難時の鉄則、「おかし」だ。

 押さない、駆けない、喋らない。


 あと、戻らないをつけて「おかしも」って言うこともあるらしいよ。





 戦いっていうか姉妹喧嘩の場は内院へと移動していた。

 逃げた方にくるんだからフレイたちにはたまったものではないが、こればかりは仕方がない。

 家の中で暴れたら、家具とか壊しちゃうからね。


 闇を払う雷光のような剛剣と、空を駆ける流星のような烈剣。

 力量はほぼ互角だが、あえてカテゴリ分けすれば、剛のカルパチョと柔のペスカトレということになろうか。


 凄まじい速度とパワーで押し込む姉に対して、妹はそれを受け流しカウンターを放つ機会を伺っている。


 どちらも超一流の戦士だ。

 こんな対決、叙事詩サーガにだってそうそう見かけない。

 武芸者のガルなんか、目を輝かせて見入っちゃってるよ。


「二、三百年に一回くらいの割合で、こういう大げんかをするんだよ。あの二人は」


 避難した四阿あずまやプロテクティヴペンタグラムで覆ったパンナコッタが肩をすくめた。

 どんな攻撃も魔法も通さないという万能の防御フィールドである。

 が、こちらも一切の攻撃ができないので、けっこう融通はきかない。


「普段は優しくて姉の言うことに逆らったりしないんだけどね。たまーに暴発するんだ。キレる若者ってやつだね」


 とは大魔法使い意見だが、フレイは軽く首を振った。


 違う。

 ペスカトレは我慢しているだけなのである。姉の横暴に。


 べつに喜んで従っているわけではないのだ。

 姉の言うことだから仕方なく、自分を押し殺して頷いているだけ。


 徐々にフラストレーションが貯まっていき、限界を超えたら爆発するというだけの話である。


「しかもカルパチョに悪意がないってのが問題なんだよなぁ」

「やけにペスカトレの肩を持つじゃん。フレイ。惚れちゃったの?」

「そーじゃねーよ」


 こつんとデイジーの頭を小突く。

 こいつ長男だからわかんねーだろうなぁ、とか思いながら。


 弟や妹の立場って、長男や長女が思うほど気楽なもんじゃないのである。

 家督を継ぐ必要もなくてラクで良いじゃん、なんてことはない。

 いっつもいっつも、お兄ちゃんの言うことをきかないとダメでしょ、と親に注意されながら育てられるんだと思ってみなさいな。


 つらいでしょ?

 悔しいでしょ?


「わたしはわりと判るわよ。年長者の言うことがうざくてうざくて郷を飛び出したんだもの」


 ミアが苦笑を浮かべた。

 エルフは少産なので彼女自身には兄弟姉妹はいないが、周囲は年長者だらけだった。兄貴面姉貴面の。


 で、ことあるごとに説教してくるのである。

 森の守護者としてとか、誇り高きエルフ族としてとか、耳にたこができるくらいね。


 それに嫌気がさして、ミアはエルフの郷を飛び出した。

 大陸公用語の勉強すらしてなかったのに。


「ペスカトレから見たらカルパチョってのはうざい年長者の代表なわけよ」

「じゃあさ。フレイをよこせっていったのは?」

「ただの嫌がらせよ。姉の嫌がることがしたいってだけの話」

「子供かっ」


 けらけらとデイジーが笑う。

 ていうかアンタ笑ってるけどさ、と、ミアは思う。


 デイジーの弟たちがフレイに懐いているのは、アンタから引っぺがそうとしてるんだよ?

 一番の親友って立場を強奪するのが、最も兄にダメージを与えることができるんだから。


 ただまあ、ミアとしてはわざわざ指摘してあげるつもりはない。

 骨肉の争いが面白そうだから、ではなく、さすがに余計なお世話だからだ。


「肉親ってさ、一番甘えが出る関係なのよ。赤の他人には遠慮して言わないことでも、家族だからって理由だけで言っちゃうものなの」


 だから、一般的な警句を吐くにとどめる。


 親だからなにを言っても良いって話も、兄や姉だから何をしても許されるなんて話もないのだ。

 逆に、弟妹だからわがままが許されるなんてこともない。


「家族といえども、それは自分ではないってやつよ」

「ほえほえー」


 絶対わかっていなそうな顔で頷くデイジーだった。


「そろそろ決着がつくぜ」


 不意にヴェルシュが言った。

 一気に間合いを詰める二人。


「ぬぅぅぅぅん!」

「はぁぁぁぁ!」


 ともに渾身の一撃を相手にたたき込む。

 そして、互いに吹き飛んだ。

 二度三度と地面とキスをしながら転がってゆく。

 それきりぴくりとも動かない。


 最強姉妹対決は、両者ノックダウンで幕を閉じたようである。


「……ていうか、生きてるのか? あの二人」


 首をかしげるフレイ。

 遠目にも、なんだか酷い状態だ。

 大丈夫なの? あれ。


「回復しなきゃ!」


 バタバタと結界からデイジーが飛び出して行った。


「だいぶストレスが発散されただろうから、これでペスカトレも冷静に話ができるんじゃないかな」


 どこまでも冷静なパンナコッタの分析である。

 大怪獣大激突みたいな姉妹喧嘩というのも、なかなかにはた迷惑な話だ。

 

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