第66話 王都への旅


 ザブールから王都プリンシバルまでは十日ほどの行程だ。

 街道は整備されているため、宿場に泊まりながら旅をすることになる。


「グルメ都市のナナメシにも寄るんでしょ。たのしみだねー」

「物見遊山の旅じゃねーんだけどな」


 きゃいきゃいと騒ぐデイジーをフレイがたしなめた。


 十日の旅程ということは、途中に九つの宿場町なり都市なりがはさまっているということ。

 ナナメシというのもそのひとつである。


 誰が呼んだか美食都市。

 王国各地の美味いものが集まる街らしい。

 もちろん食材の高級さは王都の方がずっと勝っているのだろうが、なんというか、庶民の味大集合って感じなのだそうだ。


ワイルドボアいのししの丸焼きとかもやってるらしいわね」

「それは豪気だ」

「豪快なだけで、べつに美味しくはないわよ。ガル。肉はちゃんと部位に分けて、適切な調理をしたモノが一番なんだから」


 ふふ、と、ミアが笑った。

 肉には一家言あるエルフなのである。

 ていうか、こいつに肉料理のことを語らせたら、長いこと長いこと。


「相も変わらず、ミアは肉にうるさいな」

「だくにはかなのよ」


 エルフ語の格言らしい。

 意味はさっぱりわからないが、人間よりもはるかにながい歴史をもつエルフたちの言葉だから、きっとすごい含蓄深い格言なのだろう。


「ちなみに、肉食エルフさまオススメの料理ってなんだ?」


 フレイが訊ねる。

 彼だって肉料理は大好きだが、無限に食べることができるほど強靱な胃袋はもっていない。食べられる量というのは限られるので、どうせなら一番美味しいモノを食べたい。


「衣をつけて脂で揚げたやつがオススメよ。『ぎんざ』っていうエルフ料理なんだけどね。人間の街にあるかどうか」


 台詞の途中にエルフ語が混じる。

 なんだかわくわくする響きだ。


「へえ……食ってみたいな」

「わたしが作っても良いんだけどね」

「作れるのか。そんなら結婚したら作ってくれよ」


 しれっと。

 顔色も変えずにこういうことを言うんですよ。この男は。

 しかも、他意はまったくないの。

 日常会話のエッセンスのつもりなんですわ。


 目深にかぶったフードの下で顔を真っ赤っかにしたミアが、無言のまま右回し蹴りを放った。


「くぼんへうと、のこ!」

「いてぇ!?」


 思いっきりお尻を蹴飛ばされたチームリーダーが、情けない悲鳴とともにぴょんぴょんと跳ねる。


「愚かな……雉も鳴かずば撃たれれまいに……」


 やれやれと首を振る武芸者だった。

 ただ、エルフ語が判るデイジーだけはにまにまと笑いながら、フレイとミアのどつき漫才を見守っている。


 そりゃもう、なまあたたかく。






 ザブールを旅立って七日。

 ついに一行はナナメシの街をその視界に収めた。


「はるばるきたぜナナメシって感じだな」

「逆巻く波は乗り越えてないけどね」


 馬鹿な会話をするフレイとデイジーである。

 ずっと陸路だったわけで、海峡なんて越えてないのだ。


「あと、べつにここが目的地ではないぞ。ふたりとも」


 目的地は王都で、あとまだ三日もかかる。

 苦笑するガルであった。

 デイジーのことが絡まない限り、あるいは戦闘にならない限り、いたって常識的な男なのである。

 上半身裸だけども。


「ていうかさ。ガルって寒くないの?」


 ふと疑問に思い、ミアが訊ねる。

 季節はもう秋を過ぎ、冬の足音が聞こえている。

 比較的温暖なこの国だって、冬はやっぱり寒いのだ。

 雪だって降るしね。


「べつに寒くはないが、やたらと心配されるので王都で外套コートでもあつらえようと思っていた」

「そりゃあ、見てる方が寒いからね。どんなコート?」

「懐も暖かいしな。毛皮のやつとか考えているぞ」


 冒険者がぱーっと金を使うのは、むしろ義務である。


 もともと世間様から後ろ指をさされるようなうさんくせー職業なのだ。これで金払いも悪いってなったら、鼻つまみ者街道一直線だろう。

 だから、上級冒険者になればなるほど派手に金を使って、経済を回すことが求められる。

 そのための高額報酬だ。


 地道に金を貯めておきたいなら、冒険者なんていうヤクザな商売ではなく勤め人になった方が、はるかに堅実だ。

 大きく稼いで大きく使う。

 それが冒険者である。


 まあ、そういう姿を見て、彼らに憧れる人もいるわけだが、残念ながら成功する者など一握り以下だ。


 ほとんどはE級D級のうちに命を落とすか、思っていたよりずっと少ない実入りに絶望して去って行ってしまう。

 そんなものだ。


 ともあれ、A級冒険者のガルには、超高級な毛皮のコートとかを購入する財力がある。

 ぜんぜん余裕で買えちゃうだろう。

 問題はそこではない。


「半裸に毛皮のコート……」

「かっこいいであろう?」

「どうかな……?」


 もわもわっと想像を逞しくしてみるミア。

 筋骨隆々で傷だらけの大男が、上半身裸の上に毛皮のコートだけ羽織っている姿を。


 得物は戦斧バトルアックスだ。

 凶猛な蛮族バーバリアンって感じで、ありといえばありな気はする。


「けど、もうちょっと邪悪さが足りない気がするわね」

「ミアはそれがしに、何を求めておるのだ?」


 評価基準が邪悪さとか、意味不明すぎる。


「わたしのクピンガみたいなやつ」


 ローブの中から、じゃきんと武器を出したりして。

 四方に刃を伸ばした、ちょっと信じられないくらい見た目が邪悪なナイフだ。


 こいつに風の精霊力をまとわせて投げつけると、ものすごい速度で回転しながら飛んでいき、相手を切り刻むのである。

 小型の魔物なら一撃で首をはねちゃうし、大型の魔獣とかだって大ダメージだ。


 しかも刃にはオニオコゼの毒とかいうのが塗ってあるらしい。

 解毒方法のない神経毒だそうだ。


 喰らったら、毒に強いドラゴンだって一時的に動きが鈍くなっちゃうヤバいやつである。


 このサイコパスきちがいエルフは、いつもこんなもんを持ち歩いてるのだ。


「こらミア。街道でそんなもん出しちゃダメでしょ」


 フレイが駆け寄ってきて、邪悪な投げナイフを片付けさせる。

 お母さんみたいだった。


「べつに、その辺の人を襲ったりしないわよ? 一般人なんか殺してもつまんないし」

「つまるつまらないで決めない」


「いやいや。フレイ。面白いってのは大事なことなのよ。やりたくないことをやって生きるには、エルフの生も人間の生も短すぎるんだから」

「すげー良いこと言ってる感じだけど、無目的に人を殺しちゃいけません」


「じゃあ、わたしの身体を触ってきた酔っ払いとかは?」

「それは俺が殺す」


 首をもって捻りながら投げ飛ばす、と、身振りでフレイが表現した。


 彼の使う謎の格闘技である。

 素手でモンスターや獣を倒しているうちに、フレイ自身が編み出したものらしい。


 たとえは人間の関節がどちらの方向にどれだけ曲がるかとか、どういう力が加わると骨が折れるかとか、彼は熟知しているのである。


「わたしのことを頭おかしいとかいうけど、フレイだって充分におかしいよね」


 呆れるミアであった。


「いあいあ、フレイなりの愛情表現なんだよ。ミア。俺の女だ。俺が守るってやつ」


 きしししし、と笑いながらデイジーが口を挟んだ。

 大変に蓮っ葉っぽい。


「うっせ」


 ぽこん、と、軽い音を立ててフレイチョップが親友の脳天に決まった。

 いつものじゃれ合いである。


「まったく。平和なことであるな」


 苦笑しながらガルが伸びをした。


 隣国へと逃げる王子さまを護衛する旅などではない。物見遊山とまではいかないけど、のんびりとした旅路だ。

 敵襲の心配もない。

 気だって緩むというものだろう。


「あ、ガル。そういうことを言うと……」


 なにか言いかけるミアを圧して、ナナメシの街から音が響く。

 カーンカーンカーン、と。

 警鐘だ。


「たったがフラグ。らほ」


 肩をすくめるエルフ娘。

 何を言っているが判らず、フレイとガルが首をかしげた。

 多少はエルフ語が理解できるはずのデイジーまで、どういうわけか

首をかしげた。

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