第18話 一家に一人、フレイくん


「道順には目印を付けてあるから迷わないさ」

「……いや、むしろお前が欲しいわ。俺らのチームに」


 自信に満ちたフレイの言葉に、メイサンが肩をすくめる。

 ガイツチームの一員だ。


 細面の長身で二振ふたふりのショートソード操る練達れんたつ剣士ソードマン

 彼の他に、ゴルンという陽気な槍使いランサー

 大剣グレイトソードの使い手たるガイツ。


 この三名がガイツチームの構成メンバー。


 何をしているのかといえば、フレイチームの四名とともに、シスコームの遺跡にアタック中だ。

 フレイたちが倒した洞窟竜の死骸を回収するのが目的である。


 さすがに貴重な竜の素材をダンジョンに放置というのは、もったいなさすぎる。

 もともとフレイも回収に赴くつもりではあった。

 四人では運べる量も限られるから、人足にんそくでも雇って。

 前に回収した目玉と爪を売った金があるから、十人くらい雇っても充分に釣りがくるほどだし。


 という話をしたら、人足を使うなんて無駄遣いをしなくても、自分たちが一緒に行ってやるとガイツが申し出てくれたのである。


 もちろん無報酬ではない。

 回収する竜の死骸のうち、牙と大腿骨がガイツチームの取り分だ。


 これだけで金貨にして千枚を超えるだろうが、それでもA級冒険者を使うと考えたら格安だろう。

 心臓とか胆嚢たんのうも持っていってほしい、と、フレイが申し出たが、笑って拒絶された。

 後輩からむしりとるわけにいかんべ、と。


 ただ、四人が七人になったといっても、死骸をそっくり持ち帰れるかといえば、ちょっと微妙だったりする。

 そこで登場するのが、ガイツご自慢の魔法の品物マジックアイテム、収納袋だ。

 詳しい原理は判らないが、異空間転移魔法がかかっているらしく、もっのすごい容量が入るらしい。


「馬車一両くらいなら、まるごと入るんじゃね?」


 とは、A級冒険者どのの言葉である。

 これを魔術協会アカデミーに売るだけでも、ガイツは一生遊んで暮らせるほどの金銭を手に入れることができるだろう。

 そうしないのは、まさに冒険者バカ冒険者バカたるゆえんだ。


 ともあれ、七人は順調に旅を続け、シスコームへのアタックを開始した。

 竜のいた場所への道順を憶えているか、という質問に対してのフレイの回答に、ガイツチームが呆れた、というのが現在の状況である。


「いきなりスカウトされても……」


 苦笑するC級リーダー。

 冗談にしても不出来だろう。


 小なりといえどもフレイは自らのチームを持っている。

 その頭を引き抜くヘッドハンティングとか、意味不明すぎる。


「いやいや。マジもんで感心してんだぜ」


 無精ヒゲを撫でながらのメイサン。

 ザブールを出てからここまで、フレイの活躍は目を見張るものがあった。


 宿場町での食事や宿の手配に始まり、出発時刻や移動のペース管理、果ては休憩をとるタイミングまでしっかりと計算し、パーティーメンバーがベストに近いコンディションを保てるように気を配る。

 焚き火などの準備も迅速だし手際も良い。

 ダンジョンに入っては、どこに罠があるかとか、どのルートが比較的安全かとか、きっちりナビゲートする。


 まさに野外活動の専門家レンジャー


 戦闘能力こそ、A級冒険者たちには遠く及ばないものの、自分の身くらいは自分で守れる。

 そもそも危険回避能力と索敵さくてき能力が高いから、不意打ちされる、なんて事態がほとんど起きない。


「もうな。一家いっかにひとり欲しいわ」

「アニキたちは、俺をなんだと思ってるんだ?」


 便利アイテムか?


 憤慨してみせるフレイだったが、じつのところミアもガルも、デイジーさえも同意見だったりする。

 能力だけでなく、性格だって立派といって良い。


 幼い頃からこういうやつなのだ。

 弱い者に優しく、つねに筋を通し、相手によって態度を変えない。


 フレイ自身は当然のこととしてやっているが、誰にでもできることではないだろう。

 故郷を出るとき、一緒にきてくれるような友達はいなかった、とは、本人談だけど、そんなもんを、たとえばデイジーはひとっことも信用してない。


 たぶん、彼の家は口減らしをしないといけない状態に陥っていたのだ。

 だからフレイは自ら名乗りをあげた。

 ついてこようとした人間は多かっただろう、と、デイジーは思う。


 しかしそれをがえんじるフレイではない。

 明日をも知れない冒険者。

 そんな人生に他人を巻き込むような男ではないのだ。


 知っているから、デイジーは一緒に行くことにしたのである。

 子供の頃に受けた恩。いま返さないでいつ返すんだって感じだ。


「だなあ。むしろあんとき、俺はミアを手放すんじゃなくてフレイをスカウトすべきだったんだべなぁ」


 ガイツの慨嘆がいたんである。

 異物を切るのではなく、中和できる人間を迎える。チームリーダーとして、あるいは経営者としての目が足りなかった。


 あのとき、フレイの方から近づいてきたのである。

 千載一遇せんざいいちぐうの好機だった。

 ミアとフレイ。

 どっちも抱き込めるチャンスを、みすみす逃しちゃった。


 いまとなってはフレイは一国一城の主。

 もうスカウトなんてできない。


「ばかばか! 俺のばか!」

「まあ、たしかにバカよね」


 あっさりと認めてあげるエルフだった。


「もうちょっと言葉を選んでくれてもいいのよ?」

「いくらくれる?」

「金取るのかよっ!」

「サービスには代価が必要なものよ」


 じゃれ合っている。

 ダンジョンの中で。

 A級冒険者とC級冒険者が。

 とてもではないが、新人には見せられない姿だろう。


「盛り上がってるとこ悪いが、客が近づいてるぞ。アニキ。ミア」


 唇に右手の人差し指をあて、静かにするよう指示するフレイ。

 まだ地下三層。

 それほどの強敵は出てこない。


 と、舐めていたら足下をすくわれる。

 こちらを殺そうと向かってくる相手で、強敵でないものは存在しない。


 膂力りょりょくではない。速さでもない。まして魔法でも技能でもない。殺意こそが最大の武器だ。


「足音が重い。人型ででかいやつ。たぶん人食い鬼オーガ。数は四から六。もうこっちに気付いてるな。こいつは」


 文節ごとに区切りながら、フレイが前方の三叉路さんさろを指さす。

 軽く頷く前衛四人。


 ガイツ、メイサン、ゴルン、そしてガルだ。

 全員が横並びで戦うと少しばかり窮屈なので、槍使いのゴルンがやや下がった位置。


「三層からオーガなんて、大盤振る舞いじゃねえか」


 不敵に笑ったガイツが背中から大剣を外す。

 両手持ちの武器でも、ミアの光の精霊ウィル・オ・ウィスプのおかげで、制限なく用いることができるのだ。


 やがて角の向こう側から姿を見せるモンスター。

 フレイの読み通り、人食い鬼である。

 数も、四匹だ。


「いくぜ!」

「応とも!」


 先陣を切って飛び出すのはガイツとガル。

 魔力を帯びた大剣が鬼を袈裟懸けさがけにし、暴風のような戦斧が驚愕に目を見開いたままの鬼の首をはね飛ばした。

 まず二匹。


 メイサンもゴルンも、仲間たちの豪快な一撃を黙って見物していたわけではない。

 二人の間を縫うように突進する。


 迎え撃とうと巨大な棍棒を振り上げるオーガ。

 咆吼ほうこうをあげて。


「おっかないねぇ。怖いから、死ね!」


 冗談めかした言葉とともに繰り出された短槍ショートスピア

 ぼふん、という異音。


 鬼の胸部に大穴があいた。

 武器の性能か、ゴルンの技量かは判らないが、ちょっとありえない攻撃だ。

 信じられないものを見るかのように自らの身体を見おろしたオーガが、ゆっくりと倒れてゆく。


 そして最後の一匹は、他の三匹に比較して少しだけ幸運だった。

 大剣でばっさりとか、斧で首を飛ばされるとか、槍で胸に大穴を空けられるとか、そんな身も蓋もないような殺され方をしなかったから。

 なんとちょっとの間だけは互角の戦いができた。


 メイサンはオーガと三合ほど斬り結んでやったのである。

 戦士としての礼儀。

 それからおもむろに左右の剣で首筋と胴を切り裂いた。


「強敵との戦いのなかで死ぬ。誉れだろ?」


 膝から崩れる鬼に、無精ヒゲの剣士が言葉をかける。

 聞こえたかどうかは、わからない。


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