第19話 おバカさまたち


 順調に進んでゆく七人。


 前回の探求よりも強力なモンスターが多く、もしフレイチームだけだったら危ないって局面もあったが、さすがにA級はモノが違う。

 人食い鬼オーガだろうと合成獣キマイラだろうと邪妖精ブラスデーモンだろうと、戦えちゃうのだ。


 もちろんまったく無傷ノーダメージというわけにはいかないが。


「そろそろ回復するよー。みんな集まってっ」


 ぶんぶんと錫杖マジカルステッキを振るデイジー。

 マリューシャー女神の加護がある、という触れ込みの、ひらひらしたラブリーな衣装はこれまで通りだが、今回は頭部にはサークレットがある。

 これもマリューシャー教の司祭さまが作ったもので、ものすごく当たり前のように、ちょー可愛いデザインだ。


 集まってくる前衛たち。


「いくよー」


 ステッキを振りながらくるくるとまわる。


「女神の祝福を! あなたに!」


 ちゅっと投げキッス。

 サークレットとステッキから放たれた光が、傷と疲れを消し去ってゆく。


 新たにもたらされた奇跡の力だ。

 単体ではなく、複数を一度に癒すことができる。


『デイジー! デイジー!!』


 右手を振り上げて熱狂する、むくつけき男ども。

 なにやってんだって話だ。

 おとなしく回復されてろ。


「バカなのかしら。あいつら」

「ノーコメントでおなしゃす」


 半眼を向けるミアと、肩をすくめるフレイだった。


「でも、あきらかに敵が強くなってるわね」

「なんだろうな? ケイブドラゴンを倒したことと関係あるとか?」

「わかんないけど、たぶんないと思うわ」


 あのドラゴンが下層のモンスターを封じていた、という可能性もないではないだろうが、やはり現実性は薄い。

 そもそも封じる理由がないのだ。


「じゃあミスリルの鎧を持ち出したからってのは?」

「まだそっちの方がありそうだけど、考えても無駄よ。それは」


 両手を広げてみせるエルフ。

 なにしろモノがもうない。


 献上しちゃったから!


 いまさら返してなんて言えるわけもない。

 もし仮に、あの鎧を持ち出したことが原因で遺跡内のモンスターが強くなったのだとしても、知らぬ存ぜぬを通すしかないのである。


「むしろ証拠みたいなものがあったら破壊しないと。わたしたちのせいだとかいわれないように」

「いっつも思うんだけどよ。ミアの発想ってどこまでもゲスいよな。エルフなのに」

「エルフだから清廉潔白せいれんけっぱく、森に優しく自然にも優しいなんて、人間族が勝手に作り上げたイメージよ」


 からからと笑う。

 歯に衣を着せないのはけっこうなことだが、どう考えてもデイジーの方が女子力が高い。

 それでいいのか紅一点こういってんって感じだ。


「ともあれ、あれが原因ってのはほとんどないと思うわよ。わたしは魔法使いの魔法コモンマジックには詳しくないけど」


 ミスリルの鎧に、たとえば魔物を封印するような、聖なるチカラとか、そういうものは感じなかったと説明する。


「そーなってくると、ますます原因不明なんだよな」

「まあね。つーか考えたってわかんないんだから、考えなきゃ良いのよ」


「気楽だね。ミアさんや」

「フレイが考えすぎなの。ハゲるわよ?」

「やめてくれ。父親や祖父さんも薄かったんだ。しゃれにならん」


 くだらないやりとりをしつつ、遺跡の中を進んでゆく。

 順路にはフレイがしっかりと目印を付けているので、迷う心配もない。

 しかも敵の接近には事前に気付くという便利機能付き。


 一家に一人、お役立ちフレイくんだ。




 やがて一行は目的地へと到着する。

 まるで玉座の間のような巨大で立派な扉。


「んん。なかには、とくに気配はないな」


 慎重に気配を探ったフレイが、ミアに視線を向ける。


「魔力の反応はひとつ。たぶんドラゴンの死体ね」


 エルフ娘が頷いた。


「いや、お前らホントに便利なコンビだよな」


 感心しながら、ガイツが扉を開けた。

 そして次の瞬間、うずくまってしまう。

 何事かと近づいた双剣使いと槍使いも同様だ。


『く、くせぇ……』


 ドラゴンの血が放つ異臭である。

 フレイたちは、これのせいで宿場町への立ち入りを拒否されたのだ。


「なにやってんのよ。あんたたちは」


 呆れ顔のミアが大気の精霊を操り、匂いを消してゆく。

 最初から臭いってことが判ってれば、いくらでも対応のしようがあるのだ。


「し、しぬかと思ったぜ」


 ふらふら立ちあがるガイツチーム。

 こんなんでもA級冒険者である。

 モンスターの死体が放つ匂いとか、熟知していても良さそうなものなのに。


「フレイがOKサインを出したから、何の疑問も持たずに入っちまった。あぶねえあぶねえ」


 首を振るA級ども。

 危険感知をフレイに任せきりにしてしまった。

 完全に油断である。


 あまりにも彼が使える・・・から、まるっとゆだねちゃってた。


「俺のせいみたいに言うなよな」

「わりわり」


 憤慨するフレイに、ガイツが頭をさげてみせる。

 彼の気配読みにしても、ミアの魔力感知にしても、すべてを見通すことなんかできはしないのだ。

 目視で確認しているわけではないのだから。


 にもかかわらず、便利すぎるため頼ってしまう。

 じつは良くない傾向である。

 仲間を信じつつも、最後は自分で判断するのが冒険者。

 フレイが言ってるから大丈夫、というのは信頼ではなく単なる責任転嫁だ。


「腐ってないな。さすがドラゴンってとこか」


 清浄な空気に満たされ、強烈な匂いもなくなった部屋。

 フレイが自ら倒したドラゴンを見上げる。


 下位種とはいえ、最強の魔獣の称号は伊達ではない。

 魔力を帯びた肉体は、死んでからそこそこ時間が経っているのに、倒したときのままだ。

 目玉と爪が剥ぎ取られている以外は。


「ここで解体しちゃう?」


 確認するミア。


「せめて水場でやりたいな。ここじゃ刃物も洗えないし」

「OK。なら凍らせて、そのまんまガイツの袋にインね」

「だなあ」


「おいおいフレイにミア。そいつはずいぶん不用心じゃねえか?」


 二人のやりとりに、メイサンが無精ヒゲを撫でながら笑った。


 ガイツチームにそっくりそのまま預ける。

 持ち逃げされたら、それでアウトだ。


 約束が違うと、たとえば組合に訴えたところで、証文を交わしたわけでもない。しかもドラゴンはガイツの袋の中。

 いくらフレイたちが所有権を主張したって通らないだろう。

 A級とC教の発言力の差だってある。


「や。でもさ。そうまでしてC級が狩った獲物を横取りしないだろ。アニキたちは」


 偽悪的な解説をするメイサンに、フレイは笑顔を向けた。

 金も力ももっているガイツチームである。

 犯罪まがいの方法で金銭を得る必要はないし、そもそもそんなちんけな詐欺っぽいことをするくらいなら、ここでフレイたちを皆殺しにしてからゆっくりと奪い取れば良い。


 もちろんフレイチームだって、むざむざと倒されるつもりはないが、それはまた別の問題だ。

 できるできないではなく、単なる方法の話だから。


「ちげぇねえや。こいつは一本とられたな」

「好きな部位を好きなだけ譲るっていってるのに、大腿骨ももほねと牙だけで良いって言ったのはアニキたちじゃないか」


 いまさらである。

 他の部分も欲しいなら、言ってくれれば譲る。

 奪い取る必要なんて、どこにもないのだ。


「その気もないのにわざわざ悪いことを言うってのは、良い趣味じゃないよ!」


 ぷんすかとデイジーが叱る。


「ごめんって。反省してるよ」


 頭を掻きながら謝るメイサン。


「よろしいっ」


 にぱっと笑い、ぐいーってデイジーがメイサンのお腹のあたりを押す。

 親愛表現らしい。

 本当は頭とかを撫でたいんだろうが、身長差があるから。


 にへらと笑う双剣使い。

 様子を見ていたゴルンとガルが顔を見合わせた。


「俺、じつはフレイを殺そうと思ってたんだ! もちろん嘘だけど!」

それがしそれがしも!」


 おもむろに謎の主張を始めたりして。

 露悪趣味的なことを口にしたらデイジーに叱ってもらえる、と、判断したっぽい。


「おまえらは……」


 注意しようとしたフレイだったが、彼は最後までセリフを口にすることができなった。

 ものすごい勢いで石つぶてストーンバレットが吹き付けたから。


 もう、べしべしべしべしって音が聞こえるくらいに。


「わたし仕事中なんだけど、あんたたちは楽しそうでいいわね」


 ミアの声が冷たく響く。

 笑っていた。

 これ以上ないってくらい満面の笑みを浮かべていた。


『ヒィっ!?』


 顔を引きつらせたゴルンとガルバカたちが、必死に土下座を始める。


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