第27話 女神の都から


 フレイチームの構成人員が増えたよ!


 魔法剣士スペルフェンサーを自称するカルパチョと自称大魔法使いウィザードのパンナコッタ。

 どっちも自称なのは、魔術協会アカデミーに加入していないからである。


 これに所属していないと、たとえば学会とか研究会に参加できない。ということは、新しい魔法の発見があってもそれを知らされることはないし、勉強することもできない。

 各地にある魔術協会アカデミーの支部からの支援も受けられないし、たとえば出世してどこかの国の宮廷魔術師に推挙される、なんてこともない。

 世間的には、ただの自称魔法使いにすぎないから、立場だって非常に弱いものになってしまう。

 弟子だってとれないし。


 で、わざわざそんな不利益を抱え込むような魔法使いメイジはいないので、普通は魔術協会アカデミーに加入する。

 というより、魔法学校アカデミー自体が魔術協会アカデミーによって運営されているから、卒業と同時に加入するというのが通例だ。


「ゆーて、儂らは人間から学ぶことなんぞないしの」

「だね。教えることならいくらでもあるけど」


 とは、カルパチョとパンナコッタの弁である。

 魔法研究の分野においては、魔族たちのほうが人間を何百歩もリードしているのだ。

 いまさら人間の魔法を学ぶ理由なんて、どっこにもない。


 なので、二人とも身分的にはただの冒険者である。

 C級の。


 ただの、では済まないのはフレイチームだ。

 六人パーティーというのは、比較的大所帯おおじょたいではあるが、そう珍しいわけではない。

 前衛三人後衛三人に分かれるにしても、前衛中衛後衛と分けるにしても、かなり応用の利く編成だといって良いだろう。


 しかし、六人中四人が魔法職スペルユーザーというのは、はっきりと異常である。

 魔法職が一人でも含まれていれば、すげーってのが常識なのだから。


「どうだろう。フレイくん。これなどはオススメの依頼だ」

「……薬草採取のどこがオススメなのか問いたい。一刻いっこくほども問いつめたい」


 珍しく係員の方から声を掛けてきたかと思えば、びっくりするような仕事の斡旋あっせんである。


 薬草採りが悪い仕事ということは、まったくないのだが、C級六人チームに相応しいかと問われれば、答えは当然のように否だ。

 それこそ新人ルーキーがやるような仕事だろう。


 一日いちじつ、めぼしい依頼がないか、組合の掲示板の閲覧にきたフレイである。

 ドラゴンの素材を売った金があるので、すぐすぐ仕事をしなくては飢えてしまうということはないが、かといって無為に時を過ごしたいわけでもない。


「では、これなどはどうだ? 討伐依頼だぞ」

「ボーパルバニーですよね」

「おま! ボーパルバニー舐めんなよ! 首はねられんぞ!」

「いや……それはそうですけど……」


 ぽりぽりと頭を掻くフレイ。


 愛らしいうさぎの姿をした魔物である。

 見た目に油断して近づくと、鋭い門歯でずばっとやられてしまう。

 文字通り首をねられるのだ。


 けっして舐めてかかれる相手ではないが、逆に言えば、油断さえしなければ苦戦するような敵でもない。

 動きは速いし攻撃は鋭いものの、しょせんはうさぎだから。

 しっかりと急所を守りながら慎重に戦えば、あんなちっこいもの、素手でだって殺せるだろう。


 ぶっちゃっけ、魔法職まで揃ってるフレイチームが挑むような相手ではない。

 むしろ、D級あたりに、着実に戦歴を稼がせるために勧めるような仕事だろう。


「そもそも、なんでそんなんばっかり勧めるんですか。係員さん。嫌がらせですか?」

「なんなら、特別に追加報酬を出しても良いが?」

「意味が判りません」

「判れよ。フレイくん」


 ずいっと顔を近づける係員。

 わかりませんとか応えた瞬間、頭から食われそうな雰囲気だ。

 がぶっちょ、と。


 ようするに、危険な仕事はして欲しくないのである。

 できれば、ずっとザブールの街に引きこもっていて欲しいくらいだ。

 ドラゴン討伐とか、勘弁してください。


 それでフレイが死んじゃったら、紅の猛将は魔王軍に帰っちゃうんだよ?

 帰っちゃったら、また侵攻計画が再稼働しちゃうんだよ?


「判るよな? フレイくん」


 ぽん、と、肩を叩かれる。


「……はい」


 ぎらりと光る片眼鏡に睨まれ、しょんぼりと頷くフレイだった。





 

 冒険者なのに冒険者同業組合で仕事を受けられず、とぼとぼとフレイが通りを歩いていると、正面から見知った人影が駆け寄ってきた。


「フレイー!」


 勢いよく飛びつく。

 デイジーだ。


「おおっと!」


 抱き止め、勢いを殺すためにくるくると回るフレイ。

 通行人たちが、ち、と舌打ちした。


 カップルにしか見えなかったから。

 天下の往来おうらいで美少女といちゃこらしてんじゃねえよ。くそガキが。

 という趣旨の視線が、ざっくざくフレイに突き刺さる。


 冤罪えんざいである。

 きっと、こうやって無実の人間が処刑台にあげられるんだろうなぁ、と、どうでも良いことをフレイが考えた。


「どうしんたんだ? デイジー。そんなに慌てて」

「ボク……ボク……侍祭アコライトに昇格するよっ!」

「おお!」


 フレイの両手を持ってぴょんぴょんとデイジーが跳ねる。

 これまで、マリューシャー教団におけるデイジーの地位は、あくまでも信徒のひとりであった。


 侍祭というのは、司祭に次ぐ地位。

 ようするに聖職者として一人前ということである。


「良かったじゃないか!」


 フレイもデイジーの手をぶんぶんと上下に振ってやる。

 親友の出世だ。

 祝わないわけがあろうか。


「さっき使いの人がうちにきたんだ! これから神殿だよ! フレイもつきあって!」

「ああ。もちろんかまわないぞ」


 連れだって歩き出すふたり。

 これをカップルだと思わない人間はいないんじゃないかなってくらい仲良しである。


 マリューシャー神殿には、見たことのない馬車が横付けされていた。

 といっても怪しいものではまったくなく、教団の紋章の入った立派なやつである。

 おそらくは総本山のものだろう。

 昇格を伝えるためにきた使者のものなんだろうなー、とか、フレイたちはとくに深くも考えずに神殿内に足を踏み入れた。


 いつもの司祭が迎えてくれる。


「デイジー……よくぞきた」


 が、微妙に元気がない。


「んんっ? どうしたんですかっ? 司祭さまっ。おなかでもいたいんですか?」


 とてて、と、駆け寄ったデイジーが気遣う。

 反応したのは司祭ではなく、その横に立つ人物であった。

 服装は司祭と同じものだが、より威厳に満ちた顔つきをし、体格も立派な老人だ。


「きみがデイジーかね。報告以上に聡明そうな少年だね。それに、真っ先に司祭の健康を気にするとは、素晴らしい慈愛の心よ」


 破顔一笑はがんいっしょうする。


「え? あ、はい。ありがとうございます?」

「私はポーチュラカ。本山の大司祭グランドビショプだよ」

「お、お目にかかれて光栄です」


 やや慌てて膝をつくデイジー。

 お偉いさんである。

 侍祭アコライトごときへの昇格を告げる使者にしては、ちょっと大仰すぎるほどに。


「きみのことは、ユリオプス司祭よりいつも聞いていたんだ。じつに見所のある少年である、と」


 べた褒めですね。

 むしろこの司祭ってユリオプスっていうんだなー、と、どうでもいいことを考えるフレイだった。

 彼はもちろん部外者なので、すみっこに立ってるだけだ。


「アコライトなどとんでもない。きみには司祭プリーストの位を授けたいと思っている」

「ええっ!?」


 二階級特進である。

 冒険者の等級に引き続き、デイジーはなんとマリューシャー教団でも一足飛びに出世しちゃうらしい。


「ただ、さすがに司祭ということになると、総本山での任命になる」


 説明してくれる大司祭。

 つまり彼は、昇進を告げる使者ではなく、デイジーを迎えにきた人物ということである。

 ちょっと困った顔をするデイジー。


「えっと……時間かかりますか? ボクこの街で冒険者やっていて、あんまり留守にしちゃうのは……」

「儀式そのものは一日で終わるよ。デイジー。準備にすこし時間はかかるが、往復の旅を考えても十五日というところだろうか」


 とうとうと語る大司祭。

 んー、と考えながら、フレイに視線を送るデイジー。

 チームリーダーの判断をあおぐように。


 十五日。けっして短い期間ではないが、そう長期間でもない。


 微笑したフレイが、ゆっくりと頷いた。

 仕事もないしね。


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