第68話 我が勝利の天使!
一撃で四割の損害を出してしまったケンタウロスたちだが、それでもひるむことなくフレイたち肉薄する。
その前に立ち塞がるのはガルだ。
ぶんと戦斧を振れば、二頭のケンタウロスが人と馬に分かたれる。
残りは四。
しかし一人で相手にできる数ではない。
囲まれ、斬られ、蹴られ、半裸の身体に無数の傷が刻まれてゆく。
「ぬるい! ぬるすぎる! この程度の攻撃で
叫びとともに戦い続ける。
あきらかな致命傷でも、まったく怯まない。
異常な闘志と異常な耐久力には、もちろん理由がある。
少し離れたところでラブリーなダンスを続けるデイジーが投げキッスをガルに送るたび、彼の傷が回復するのだ。
マリューシャー女神の奇跡である。
手に持った
デイジーオンステージって感じだ。
回復者がいる、と、悟ったケンタウロスどもがガルの包囲を解除して、デイジーへと迫る。
いや、迫ろうとする。
もちろんガルはそんなものを許すはずがなかった。
「デイジーを攻撃しようなど。天が、神が許したとしても、
後ろから振り下ろされた戦斧が、ケンタウロスの身体を左右に両断した、
そのまま三歩ほど走り、ばたりと倒れる。
哀れな仲間を尻目に駆けたケンタウロスたちは、七歩分だけ前に進むことができた。
高速回転しながら飛来した
「惜しいかったわねえ。あと二十歩くらいで届いたのに。悔しい? 悔しい?」
地上へと落ちてゆく首に、ミアが満面の笑みで語りかける。
もちろんケンタウロスたちが、サイコパスエルフの声を認識できたかどうかは判らない。
機動力の高いケンタウロスが全滅した。
この意味に気づかないような人間は、冒険者としても傭兵としても、もちろん軍人としても大成できないだろう。
フレイたちを鏖殺しようと動き出したオーガーやホブゴブリンの後方で、ゆっくりと街門が開いてゆく。
現れたのは完全武装の兵士たちだ。
しっかりと隊伍を組んで押し出す。
こうなってはゴブリンなどでは対抗できない。身体も小さく力も弱い彼らは、奇襲によってしか人間とは戦えないからだ。
だからオーガーとかの背後から、ちくちくと攻撃するのである。
正面決戦に向いた連中ではない。
逆にいえば、人間としては是非とも正面決戦に持ち込みたい相手だ。
そのためには機動力のあるケンタウロスや、防御力の高いホブゴブリン、攻撃力が桁外れなオーガーどもが大変に邪魔である。
街門に張り付かれていては、開けた瞬間になだれ込まれるからだ。
そのために突撃隊を組織して攪乱しようとした。
しかし、フレイチームが厄介な連中を吸い出してくれた。
隊伍を組み、大盾を並べて前進し、その隙間から
こうなってはゴブリンになすすべはない。
短剣などで大盾は貫けないし、ジャンプして飛び越えようとしても串刺しにされるだけ。
ぐいぐいと押し出した守備兵たちが街の外に橋頭堡を築く。
すると傭兵や冒険者の腕利きがそこから飛び出し、一匹また一匹と屠ってゆくのだ。
個人戦闘こそが彼らの真骨頂である。
豪快な、あるいは華麗な剣技がゴブリンどもを切り裂き、道を作り、そのまま突出してゆく。
フレイたちに向かっているオーガーやホブゴブリンの背中を襲うために。
理想的な挟撃となった。
鈍重なオーガーどもでは、後ろの敵のさらに後ろに回り込む、なんて芸当はできない。
迫りくるナナメシの戦士たちを正面から受け止めるしかないのである。
このために、フレイはまずケンタウロスを各個撃破の対象にした。
もちろん街の連中にも見えるように。
二百近くもいるモンスター軍団のうち、たった二十頭のケンタウロスの存在を消すことが死命を制した。
そもそもモンスターの恐ろしさとは、その神出鬼没さにある。
しっかり隊列を組んで戦えるなら、ゴブリンなど軍隊の敵ではない。
「そして、背中を向けてるオーガーなんぞ、怖くもなんともないってわけさ」
ナナメシの戦士たちを迎え撃つために背を見せたオーガーの膝裏を、フレイのミドルキックが蹴り抜く。
バランスを崩して倒れ込む巨大な鬼のぶっとい首をむんずと掴んで半回転。
自重も手伝い、オーガーの首がけっして曲がってはいけない方向にごきりと折れる。
「相変わらず、フレイの戦い方には無駄がないな」
賞賛したガルが、ぶんと戦斧を横に振る。
胴薙ぎされたオーガーの上半身がどさりと地上に落ちた。
とんでもない切れ味は、もちろんデイジーが使ったマリューシャーの奇跡のおかげである。
あんな格好しているけど、じつは
ザブールのマリューシャー神殿のナンバー2なんです。
授けることのできる神の奇跡だって、ものすごい強力なものだ。
これにガルの戦技と膂力が加わったら、まさに鬼に金棒。オーガー真っ二つなんて頭おかしい芸当もできちゃうのである。
とんでもない戦果に、ナナメシの戦士たちが歓声を上げた。
ヴォォォォ! と。
そして一方の士気高揚は、他方の意気消沈である。
おそらく街を代表するような強者たちが、期を逃さずに次々とオーガーやホブゴブリンに襲いかかる。
もともと戦士たちの方が数が多いのだ。その上、挟撃体勢が完成しているし勢いでも勝っている。必勝の条件といっても良いだろう。
ただ、もちろん無傷というわけにはいかない。
オーガーが振り回す金棒にしても、ホブゴブリンの拳にしても、まともに当たれば致命傷になるのだ。
うまく流せたとしてもダメージそのものは徐々に蓄積してゆく。
そこで出番となるのがデイジーである。
ショートカットにした髪、額に輝くサークレット。
ひらひらと翻る愛らしい衣装と、ホットパンツから伸びた健康的な太腿。
右手に持ったステッキを振りながら詠い、舞う。
マリューシャーに愛を捧げ、人々の幸福を祈る聖歌を。
投げキッスとともに光が降り注ぎ、戦士たちの傷を癒やしていゆく。
もちろんガルやフレイの怪我も。
「すまぬ。デイジー」
「助かるぜ!」
後方に親指を立ててみせる男二人に、デイジーがぱちんとウインクを送る。
フレイは苦笑しただけだが、ガルは勇気百倍だ。
デイジーの名を叫びながら
彼だけではない。
先ほどから癒やしの光を放っている女神の名を知ることができた漢たちが、口々にその名を呼びながら戦い続けるのだ。
『デイジー! デイジー!
と。
ケンタウロス、オーガー、ホブゴブリンは全滅、三十ほどにまで打ち減らされたゴブリンが逃走を始める。
以後は掃討戦に移行するだろう。
深追いは禁物だが、黙って見逃してやるほど、人間たちはお人好しではない。
容赦なく背に矢を浴びせ、追いすがって頭をたたき割る。
「ふう。だいたい片付いたか」
その様子を見ながら、フレイがどっかりと地面に腰を下ろした。
怪我は回復の奇跡で癒やすことができるが、疲労の方はどうにもならない。
最初から最後まで戦い続けだったフレイは、かなり控えめにいっても疲労困憊である。
「お疲れちゃん。フレイ」
近寄ってきたミアが水筒を投げ渡してくれた。
ぐびりと喉を潤す。
「さすがの采配だったわね」
横に腰かけ、少し体重を預けながら褒めるエルフ娘。
「みんなの力があればこそだろ」
照れ笑いは褒められたことに対してか、ミアの行動に対してかは判らない。
視線を動かせば、ガルに肩車してもらいながら街の戦士たちの間をねりあるくデイジーの姿が見える。
なんというか、凱旋コンサート? みたいなノリだ。
「なんだか、この街にもデイジー教の信徒が増えそうだなぁ。爆発的に」
やれやれと肩をすくめるフレイ。
「れえかはもほ」
苦笑しながら呟くミアであった。
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