第67話 美食の街の戦い


 にわかに街の方が騒がしくなる。

 なにかあったのは間違いない。


 しかも警鐘を鳴らしているのだから、容易ならざる事態と考えて良いだろう。


 スリとかひったくりみたいなちょっとした事件で警鐘を叩くわけがない。

 災害か、襲撃か、とにかくも街の人々に警戒を呼びかけなくてはいけない出来事があったということだ。


「どうする?」

「いってみるさ」


 ミアの質問に短く応え、フレイが足を速める。

 ガルとデイジーが顔を見合わせて微笑したあと、リーダーに続く。


 いまさら確認するまでもない。

 フレイというのはこういう男だ。

 誰かが困っているなら、絶対に放置しない。


 敵対する相手には容赦しないが、それ以外に対しては優しいしお節介なのである。

 良心的でいられる範囲においては、できるだけ良心的でありたい、とは、彼自身が語ったことだ。

 当たり前のことだが、これが案外難しい。


 優しすぎる人間というのは、ときとしてそれを甘さや優柔不断の言い訳に使ってしまう。

 敵を殺せないとかね。


 逆に厳しすぎる人間というのは、えてして弱い者にも厳しかったりする。

 弱さは罪だ、なんて発言がそういうのに当たるだろう。


 その意味でフレイの為人というのは非常に安定しており、彼の判断を仲間たちは信頼している。


「なにがあったのかしら」

「逃げてくる人がいないってことは、襲撃かもしれないな」


 駆け足程度の速さで歩きながらの会話。

 全力疾走はしない。


 状況が判らない以上、そこまで急いでも意味がないという理由もあるが、移動で消耗してしまっては変事にも凶事にも対応できないからだ。

 街に着いたとき、すぐに戦いとなる可能性だってあるから。


 息が整うまで待ってくれ、といって待ってくれる敵というのは、もしかしたら存在するのかもしれないが、たぶん少数派だろう。

 少なくともフレイは見たことがない。






 やがて見えてきたのは、堅く街門を閉ざしたナナメシの街と、それに取り付くモンスターどもだった。


「ケンタウロスが二十。オーガーが十、ホブゴブリンが三十にゴブリンは百ってとこか。こんな大群、どっから現れたんだ?」


 目の良いフレイがざっと確認する。

 死角になっている部分もあるし、きちんと頭数をカウントしたわけではないので、だいたいの目算だ。


「四人でどうにかなる数じゃなさそうね」

「ヴェルシュがいたら余裕だろうけどな」


 ミアの言葉に肩すくめてみせるフレイ。


 そりゃあ邪竜カオスドラゴンのヴェルシュがいたら、モンスターの百や二百くらい、ものの数ではないだろう。

 ただし、こんな場所にドラゴンが出現しちゃった場合、どう説明するんだって話である。


 一万年以上のときを生きてる古代竜エイシェントドラゴンが仲間なんですー、てへ♪ とか、笑ってごまかせるわけもない。

 ナナメシの街は今現在以上のパニックになっちゃう。


「それ以前の問題でしょ。いないもんを頼ってどうするのよ」


 彼が留守番しているザブールは、はるか七日も後方である。

 魔将軍カルパチョも魔導師パンナコッタも、遠くザブールの空の下。

 連絡の手段すらないのだ。


「ま、そうなんだけどな」

「そのわりには余裕そうだね。どうするつもりなの? フレイ」


 デイジーが訊ねる。

 このまま進めばじきにモンスターたちの索敵圏内に入るだろう。そうなったらナナメシを攻撃している連中の何パーセントかはこっら向かってくるのは明白だ。


 五匹十匹ならともかく、軍団単位でこられたら勝負にならない。

 ガルの勇猛があろうと、ミアの魔法があろうと、いずれ包囲されて皆殺しにされてしまう。


「俺たちだけで戦ったら、そうなるだろうな」

「つまり?」

「シティガードくらいいるべや。この規模の街だったら」


 に、と、フレイが笑った。

 街を守る守備兵と連携して戦うのだという構想を語って。


 ナナメシはザブールと同じくらいの規模の都市だ。領主が誰なのかはフレイは知らないが、間違いなく貴族が治めている。ということは当然のように私兵集団が存在しているだろう。

 それがシティガード。街を守る戦力だ。


 彼らだって、モンスターどもの攻撃をぼけーっと見ているわけではない。

 街門を守っているだけでは勝てないってことも知っている。

 攻勢に出る好機を伺っているはずだ。


「たぶん今頃は決死隊を募ってるはずさ」

「であろうな」


 ガルが頷く。


 モンスター軍団のどてっ腹にくさびを打ち込む突撃部隊だ。

 生還できる確率は高くないが、このままカメみたいに防御を固めていたって事態が好転するわけでもない。

 むしろ、時間が経てば経つほど状況は悪くなる。


 冒険者同業組合の腕利き、傭兵ギルドの強者、そういう連中に声をかけて集団を形成していることだろう。

 ザブールを巨大ゴーレムが襲ったときと同様に。


「その動きと連動しようというのだな。理にかなっている。しかしフレイ、タイミングを間違えば地獄だぞ」


 なにしろ彼らは四人しかいない。

 囲まれたら終わりなのだ。


「たった四人を相手に、全員で向かってくるはずがないからな」


 そう言って、フレイがちょいちょいと敵陣を指さす。

 編成を見てみろよ、と。


「なるほど。そういうことか」


 にやりとガルが不敵な笑いを浮かべた。







 のこのこと街道を進んできた旅人を見つけ、モンスターどもが歓喜の声を上げる。


 血祭りにあげるべき絶好の生き餌だ。

 彼らを引き裂き、その亡骸を街に見せることによって抵抗の意思を削ぐ。


 野蛮なもくろみのもと、十頭のケンタウロスが駆け出す。

 機動力に優れた半人半馬のモンスターだ。


 ホウホウと奇声を上げ、馬蹄を轟かせながら旅人たちに迫る。

 そして、指呼の間まで近づいたとき、一斉に転倒した。


 モンスター軍団と、街壁の上から遠望していた人々の目が見開かれる。


 何が起きたのか判らない。十騎の騎馬隊が何もない街道で同時に転倒とか、普通にあり得ないから。

 たとえばロープを張られていたとか、そういう罠に引っかかった状況だって転ぶのは先頭の一騎か二騎だけだ。


「いっせいに大地の手スネアに足を掴まれるなんてシーン、そう滅多に見ないだろうからね」


 旅人の一人がバサリとフードを跳ね上げる。

 栗色の髪がさらさら風に流れた。

 あらわになった美しい顔には、三日月のような笑みが張り付いている。


 迫り来るケンタウロスどもに小揺るぎもせず、薄ら笑いを浮かべながら魔法を使うなんてサイコパスは、たぶんこの国に一人しかいない。

 もちろんミアだ。


「さあ、やっておしまい!」

『イーッ!』


 謎のかけ声をハモらせて突進するフレイとガル。

 前者の脚甲グリーヴは燃えるような深紅の輝きを、後者の戦斧バトルアックスは聖なる白い光を放っている。

 ミアの魔力付与ファイアウェポンとデイジーの魔力付与ホーリーウェポンだ。


 しゅっと風を切って放たれたフレイの回し蹴りは一撃でケンタウロスの首を飛ばし、渾身の力で振り下ろされるガルの戦斧は人馬の巨体を一刀両断にする。

 瞬く間に数を減じてゆくモンスター。


 大地の精霊ノームに足首を掴まれて転倒し、機動力を失ったケンタウロスなど、フレイやガルの敵ではない。

 三十を数えるほどの時間で全滅である。


 このときになって、ようやくケンタウロスの第二陣が駆け出した。

 フレイたちに向かって。

 数はふたたび十。


 これでケンタウロスは全部だ。


「ケンタウロスさん。遅い。遅いよ」


 死体から奪った弓矢を構えるフレイ。


「かカイ? だんるてっいをになはえまお」


 みょーに平坦な口調でエルフ語をつぶやいたミアが、彼の肩に触れる。


「おけ。って良いわよ」

「あいよ」


 フレイが四本同時にを放つ。

 こんな撃ち方をして当たるわけがない。


 むしろ飛ぶわけがなのだが、矢は高速で宙を走り寸分の狂いもなくケンタウロスの眉間に吸い込まれる。

 風の精霊シルフの加護だ。


 足の速いケンタウロスたちが吸い出されるように突進して、どんどん倒されてゆく。

 これがフレイの作戦。


 すなわち、各個撃破である。

 

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