第50話 ナザリームのウサギちゃん


「まあ、俺としても先の見えない戦争にはけっこうストレスがたまるからな。埋められたのを幸い、ばっくれてたんだよ」


 カオスドラゴンのヴェルシュが語る。

 地下深くに封印されたナザリーム要塞。むしろ好都合だった。

 だらだら寝て過ごすには。


「一万五千年の惰眠て……」


 さすがにフレイも呆れちゃう。ちょっとだらだらしすぎじゃないですかね。


「竜と人ではタイムスケールが違うからの」


 肩をすくめたカルパチョが弁護する。

 基本的に、同じ時間を生きているわけではない。

 一眠りして目を醒ましたら五百年くらい経っちゃってるのだ。

 ゾウの時間ネズミの時間ってやつである。


「まあ、ドラゴンなんかは平然と千年くらい寝るわよね」

「そのかわり、千年くらいずっと起きてるけどね」


 これはエルフとダークエルフの会話である。

 こいつらも、何千年って時間を普通に生きるのだ。


「つまり、たいした時間ではないってことか」


 ふむと腕を組むフレイ。

 降るときの長さの違いというのは、なかなか人間には理解できない。

 異種族婚がなかなか上手くいかない理由でもある。


「そうじゃな。そちの感覚に直せば、十五年くらいだらだらと引き籠もっていたというところかのう」

「たいした時間だったよ!」


 だめじゃんカオスドラゴン。

 ふつーにダメ人間じゃん。


「いやあ」


 ぽりぽりと頭を掻く。


「褒めてないよ!?」

「ゆーてフレイ。ここにいれば腹もへらねーし、下の階には温泉もあるんだぜ。娯楽室もあるし。働かねえだろ? 普通」


 同意を求められた。


 残念ながら冒険者たちの共感は得られなかった。

 そもそも、だらけたい人は冒険者アドベンチャラーなんか志さないのである。

 食い詰め者はべつにして。


 遺跡に潜ったり、怪物と戦ったり、とにかく未知とスリルが大好きな大馬鹿野郎はっかりなのだ。C級以上になって充分な貯蓄もあるクセに冒険者を引退しないような連中は。


「なんか疲れそうな生き様だな」

「否定はしないけど、好きでやってるから仕方ないな」


 ドラゴンの言葉に肩をすくめる人間だった。

 度し難い生き方なことは自覚しているのである。


「まあいいや。せっかくきたんだから、温泉でも入っていけや」


 んが、と、ヴェルシュが笑った。






 それはそれは立派な浴場である。

 大理石っぽい浴槽に、獅子のカタチをした彫刻からこんこんとお湯が注ぎ込まれ、高級感も満点だ。


「温泉名は」

「ナザリーム温泉じゃ」


 その温泉に浸かり、なんかプレートを持ったミアとカルパチョがレポートしている。


「種別は」

「内風呂じゃな」


 当たり前である。地下に埋まっているのだから。


「泉質は」

「炭酸水素塩泉じゃ」


 美人の湯である。

 どうでも良いが。


「効能は」

「慢性の皮膚病や内臓疾患などに効果があるようじゃな」


「一万年の微睡みの秘湯なのよ」

「とてもきれいになれるぞ」

『それではみなさん。おやすみなさーい』


 最後は声を揃えている。


「はいカット!」


 ヴェルシュの声が響いた。

 なんか人間に変身して、変な魔導具マジックアイテムを構えている。


「……なあ、これはいったいなんの儀式なんだよ」


 とてもとても疲れた顔でフレイが訊ねた。

 彼には、カオスドラゴンがやっていることが、さっぱり理解不能である。


 もちろんそれはフレイの専売特許ではない。

 誰一人として理解できないだろう。


 具体的には、一九六五年から二十五年ほど放送された深夜ワイドショーを知る人間でなくては。深夜に親に隠れてこっそりテレビを見ていた、甘酸っぱい思い出を持つ人間でなくては、けっして判らないのである。


「ねえ。ナレーションまでおかしなことを言いだしてるよー?」

「触れるなデイジー。突っ込んだら負けだ」


 謎の会話を交わすデイジーとガルであった。


 ちなみに、デイジーはウサギちゃん役には選ばれなかった。

 男なので。

 彼の性別を知ったヴェルシュの嘆きは大変なものだったが、これはまあわざわざ特筆するような話ではない。

 いつものことなので。


 それに、ミアとカルパチョという名花がいるのだから、撮影にはそんなに問題ないのだ。


「おお。良く撮れておるの」

「へえ。こんな風に映るのね」


 温泉から出てきた女性陣が、魔導具の映し出す自分の姿に感心している。

 映像だけを見ると裸に見えるのだが、彼女たちは胸から下を覆う水着を着ているのである。


 詐欺である。

 ふざけんなって感じである。


「や、だからな? なんでお前ら、こんなノリノリでバカなことやってんの?」


 心の底から問いたいフレイであった。


 まあ、話としては単純で、温泉を貸すからちょっと撮影させてくれよ、とヴェルシュが取引を持ちかけたのである。

 もし全裸ということであれば、カルパチョもミアも断っただろうが、水着着用だったし、報酬としていろいろくれるというので話に乗ったのだ。


 自動人形ゴーレムたちが、てきぱきと撮影機材を片付けてゆく。

 ちなみに、あれらも報酬の一部である。


 ゴーレムコアにする魔晶石を採取するために、フレイチームは地下街に挑んだのだ。

 事情とゴーレムの使用目的をきいたヴェルシュが、そういうことであるならばと、ナザリームの維持管理をおこなっているゴーレムを十機、譲ってくれると申し出たのである。


 他にも、当時の戦に使われていた武具とか。

 一財産だ。


「……カルパチョとミアごとき温泉紹介にそんな価値があるものか。デイジーならともかく」

「パンナコッタ。それ本人たちに言うなよ? 殺されるぞ?」


 危険な発言をするダークエルフをたしなめるリーダーだった。

 突っ込みすぎて疲れた。


 ゴーレムたちが中央部に仕切りようのカーテンをかけてゆく。

 男湯と女湯には分かれていないためだ。

 こうしないと混浴になっちゃうのである。


「儂としては、フレイと一緒に入るのも吝かではないのじゃがな」

「カルパチョがこないだの依頼に一緒にこなくてホントに良かったわ」


 温泉に何泊かしたのである。

 どんな間違いが起きるか知れたものではない。


「仕事中にそんなことはしないさ」


 女性陣の会話に、当のフレイが反応する。


「あ、はい」

「……フレイはそういう男じゃったな」


 呆れたように顔を見合わせる女たちであった。

 公私の別がものすごーくはっきりしたやつなのである。





「うん。あれは詐欺だな」


 湯舟でくつろいでいるデイジーを見ながら、ヴェルシュが苦笑を浮かべた。

 脱いだらホントに男だった。


 もちろんカオスドラゴンは人間なんぞに欲情したりしないが、なんとなく残念な気分である。

 そのデイジーの左右は、ガルとパンナコッタがかためている。


 ちなみに彼らは信仰者ファンクラブの連中から嫉妬されているらしい。

 同じチームだからね。

 こうやって一緒に風呂に入ることだってあるさ。


「背中流しっこしようよ!」

「も、もちろん」

「よ、喜んで」


 ガル、デイジー、パンナコッタと並んで洗い場に座り、背中を流しあっている。


「なんというか、子供のような光景だな」

「まあ、仲が良いことだけはたしかだよ」


 なんともいえない顔で見守るヴェルシュとフレイだった。

 いがみ合っているよりはずっと良い、というところだろうか。


「てうかヴェルシュ。ホントに一緒にくるのか?」

「人間の世界を見てみたいからな。引き籠もってるのも悪かねえけど、せっかくの機会なんで」


 なんとこのカオスドラゴンは、人間界観光をしたいから連れていって欲しいと依頼したのである。

 そしてフレイたちは冒険者だ。

 依頼があればなんでも受ける。それが犯罪に関わるものでないかぎり。


「ナザリームはどうするんだ?」

「どうするもなにも、ここにもう意味はないさ」


 一万年以上前の要塞である。

 戦略的な価値など、とっくの昔に消滅している。


「それに、これから冒険者たちがぞろぞろやってくるとなれば、いちいち相手するのもめんどくせえし」

「そっちが本音かよ」


 ものぐさドラゴンのものぐさな言い分に、思わず吹き出すフレイだった。


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