第69話 名物爆誕
先述の通り、ナナメシの街には全国各地の食材が集まる。
王都までわずか三日という地理的な好条件もあって、多くの交易商人が立ち寄るからだ。
そして商品の一部を売りさばく。
さすがに王侯貴族や豪商が食べるような高級食材は王都に直行だが、庶民的な商品であれば、むしろナナメシの方がよく売れるくらいだ。
というのも、王都プリンシバルはこの国の中心だけあって、やっぱり往来に関してのチェックが厳しい。
より正確には、街門を守る兵士たち渡す
なので、王家御用達とかのお墨付きをもった交易商ならともかく、一般の商人は王都に入る前になるべく荷物を軽くしようとたくらむのだ。
結果、王都から最も近い都市であるナナメシが富み栄えることとなる。
「けどさ。王様としては面白くないんじゃない? それって」
エールの注がれた木製ジョッキを置き、ミアが首をかしげた。
酒も肴も、まず上等なものが供されている。
なにしろフレイチームは街を救った英雄だから。
守備兵の隊長さんから高級宿を紹介され、宿泊費も飲食代もすべて守備隊で持つって厚意までもらっちゃった。
明日になれば、正式に謝礼の話とかがくるだろう。
「いやいや。エルフの嬢ちゃん。王様はむしろ喜んでるさ。なにしろナナメシは直轄領だからな」
陽気に酒場の親父さんが教えてくれる。
この陽気さは彼だけの専売特許ではなく、他の客も、それどころか街全体がお祭り騒ぎだ。
それはそうだろう。
二百を超えるモンスター軍団に襲撃されたのに、ほぼ損害なしで撃退しちゃったのである。
せいぜい街門と街壁がちょっと傷ついたくらい?
あとはモンスターどもの死体の処理がめんどくせーってくらいだ。
まともに考えたら、この戦果はありえない。
守備兵や傭兵たちがいかに勇戦したところで、街への侵入は間違いなく許してしまっただろう。
そうなれば民衆の命だって危険にさらされる。
最終的にモンスターを全滅させることができたとしても、ある程度の損害は覚悟しなくてはならないのが戦争というものなのだ。
それを戦死者ゼロ、重傷者ゼロのパーフェクトゲームとか、どんだけ頭おかしいんだって話である。
その頭おかしい戦果の立役者がフレイチームだ。
そりゃ歓待だってしますよ。
しかもチームの中には、風の噂に聞こえる「ザブールの天使」デイジーがいるんだもの。
「王都が潤おうとナナメシが潤おうと、結局は王様の利益になるって寸法か。よく考えたもんだな」
骨付き肉を片手にフレイが感心する。
デイジーのもとに押し寄せる
慣れたもんである。
ザブールの街でも、ガルとパンナコッタはデイジーの
武芸より先に極めちゃったくらいである。
「しっかし、街の危機に天使様がきてくださるなんて、やっぱりナナメシは持ってるよなあ」
がっはっはっ、笑う親父さん。
だいぶできあがってる。
これ、明日とかってみんな仕事になるんだろうか。二日酔いで。
余計な心配をしてあげるフレイだった。
「ただの偶然よ。わたしたちは王都に向かう途中だったの」
ミアの返事は素っ気ない。
デイジーばっかりチヤホヤされてるから不機嫌、なわけではなく、もともとこういうやつなのである。
仲間にはそれなりに優しいけど、他人に対してはけっこー冷たいのだ。
あ、いや、仲間にもわりと容赦ないかもしれない。
蹴るし殴るし魔法撃つし。
どれも経験済みなフレイがこっそりと息を吐いた。
なんで俺、こんなのに惚れてるんだろう、と。
「王都? 観光かい?」
「王様に呼び出されてんのよ。面倒くさいことにね」
「へへえ! さすが天使様のご一行だ!」
親父さん的には、デイジーこそがチームリーダーなのだろう。
べつにミアは怒らなかった。
むしろ、こいつらの前でフレイとデイジーをいちゃつかせたらどういう反応をするかな、とか、不埒な好奇心を抱いてるくらいである。
この場で手料理を作らせてみるとか?
いいかもしれない。
「ねえフレイ。エルフの料理食べてみたいって言ってたよね」
「あ、ああ。『ぎんざ』だったか」
不意に訊ねられ、ややフレイが面食らう。
「けど、突然どうしたんだ?」
「食材豊富だから作ってあげようかなって。デイジーと一緒に」
にまぁ、と、笑うミアだった。
店の親父さんに材料を用意してもらい、信徒の対応に忙しいデイジーを呼び寄せて料理を始める。
といっても、そう難しい料理ではない。
鶏肉に下味をつけ、小麦粉をまぶして油で揚げるだけだ。
ただ、揚げるという料理があまり一般的でないため、人間たちにはたいそう珍しい。
「簡単だね! しかも美味しそう!」
せっせと鶏肉に粉をつけながら、デイジーが喜ぶ。
さすがに油の世話は危ないからってやらせてもらえないのだ。
ミアみたく二本の棒を右手で器用に操ることもできないしね。
「食べてみ」
こんがりキツネ色に揚がった鶏肉を、ほふほふといただく。
「うっまーい! これが『ぎんざ』なんだねーっ!」
「人間の言葉で近い発音だと、カラーゲになるかしら」
「カラーゲ! 言いやすい!」
そんなこんなで、大皿に山盛りにされたカラーゲをもって、ミアとデイジーが食堂に戻る。
ここでフレイに対してデイジーが「あーん」とかやったら地獄絵図になるだろうなー、というのがミアの計画である。
しかし、その目論見は頓挫してしまう。
デイジーの周囲にはガルを中心として信徒どもが集まってしまったからだ。
もう、エサをねだるひな鳥みたいな感じで。
そんなに可愛らしいもんじゃないけど。
「あらら。仕方ないから、わたしがあーんしてあげるわよ」
「どういう思考経路で仕方ないと思ったのか、問い詰めたい。一刻ほども問い詰めたい」
差し出されたカラーゲをみつめ、フレイが心の底から質問した。
彼には他人の内心は読む特殊能力はないから。
「なにさ。やなの?」
「いやじゃない。むしろ嬉しいけどさ」
「だったら、つべこべ言わずに食え。この唐変木が」
なぜか罵られながらもぐりとカラーゲを頬張る。
「うまっ! なにこれうっまっ!」
フレイさんびっくりです。
生まれて初めて食べた揚げ料理は、ちょっと驚くくらい美味しかった。
「だしょ?」
ミアが笑う。
デイジーとフレイをいちゃつかせて地獄を作ろう、なんてヨコシマな計画を立てていたはずなのに。
しかもそれが失敗したはずなのに。
その笑みは、なぜか計算通りと語っているようだった。
ちなみにこの後、カラーゲなるエルフ料理は、
そして、串に刺したものが街頭の屋台で売られたり、あるいは大ぶりのカラーゲをパンに挟んだり、様々なバリエーションも生まれていった。
発案したのは、みんなの
戦いに疲れた戦士たちに精をつけさせるため、という、うさんくさい伝説まで付加されて。
「ていうか、伝説なり伝承なりが作られていく瞬間ってのを初めて見たわ」
とは、エルフ料理を伝えた本人であるミアさんの言葉である。
自分の功績が語られなかった点について、彼女はべつに不平も不満も漏らさなかった。
まあ、基本的に他人のやることにあんまり興味がないから。
こうして、歓待を受けたり伝説を作ったりしながら、三日ほどの時間をナナメシで過ごし、ふたたびフレイチームは王都を目指す。
臨時収入で暖かくなった懐で。
「予定より二日も長居してしまった。ずっとここにいたら堕落してしまいそうな街だったな」
「まあね」
フレイの言葉にくすりとミアが笑う。
ちょっとだけ肉が付いちゃった頬を眺めながら。
美味いものが溢れてる街というのも、いろいろ問題ではある。
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