第49話 こんとんのししゃ


 探索は続く。

 ときに敵を倒し、ときに身を隠して戦闘を避けながら。


「これはかなり古そうだね」

「じゃな。八千、ともすれば一万年以上も昔のものかもしれぬ」


 壁に記された文字らしきものを眺めながら、パンナコッタとカルパチョが会話を交わした。

 ふたりとも、何千年という時を生きてきた長命種である。

 その彼らの記憶にないほどの昔に作られたものなのだろう。


「読めないか?」

「さっぱりじゃな。たぶん文字じゃろうと推測はできるがの」


 フレイの問いにも肩をすくめるのみだ。


「ただ、この遺跡はまだ生きていると思うよ。リーダー」

「そうね。なんかのぺーっと薄く伸ばしたような魔力を感じるわ」


 パンナコッタの言葉に、ミアが頷いてみせる。

 遺跡が生きている。

 ここは、なんらかの魔法的な施設で、その機能はまだ失われていない、ということだろうか。


「じゃからこそ、マンティコアのような魔法生物がねぐらにしていたのじゃろうな」

「魔力をエサにしていたってことか?」

「魔法生物とはそういうものじゃて。まあドラゴンなども同じじゃがの」


 ドラゴンが、その巨体に相応しいほどの食事量だったら、世界など一年で滅びてしまうだろう。

 彼らは本来食事というものを摂る必要はなく、世界に満ちている魔力を吸収して生きている。

 ゆえに、このような魔力に満ちた場所は、非常に住みやすいらしい。


「くくく。いるかもしれぬのう。ドラゴンが」

「やめろよカルパチョ。ホントにいたら洒落にならないって」


 怪談よろしく声を潜める魔将軍に、勘弁してくれといった表情のフレイである。


 難敵のマンティコアに勝利したフレイチームであるが、だからといってわざわざドラゴンなんかと戦いたいわけではない。

 強い相手と戦ったから鍛えられる、なんて話ではないからだ。


「冗談じゃよ。封印されていた場所なのじゃから、ドラゴンが入り込むわけがなかろ」


 からからとカルパチョが笑う。


「…………」


 その様子を、じっとパンナコッタが見ていた。


「どしたの?」


 不審に思ったのが、とててと近寄ったデイジーが訊ねる。

 何ともいえない表情の大魔法使いだったので。


「どんな砦でも要塞でも良いのだけれどね。デイジー」

「ふんふん?」

「今夜は敵襲もなくて静かで良いね。なんて話をしたら、とたんに警報が鳴り響くものなのさ」

「まっさかー」


 気にしすぎである。

 笑うデイジーを圧するように、迷宮の中に吠え声が轟く。

 フレイにも、ミアにも、ガルにも、もちろんデイジーにも聞きおぼえのある声だ。

 彼らはドラゴンと戦ったことがあるのだから。


「ほらね?」


 だからいわんこっちゃない、と、肩をすくめるパンナコッタだった。


「え? え? わ、儂のせいなのか?」


 仲間たちからの視線の集中砲火を浴びて、珍しく動揺するカルパチョ。

 まあ、フラグを建てちゃったんだから仕方がないのである。





「……いるな」


 呟いたフレイが足を止める。

 目の前には巨大な扉。

 まるで玉座の間に通じるような立派なやつだ。


「魔力反応もばっちりよ」

「だね。魔力感知するまでもなく、びりびりするほとだ」


 ミアとパンナコッタも頷く。

 この先に、なにか強大な魔力を持った気配がある。


「まあ、ドラゴンじゃろうがの。どうする? フレイ」

「それを訊くかい? カルパチョさんや」


 彼らは冒険者だ。

 ドラゴンが守る財宝に挑まなくて、なんに挑むんだって話だろう。

 ふ、と笑った扉に手をかける。


「作戦はいつも通りじゃな?」


 一同が頷いた。


「では、くかの」


 無造作に開かれる扉。開ききるより前に一転して躍り込んだフレイが駈ける。


「ブラックドラゴン! でかいぞ!!」


 仲間たちに警告を発しながら。


「誰がブラックドラゴンだ。失礼なやつだな」

「ぐぴょ!?」


 高速で走るフレイが、いともあっさり捕らえられた。

 素早く伸ばされた右腕に。

 あまりの速度に、フレイほどの男が回避動作すらできなかった。


邪竜カオスドラゴンじゃな。黒竜ブラックドラゴンのふたつばかり上位種じゃよ」


 諦めたように言って、カルパチョがフランベルジュを捨てた。

 降伏宣言である。


 仲間たちも、それぞれ得物を床に置く。

 リーダーが人質に取られちゃったら、もうなんにもできない。


「いやいや。まてまて。なんで武器すてちゃってるの? 上位魔族が」


 むしろ邪竜が狼狽している。


 魔族に人質が有効とか、きいたこともない。

 まして手の中でうごうご脱出しようと藻掻いてるのは、どう見てもただの人間だ。


「そやつは儂の男じゃでな。殺されるのは困るのじゃよ」

「まってまって。いつフレイがカルパチョと付き合いはじめたってのよ。適当なこといわないでよ」


 微笑するカルパチョと噛み付くミア。

 普段はけっこう仲良しなふたりだけど、そこはどうしても譲れない。

 絶対に負けられない戦いが、そこにはあるのだ。


「そも、ミアともべつに付き合っておらぬじゃろ。儂のものにしてしまっても問題ないではないか」

「大ありよっ おおありくいよっ!!」


 侃々諤々かんかんがくがくだ。


「あー……」


 女性陣の戦いを見た邪竜がフレイに視線を送り、すぐに目をそらす。


「や! ちょっと! なんで目をそらすの!?」

「…………」

「無言のまま降ろすのやめて! せめてなんか言って!!」


 フレイを床に降ろし、なぜかぽむぽむと肩を叩いてやる邪竜であった。

 あまりにも謎な光景である。


「なんか解決したみたいだね」

「であるな」


 まるっきり興味がないパンナコッタとガルであった。

 せいぜい、これだから生身の女はめんどくせえ、くらいの感覚だ。


「フレイ! 大丈夫っ!?」


 そして女性陣の戦いを尻目に駆け寄ったデイジーが、親友の身体をぺたぺたと触る。

 怪我とかしていたら大変だからね。

 これには、親衛隊のふたりは舌打ちをこらえる表情だ。


 ちなみに、これを故事成語で漁夫の利という。わりとどうでも良いけど。

 つい、と、ふたたび邪竜が目をそらす。


 もてる男は大変だね、と、あさっての方向に向けられた視線が雄弁に物語っていた。

 まあ、傍目から見たら、三人の美少女に好かれてる男だから。

 しかも上位魔族、エルフ、人間。

 とってもバラエティ豊かである。


 仲間の男ふたりから舌打ちくらいされるでしょ。普通は。


「ドラゴンさん! あんた絶対誤解してるから! ねえドラゴンさんって!!」


 フレイの叫びだけが、広間にむなしく木霊していた。





「そもそも、俺はべつに戦う気はないぞ」


 冒険者たちが落ち着くのを待って、カオスドラゴンが口を開いた。

 この竜の名はヴェルシュ。

 ナザリーム要塞の守護者だという。


「ここって要塞だったのか……」

「むしろ、ここがナザリームじゃったのか、という感慨じゃな。儂としては」


 フレイの驚きに、カルパチョが笑ってみせる。

 仲間たちが視線で先を促すため、ふたたび彼女は口を開いた。


「儂のじーさまの代の話じゃから、一万五千年も昔になるかのう。天魔戦争っちゅー物騒な戦いがあったそうなんじゃ」


 それは神々と魔族が戦った大戦おおいくさである。

 ナザリーム要塞というのは魔族たちの前線基地のひとつだった。


「陥落したという話は残っていなかったのじゃが、なんと地下に埋まっていたとはのう」

「埋まったというか、埋められたんだがな。天使どもに」


 付け加えて、後ろ脚でぽりぽりと首を掻くカオスドラゴンだった。

 戦そのものは、結局痛み分けに終わり、神も魔も地上の支配権を確立させることはできなかった。

 いつしか神は天界へと去り、魔族も大半が魔界へと帰った。


「まあぶっちゃけ、冷静に考えたら世界を支配したって意味なくね? と、神も魔も思ってしまったということらしいがの」

「ぶっちゃけすぎじゃねっ!?」

「じゃがの。フレイや。そちは世界を手に入れたい思うか?」

「いらねーけどさ……そんなもん……」


 世界を支配して、金銀財宝と美女に囲まれたウハウハな暮らし。

 たぶんそんなものはない。

 ものすごーく散文的な義務ばっかりだ。きっと支配者なんて。


「同じじゃよ。人が政治に飽きるように、神だって魔だって飽きるものじゃ」


 シニカルな笑みを浮かべる魔将軍だった。


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