第7章 潮騒の街からとか、そういうやつ?

第48話 VSマンティコア


 フレイの戦闘力は高くない。

 それはたしかに事実である。


 もちろん一般人なんかと比べたらずっと強いが、ガルのような剛力はないし、カルパチョのような華麗な剣技もない。

 ちょっと勝負にならないのである。

 もし百回戦ったとしたら、フレイが勝てるのなんてせいぜい一回くらいのものだろう。


「しかしの、その一回を最初にもってこれるのが、フレイなのじゃよ」


 振り回されるマンティコアの前脚や尻尾を巧みに回避しながら、紅の猛将と称される魔王軍の幹部がうそぶいた。


「ゆえにこそ、フレイは我らのリーダーなのだろうよ」


 ぐっと踏み込むガル。

 カルパチョがどうしても避けきれない攻撃を、すべてその身で引き受ける。

 裸の上半身には次々と傷が刻まれ、血がしぶく。


「温い! 温すぎる!!」


 膝下に床を踏みしめ、一歩も退かない。

 むしろ、じりじりと前進するほどだ。


 目を見開き、涎を飛ばし。

 サソリの尾に刺されようが、巨大な爪で切り裂かれようが、三列の牙で噛み付かれようが、痛がる素振りすら見せず。


 それは戦士の心得でもある。

 どれほどのダメージを負っても戦士はけっして痛がってはいけない。

 お前の攻撃なんか効いてないぜ、という態度を取り続けなくてはいけない。

 弱みをみせれば、そこを攻撃されるのは道理だからだ。


 まあ、ガルの場合は他にも色々と異常だけれども。


「マリューシャーの奇跡を、貴方に!」


 その異常戦士の後ろでは、デイジーが舞い続けている。

 オンステージって感じで。

 スポットライトを浴びてないのが不思議なくらいだ。


「うおぉぉぉっ! 勇気百倍!!」


 投げキッスとともに回復の光に包まれガルが叫ぶ。


 耐えられる。

 どんな攻撃にだって。

 後ろには、いつだって天使がいるんだから。


「こい! マンティコアめ! そんな飴玉をしゃぶるような攻撃で、それがしの正義の心を折れると思っているのか!!」


 風車のように回転する戦斧が、叫びとともに叩きつけられる。

 何度も何度も。

 まさに狂戦士バーサーカーだ。


 マンティコアの目にも、もはやガルしか映っていない。

 叩き潰そうと振り上げた右前脚。

 付け根から斬り飛ばされる。


「じゃから儂を忘れるでないわ。寂しいじゃろ」


 婉然たるカルパチョの声とともに。

 なにが起きたのか判らず、一瞬、マンティコアが動きを止める。


 それは、砂時計からこぼれる砂粒が数えられるほど時間だったろう。しかし、この局面で一瞬を失うということは、永遠を失うに等しい。


「疾っ!」


 ミアが投擲した邪悪な投げナイフクピンガが風の精霊力をまとって飛ぶ。


大きいことは良いことだビガーイズベター!!」


 そこにかかるパンナコッタの魔法。

 みるみるうちに五倍十倍と巨大化した邪悪な投げナイフクピンガが、マンティコアの身体を、まっぷたつに両断した。


 直接的な攻撃魔法が通じないなら、魔法じゃない方法で攻撃すれば良いだけだ。 

 スペルユーザーたちがこの準備をするために、ガルとカルパチョが注意を引いたのである。


 前後ふたつに分かたれながらも、なおマンティコアが動く。

 左前脚だけでずりずりと。

 口を開くのは最後の力で魔法か呪詛でも使おうというのか。


 だが、その執念も及ばなかった。


「これで終わりだ」


 眉間に突き込まれるジャマダハル。

 モンスターの瞳から、光が消えた。


「フレイ!」

「ミア。ナイスアタック」


 駆け寄ってきたエルフ娘とハイタッチを交わす。

 けっこうぎりぎりではあったが、勝利である。






 かつてフレイの兄貴分であるA級冒険者のガイツは、マンティコアとの戦いに勝利し戦利品トロフィーとして、とある魔法の品物マジックアイテムを手に入れた。


 それは非常に価値のあるもので、冒険者ならずとも垂涎の逸品だ。

 魔法の収納袋、という。


 ガイツの持っているのは、馬車一両分くらいの荷物が収納でき、しかも袋以上の重さにはけっしてならない、夢のようなアイテムである。

 遺跡探索などで、荷物がいっぱいで宝物を諦める、という事態がほとんどなくなるのだ。


 これを欲しがらない冒険者がいたら、そのひとはきっと冒険者に向いてないので、早めの転職をおすすめしちゃうくらいである。


「どう? あった?」

「いやあ、ないなぁ」

「胃袋を裂いてみたけど、こっちもないねー」

「口の中にもないようだ」


 そんなわけで、フレイたち四人はマンティコアの死体を物色中です。

 ばらばらに切り刻みながらね!

 マンティコアばらばら殺人事件である。

 人じゃないけど。


「いい加減に諦めたらどうじゃ? それだけ探してもないのだから、持っていないと見るべきじゃろうよ」

「リーダーやミアはともかく、デイジーまでそんなばっちいことするんじゃありません」


 呆れ顔なのは物欲に乏しいカルパチョとパンナコッタだ。

 こいつらは、べつに宝物が欲しくてフレイチームにいるわけじゃないから。

 お金にも困ってないし。


 カルパチョはフレイを、パンナコッタはデイジーを、それぞれ気に入っちゃってるから一緒にいるだけなのである。

 冒険などおやつみたいなもんだ。


「くそう……あんなに苦労して倒したのに……」

「ま、仕方ないねー」


 未練たっぷりの親友の肩を、ぽむぽむとデイジーが叩いてやる。

 パーティー全体の収入にも関わることだから、なかなか簡単には諦めきれないのだ。


「とはいえ、いきなりマンティコアとは大盤振る舞いよね」

「であるな。フレイの読みがなければ危なかった」


 こちらはミアとガルだ。

 地下二層でマンティコア。

 少しばかり難易度が高すぎである。


 おそらくという域を出ないが、ガイツたちが出会ったマンティコアも、この新地下街から現れたのだろう。

 襲われた新人冒険者たちには気の毒だが、迷宮に挑む以上、百パーセントの安全など期待できない。

 調査され尽くした、なんていっても、こんなもんなのである。


 観光施設ではないのだ。

 常に危険と隣り合わせだし、そもそも相手はこちらの水準レベルになど合わせてくれない。


「どする? フレイ」


 ミアが訊ねた。

 進むか、戻るか、という趣旨の問いだ。

 最初に遭遇したのがマンティコア。ここから先、どんな難敵が登場するか判らない。


 安全策なら撤退もありだろう。

 たんに魔晶石を狙うだけなら、シスコーム遺跡の方がまだ安全である。


「進むさ。決まってるだろ」


 にやりと笑ってみせるフレイ。

 マンティコアはたしかに強敵だったが、彼らはちゃんと勝利した。


 つまり、これからも勝てるということだ。

 ちょっと論法としてはおかしい。過去の実績は必ずしも約束はしないから。しかし指標にはなるのである。


「だよね」


 ミアも微笑する。

 戦いにいちいちびびってたら冒険者なんかやっていられない。

 そもそも、こちらを殺そうと攻撃してくる相手に、弱敵など存在しないのである。


 隊列を組み直し、探索を再開する。


 といっても基本的にはマンティコアと戦った三段構えの陣形だ。

 フレイは遊撃として先行したり、中衛の位置についたりしている。

 やたらとうろちょろ動き回るリーダーなのだ。


 進むことしばし。

 偵察していたフレイが、すっと戻ってくる。


「階段があった。やっぱりまだ下がありそうだ」

「ふうむ。一体なんに使われていた施設なんだろうね」


 首をかしげながら、パンナコッタが紙束に構造を描き込んでゆく。

 地下街は、だだっ広い通路と両側に並ぶ小部屋から、まるで商店街のようなイメージだったためそう名付けられた。

 しかし、下の階層にそんなものがあるなら、あまり商店街という感じはしない。


 しかもアイアンゴーレムやマンティコアのような、魔法によって生み出されたものが封印されていたのだから、ちょっと普通ではありえないだろう。


「パンナコッタでも判らないのか?」

「私はべつに村の古老ではないからね。リーダー」


 ミアにからかわれたことを、ちょっぴり根に持っているダークエルフであった。

 年齢のことは少しだけ気にしてるのである。

 少しだけだけどね!


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る