第9章 陰謀の渦に飛び込めとか、そういうやつ?
第65話 フレイ、新たなる旅立ち
出る杭ってのは打たれるもんだ。
これは勤め人の世界でも、王国に仕える騎士たちでも、もちろんフレイのような冒険者だって同じである。
功績を立てすぎれば嫉妬される、若くして高い地位を得れば警戒される。
高尚でもなんでもない話だが、それが人間社会というものだろう。
飛び級飛び級で一年足らず間にE級からA級まで駆け上がり、領主様や第一王子とも懇意で、美女を二人もはべらせたあげく、この街で最も人気の高い人物であるマリューシャー教団の司祭とも
フレイって名前の杭は、出るなんてレベルの話じゃなく、十五階建てのタワーみたいにそびえ立っちゃってる。
こんなんを放置する王様がいたら、逆に見てみたいくらいだ。
そんなわけで、ザブールの街を中心に活動しているA級冒険者、フレイのもとに王都から使いがきたのは、昇進から
「嫌な予感しかしない……」
下宿しているデイジーの家で、海よりも深いため息を吐く茶色い髪の少年だった。
受け取った書状には、しっかりと国王のサインが書かれている。
偽造しちゃったら縛り首では済まないような格式のあるものだ。偽物であるとは考えにくい。
というより、王様の名前を語ってまでフレイチームを呼び出すような酔狂者なんて存在しないだろう。
なにしろ彼らは冒険者だ。依頼があればどこへでも行く。
火の中とか水の中とかスカートの中とかは無理だけどね。
「ま、悪い予感があろうがなかろうが、いくしかないじゃん」
テーブルに腰掛けて笑うのはミア。
輝くような美貌をもったエルフ族の少女で、フレイの恋人一号を自称している。
ちなみに一号がいれば二号がいるのは道理で、そちらは見事な赤毛と素晴らしい肢体を誇る魔族の女性だ。
ようするに、絶世の美女ふたりに好意を持たれている幸運な男なのである。
そりゃもうザブール在住の男たちの怨嗟を一身に浴びるくらいの。
死ねば良いのにって感じだ。
もっとも、恨まれているのは美人二人とラブラブだからってのが理由のすべてではない。
むしろそんなもんは一端に過ぎないだろう。
「王都いいよね! ボクいったことないんだよ! 楽しみだね!」
瞳をきらっきら輝かせているのは、デイジーという愛称をもったフレイの親友である。
ミアと並んでも見劣りしないくらいの美貌だ。
邪悪さがまったくない分、デイジーに票を入れる人の方が多いんじゃないかっいくらいに。
ただまあ、こいつが女だったらね。
残念ながらデイジーは生物学上の男性なのである。ついでに性自認も男だ。
にもかかわらず、ザブールで一番のアイドルは誰だって質問には、ほとんどの人がデイジーだと応えるだろう。
ようするにフレイが野郎どもから恨まれているのは、彼らのアイドルといちゃこらいちゃこらいちゃこらいちゃこらしまくっているからだ。
親友という立場を利用して。
もうね。
死ねって感じだよ。
「なんだろう。ものすごく悪意の奔流を感じるんだ」
「気のせいであろう」
フレイの妄言を、ガルフォードが笑い飛ばした。
筋骨隆々とした大男で、チームの前衛を受け持っている。
愛称はガル。
デイジー非公式ファンクラブの、会員番号一番だ。
二番は同じチームのパンナコッタで、この二人が会員数数万ともいわれるおかしげな団体を取り仕切っているとかいないとか。
「この手紙が本物か偽物か、エクレアに確認してみても良いけどさ。たぶん意味ないと思うよ」
「だよなあ」
確認するまでもなく本物でしょ、と、ひらひらと書簡を振るミアにフレイが肩をすくめて見せた。
共通の友人であるエクレアは、話すとものすごく長くなる過去があって、かつては王族だったのである。
王様の筆跡だって、当然のように知っているだろう。
「長くはなんないわよ。王城で悪行の限りを尽くして追放されただけじゃん」
「一行でまとめるのは、なんぼなんでも可哀想だけどな」
お城にいる若い女性に手をつけまくったり、実の兄であるカヌレ王子の婚約者に手を出しちゃったりして、あわや内戦って危機を起こした問題児なのである。
もしエクレアが男だったらね。
じつは女だったので、真相が公表されてしまうと「被害者」の女性たちは、たいへんに恥ずかしい立場におかれてしまうので、すべての罪をエクパル王子なる人物が引き受けて死んだことにした。
で、晴れてエクレアとなった彼女は王族としての身分を捨て、ここザブールの街で女性専用の宿なんぞを開いて悠々自適している。
趣味と実益を兼ねてね。
今のところは
うまくたらし込んでるだけ、ということはないばすだ。
きっと。
たぶん。
「あらためて、ろくな人間じゃないわよね」
「うん。ちゃんと来歴を思い出すんじゃなかったと後悔している」
微妙な顔をするフレイだった。
王都に赴くといっても、チーム全員でぞろぞろお出かけってわけにはいかない。
魔王軍の四天王のひとり、魔将軍カルパチョ。
いにしえの禁呪を操る大魔法使いにしてダークエルフのパンナコッタ。
神話の時代から生きてる
こんな連中を王都に連れて行ったら、大パニックである。
戦争かってレベルで。
「仕方がないの。儂らは留守番じゃ」
カルパチョなどは軽く手を振って送り出してくれたが、パンナコッタはデイジーと離れがたくて泣くし、ヴェルシュは王都の垢抜けた娘たちをスカウトしていかがわしい動画を撮りたいと駄々をこねるし、出発までけっこう大変だったのである。
まあ結局は、魔将軍が二人の頭に拳骨を落として解決した。
さすが姐さん。
さすぱちょ。
ダークエルフやドラゴンを黙らせることができるのなんて、カルパチョしかいない。
ぶっちゃけフレイなんかよりずっと人望もある。
なんでフレイの恋人二号の座なんぞに甘んじているのか、誰もが首をかしげるところだろう。
ミアとも仲いいしね。
悠久の時を生きる長命種なればこその価値観なのかもしれない。
「でもでも! 四人で旅をするのも久しぶりで楽しいよね!」
街道を歩きながらデイジーが
ホットパンツから伸びた生足がまぶしい。
冒険者を舐めてんのかって服装だが、ひらひらした少女みたいな服も、履いてるラブリーな靴にも、もちろんステッキにも魔法が込められている。
服とステッキは街の司祭が、靴はパンナコッタが、それぞれ丹精込めて自作したものなのだ。
そんじょそこらの市販品とはモノが違う。
「これデイジー。そんなにはしゃいでいると転んでしまうぞ」
「もー! ガルはいっつも子供扱いして!」
ぷんぷんデイジーだ。
武芸者の顔がにへらと緩む。
バカみたいである。
「けど、たしかに久しぶりよね。いつの間にか大所帯になったから」
「そうだな。チーム結成からまだ一年も経ってないんだけどな」
フードで顔を隠したミアに、フレイが笑って見せた。
街の中では顔を隠さなくなったエルフ娘だが、さすがに外に出るときに顔をさらすわけにはいかない。
女であること、エルフであること、どちらも他人にも知られて得をすることなんかひとつもないから。
「フレイ菌の汚染力はすごいからね。どんどん感染者が増えちゃうのよ」
「人を病原菌あつかいするのはだめなんだぞー」
「ちなみに、最初の感染者はわたしね」
フードを少しだけあげて、ぱちんとウインクしてみせる。
「く……」
もうね。
なんかね。
不意打ちでこういうことするのは卑怯だと思うんだ。
どぎまぎしながら頭を掻くフレイだった。
旅が、また始まる。
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