第51話 邪竜が街にやってきた!
「あの、係員さん」
おずおずと話しかけたフレイに、
「……今度はなにをやらかしたのかね? フレイくん」
きらりと光る片眼鏡。
フレイの頬を汗が伝う。
怖い。
世の中には怒らせない方がいい相手というのがたくさんいて、それは人によって違うだろうが、フレイの場合にはこの係員が必ず入る。
他には、アンキモ伯爵とか、ミアとか、カルパチョとか、ガイツとか。
多すぎである。
どんだけやらかし人生を送ってんだって話だ。
「えっとですね。地下街の話なんですが」
「……潜ったのかね?」
「ええまあ」
「……危ないことをしちゃいけないって、いつも言ってるでしょ」
お母さんみたいである。
そもそも、危険に挑まない冒険者は、あんまり冒険者じゃないような気がする。
そのあたりを突っ込むとまた怒られちゃうので、フレイは短く謝罪したのみだ。
冒険者が冒険をして叱られる。
せちがらい世の中である。
「で? 地下街がどうしたのかね」
「えっとですね。またまた別室をお願いしたいんですが」
卑屈に揉み手などしてみせるフレイだった。
だって、この場で後ろにいるヴェルシュを紹介するわけにもいかないし。
「……いいだろう」
はぁぁぁ、と、海よりも深いため息を吐いた係員が、暫時離席と書かれたプレートをカウンターに置いた。
地下街の下にあったのはナザリーム要塞という太古の軍事施設である。
数百名の兵士が寝起きできる出撃拠点だったのだが、敵の大魔法によって地下に沈められてしまった。
そこから一万年以上の時間が流れ、先日、地下街からナザリームへと通路が開いた。
偶発的な事故である。
しかし敵襲と錯覚した要塞の思考結晶はアイアンゴーレムを出撃させた。
「とまあ、これがこないだの事件のあらましなんですけど」
「……その与太話を信じろ、と?」
うろんげな表情の係員だ。
組合の別室である。
そう滅多に使われることはないらしいのだが、どういうわけかフレイは何度もこの部屋に入ったことがある。困ったことに。
「ですよねー……」
おもわずフレイも頷いてしまう。
こんな話を頭から信じるようなパラダイスのーみその人間は、もしかしたらいるのかもしれないが、きっと少数派だろう。
「いやまあ、信じるけどな」
「信じちゃうんだ!?」
「だってフレイのやることだし」
「俺の扱い、日に日に悪くなってませんか?」
だってってなんだよ。
だってって。
信じてもらえるのはありがたいけど、扱いが雑すぎる。
「で? その御仁は?」
フレイの恨み言には付き合わず、係員が視線をヴェルシュに向けた。
闇のように黒い髪と深淵のような黒い瞳。
肌は病的なまでに白い。
見かけない顔だが、もちろん彼はザブールに居住するすべての人間の顔と名前を一致させているわけではない。
「ナザリーム要塞の管理者、
さらっとフレイが紹介する。
ホントにね!
さらっと何事もなかったかのようにね!
なに言ってやがんだこいつは!!
「フレイくん。ちょっといいかな」
来客用のソファから立たせ、廊下に引っ張り出す。
ヴェルシュには、ちょっとだけお待ち下さいなどとにこやかに笑いながら。
「フレイてめえいまなんつった」
「係員さん。怖い怖い」
ぐぐい、と、顔を近づける係員にフレイくんびびりまくりですよ。
「ドラゴンだと? しかも
「ですです。あ、あの見た目は変身魔法ですよ」
「私が気にしているのはそこではない。まったくそこではないよ。判ってくれるかね? フレイくん」
じりじりと顔が近づいてくる。
やばい。
このままではかじられる。
頭から。がぶっと。
「係員さん。おちついて。おちついて」
「……失礼。取り乱したようだ」
深呼吸して、なんとか冷静さを取り戻そうとする。
OK。
大丈夫だ。
まだ焦るような時間じゃない。
「いいだろう。どうしてフレイくんがカオスドラゴンを連れてきたのか、まずそれを訊こうか」
「人間界を見たいらしいんですよね。で、どうせだったら冒険者をやってみるかって」
「…………」
一万年を
しかもそのチームには、魔王の四天王の一人とか、禁呪を操るダークエルフとか、頭おかしいエルフ娘とかいる。
あと、美少女にしか見えない少年とか。
こいつらに比べたら、半裸戦士なんて地味地味。
没個性だといって良いくらいだ。
いやいや、ガルなんてどうでも良いんだって。
邪竜が住むの? ザブールに? アンキモ伯爵のお膝元に?
うん。
これは夢だね。
疲れてうたた寝しちゃったんだよ。
仕方ないね。ストレスのたまる仕事だからね。
「……おやすみ……せめて夢の中では平穏を……」
「係員さん! 意識を手放さないで! 現実と戦って!!」
フレイが係員の肩をつかみ、ゆっさゆっさと揺すっていた。
結論からいうと、ヴェルシュの冒険者登録は認められた。
断って暴れられたら大変だから。
邪竜ですよ。街中で大暴れなんかされたら災害レベルですよ。
帰れと言えない以上、受け入れるしかない。
フレイチームには魔将軍カルパチョがいるんだし、うまく彼女が押さえ込んでくれるんじゃないかなー、という淡い期待を抱きながら係員はヴェルシュの
体裁としてはC級冒険者である。
フレイチームのメンバーたちに合わせた格好だ。
便宜をはかってくれた礼として、ヴェルシュは竜鱗を三枚ほど係員に手渡した。
邪竜の鱗である。
価値としては、金貨にして千枚以上になるだろう。
目を白黒させる係員を置いて、とっとと組合を後にしたふたりである。
「ヴェルシュって、あんがい賄賂とか使うんだな」
「まあ、タダでモノをもらって悲しむやつはいねーからな」
生臭いことをいうものぐさドラゴンである。
魔の陣営においてどうやって出世したのか、じつによく判るというものだ。
「なんにしても、しばらくの間よろしくな。フレイ」
「ああ。こっちこそ」
差し出された右手を握り返すフレイだった。
一方そのころ、ミアとカルパチョはエクレアの屋敷を訪れていた。
なんでこのふたりなのかというと、そのほうが依頼人が喜ぶからである。
特殊な性的嗜好の持ち主なので。
「ゴーレムコアではないが、維持管理用の
ふたりの後ろに並ぶのは執事服をまとった自律型魔法人形が十機。
けっこう壮観である。
掃除、洗濯、炊事、ちょっとした格闘戦までこなせる万能選手だ。
「ゆーて、強さとしてはオーガーに勝てぬ程度らしいがの」
人間の街で運用するには充分じゃとは思うが、と付け加えるカルパチョ。
「すぱらしいよ! カルパチョお姉様!」
ひしっと抱きつくエクレア。
相変わらずコミュニュケーション過多である。
女性に対してだけ。
「そちはいちいちひっついてくるのう」
べつに嫌な顔も見せず、頭を撫でてやるカルパチョだった。
顧客サービスは欠かさない。
さすが魔将軍。人心掌握はお手のものだ。
「じゃあ、これで契約満了ってことで良い? エクレア」
ミアの態度は事務的なものである。
「うんうん。ミアもありがとうね」
「れえかはずれ」
抱きついてこようとする元王子さまを押し返す。
「ミアがつれないー」
「つられてやるつもりがないからね」
なんで同性同士でいちゃつかないといけないのか。
不毛すぎるでしょ。
「組合には、私から完了報告すればいいの?」
「ええ。報酬もギルドにお願い。そっちからわたしたちに渡されるから」
ごく軽く説明する。
依頼人から直接受け取ると、いろいろとトラブルに発展してしまうのである。
フレイチームとエクレアは知己であるが、だからといって原則を逸脱する理由にはならない。
「OKOK。やっておく。お茶くらい飲んでいってよ」
「まあ、そのくらいなら」
「変な薬を入れるでないぞ」
エクレアの誘いに、ミアとカルパチョが微笑した。
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