第57話 サイコパスに刃物


 アジトまでの道を駆けるフレイチーム。


 本当は侵入者を迷わせるような仕掛けとか、罠とか、あったに違いないのだが、そんなもんはまるっとヴェルシュが破壊しちゃってる。

 むしろ直通路を作っちゃった。


 人呼んで土木ドラゴンだ。


 海賊どもが冷静さを保っていれば、ヴェルシュが建物に被害を与えないよう細心の注意を払いながら攻撃していることに気付いただろう。

 邪竜としては虜囚まで殺すわけにはいかないから、けっこう気を使っているのである。


 先頭を走るのはフレイ。その後ろにカルパチョとミアが続き、デイジーを守るようにガルとパンナコッタが左右を固めている。

 前衛後衛というより、二チームっぽい編成だ。


「四つ!」

「OK! 火蜥蜴の槍サラマンダージャベリン!!」


 前方から接近する気配を読み、フレイが警告すれば、すかさずミアが魔法を飛ばす。

 炎の槍に貫かれ、消し炭と化す男ども。

 ほぼ一瞬の出来事である。


 が、すぐに増援が現れた。

 完全に頭に血が上ってしまっている。寄らば斬るくらいの勢いで。

 交渉など最初からするつもりはなかったので、敵が問答無用というならばこちらも手心を加える理由はない。

 ミアなんか、瞳を爛々と輝かせちゃってますよ。


「次は五!」

「七面鳥撃ちじゃな。まるで。万物に宿りし魔素マナよ。我が意に従い顕現せよ。火焔球ファイアボール


 ニィと笑ったカルパチョも魔法を使った。

 ミアのような精霊魔法ではなく、パンナコッタのような禁呪でもなく、魔族語魔法デビルズルーンである。


 奇声をあげて襲いかかってきた海賊たちの中心で火の玉が炸裂する。

 凶悪な威力に、悲鳴すらあげずに四散する男ども。


「うへぇ」


 思わず引いてしまうフレイである。

 剣技で勝負する魔将軍だから、じつは攻撃魔法を使っているのを初めて見た。


「カルパチョっ それいいっ 今度わたしにも教えてよ!」


 引くどころか食いついてる人もいるけど。


「なんとなく人混みで使ってみよう、とか思ってないじゃろうな?」


 うろんげな表情のカルパチョである。


「大丈夫大丈夫♪」


 なんか音符とか飛ばしてそうなミアの顔だが、まったく信用はできない。

 そもそも、こいつ人混みに殺戮魔法つかうんじゃね? という疑いが少しでもあるような人物に魔法を教えてはいけない。

 キチガイに刃物ってやつだ。


「フレイが浮気したら吹っ飛ばすくらいだって」

「ふむ。それくらいならば良いかの」

「まったく良くねえよっ! なんで俺の殺害計画を練ってるんだよ! 俺の目の前で!!」


 漫才をしながら走る三人。


「平和だねぇ」


 後続のデイジーが肩をすくめた。

 なんだかんだいって仲良しである。


 三角関係を形成しているはずなのに、いがみ合うような雰囲気はない。

 まあ、ミアもカルパチョも長命種だから万事に余裕があるというのもあるだろう。


 フレイが歳をとって死ぬくらい年月が経っても、ふたりは若いままだ。

 すこし言葉は悪いが、長い長い生のなかのほんの一瞬の出来事、ちょっとした遊びみたいなものなのである。

 タイムスケールが違いすぎるから。


「ま、そのうち妊娠すれば良いんじゃない? くらいの気持ちかも」

「そういうものかのう」

「むしろ、人間の娘が言い寄ってきたら、大変なことになるだろうね」


 首をかしげるガルと訳知り顔のパンナコッタだ。

 ダークエルフは長命種なので。


 ともあれ、ミアにしてもカルパチョにしても人間族ではない。その点にややコンプレックスを抱いているだろう。

 同時にそれが紐帯だったりもする。


 だが、ここで人間の女性が入ったきたら、話は一気にややこしくなるのだ。

 たとえばエクレアとかね。


「血の雨が降るよ。きっと」

「おそろしやおそろしや」

「あなおそろしや」


 後続の男どもが遊んでいる。


「お前ら! 聞こえてるからな!!」


 激昂するリーダーだった。





 散発的な抵抗をほとんど一撃で粉砕しながら進んでゆくと、立派な石造りの建物がみえてきた。


「あれがアジトっぽいな。やたらと金がかかってそうだ」


 先頭を駈けるフレイが唇を歪める。


「おそらくは遺跡を改装したのじゃろうな」

「なんの遺跡?」


 すぐ後ろでカルパチョとミアが会話を楽しんでいる。

 危機感がないのは仕方のないことだろう。


 海賊どもは、もう組織的な抵抗ができない。

 戦争でいうなら掃討戦に移行したようなもんだ。

 そして、そういう戦いこそがフレイチームの真骨頂である。

 よほどのことがない限り、海賊ごときに後れを取ったりはしない。


「おそらくは貴族の館とか、そういうやつではないかのう」


 島にあるのだから、あるいは別荘とかかもしれぬが、と付け加えるカルパチョであった。


「昔はお宝があったかもね。残念」


 肩をすくめるミアである。

 かりに財宝があったとしても、海賊たちがとっくに金にかえてしまっているだろう。


「そのかわり、海賊どもの宝があるべや」

「おっと。そっちは期待大ね」


 フレイの言葉に笑ってみせる。

 持って逃げるだけの余裕はないだろうから、たぶんそのまま放置されている。

 近隣の海を荒らし回る海賊なら、けっこうため込んでるだろう。


 勇躍してアジトに乗り込むフレイたち。

 人間状態になったヴェルシュが合流する。


「お疲れさまー」

「手加減ってのは骨が折れるぜ」


 ぱしんとデイジーとハイタッチなどをかわしながら。

 まあ、邪竜が本気で大暴れしたら、アジトが崩落しちゃうからね。


 中には捕らわれている人がいるだろうし、お宝だってある。

 ぺしゃんこにしてしまうわけにはいかないのだ。


「隊列は二列かな。廊下は広いけど三人並ぶのはきつそうだ」


 リーダーが指示して、ささっと仲間たちがポジションに入る。


 先頭はフレイとカルパチョ。

 二段目がミアとパンナコッタ。

 三段目がデイジーで、しんがりをガルとヴェルシュが務める。


 前後どちらから攻撃されても対応できる陣形だ。

 回復役のデイジーは前衛にも後衛にもすぐに駆けつけられる位置。

 安定したフォーメーションである。


「どうじゃ?」

「かなり混乱してるな。だいたい逃げ腰な感じだ」


 得意の気配読みで内部を探るフレイ。

 おそらくは敵にも、彼のようなタイプはいるだろう。海賊だもの。


 気配読みくらいできないと、海洋モンスターにばったり遭遇とかしちゃいそうだ。

 しかし、状況がここまで混乱してしまうと、なかなか能力は発揮できない。


「まあ、そのためにヴェルシュが一暴れしたわけじゃしな」

「地下に人の気配が集中してる。捕まってる人たちなのか、海賊が避難しているのか、ちょっと判らないな」


 ふーむとフレイが悩むが、長時間のことではなかった。

 そちらに向かわない理由がないから。

 海賊であれば殲滅しなくてはならないし、人質であるなら救出しないわけにはいかない。


 周囲を警戒しながら進んでゆく。

 待ち伏せ等は察知できても、機械的な罠はさすがに近づかないと判らないのである。


「カルパチョ。そこの床、踏むなよ」

「おっと。何かあるのじゃな」

「たぶんアロートラップだと思うけど、わざと引っかかるわけにもいかねえしな」


 怪しげな場所に近づいたフレイが、なにやら腰の隠しから道具を出して罠を解除してゆく。

 放っておいて、たとえば帰りに踏んじゃったりしたら大事だからだ。

 なにしろ復路はこんなに余裕があるかどうか判らない。

 全力疾走で逃げてるかもしれないからね。


 次々と罠を無力化しながら一行は進む。

 ほどなくして、地下への階段も発見した。


「んだば、乗り込むか」

「気をつけてね。フレイ」


 先頭に立って階段を降りるリーダーに、ミアが声をかけた。


「あいよ。後方警戒よろしく」


 軽く右手を振って応える。

 ここからが、本番である。

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