インターミッション

田舎から出てきた俺の成り上がりとか、そういうやつ?


 特別A級功労賞というのは、そうそう滅多に授与されるものではない。

 実際、前にフレイチームがもらったときは、ミスリル製の武具を一揃いアンキモ伯爵に献上するというとんでもない功績を立てた。


 しかし、今回はもっとやばい。


 ナズリーム要塞の解放と、モンペン周辺海域を荒らし回っていた海賊の討伐、しかもその海賊は魔王軍の先兵だったというオマケがつく上に、そいつらが貯め込んでいた財宝もゲット。

 これらはすべて、領主たるアンキモ伯爵の功績になる。


 どんくらいの功績かっていうと、侯爵への昇爵が決まり、領地もがっつり増えちゃうくらいのものだ。


「ここまでしてもらったからな。俺としてもフレイには篤く報いたい。ぶっちゃけ家臣に取り立てたい。屋敷とか嫁とか世話したい」

「いやいや。こないだの褒賞だけで充分ですて」


 海賊討伐の褒賞として、フレイチームは金貨にして百万枚もの財宝を下賜されている。

 普通の生活をしていれば、一生食べるには困らない額だ。

 しかし、それだけでは不足だと思ったのか、一日いちじつ、伯爵……侯爵に呼び出されたフレイは、昼食をともにしていた。


「そういうだろうと思っていたよ。実際、騎士の身分とかに興味もないだろうしな」

「すんません」

「嫁はすでにふたりもいるしな。これ以上、話をややこしくするのも申し訳ないし」

「ご理解していただけて助かります」


 苦笑を交わす。

 ミアとカルパチョは仲が良いが、ここにもうひとり加わったらどうなるか判らないのだ。


「ただな。スフレ王子からも言われてるんだよ。篤く報いろって」

「充分に報われてるんですけどねぇ」


 十七歳の若さでC級冒険者。気の良い……おかしい仲間たち。莫大な報酬。

 これ以上のぞんだらバチが当たるってもんである。


「ゆーて、こっちにもメンツがあるからな」


 アンキモ侯爵がベルを鳴らす。

 入室してきたのは、片眼鏡モノクル冒険者アドベンチャラー同業組合ギルドの係員、それと恰幅の良い中年だった。


「ザブールのギルド長だよ」


 侯爵が紹介してくれる。お偉いさんである。

 こほんとギルド長が咳払いして、朗々と宣言する。


「フレイチームには特別S級功労賞を贈り、チーム全員のA級への昇級を決定しました」

「は?」


 思わず間抜けな声を出しちゃうフレイだった。


 特S賞とかいう、きいたことのない賞は良い。いや、あんまり良くはないんだけど、たぶん新設されたものなんだろうってことは想像が付く。

 Aの上ならスペシャルって寸法なんだろう。

 きっと。


 問題は昇進の方である。

 E級から始まる冒険者の五つの階級。なんとフレイチームは、冒険者登録から一年未満で頂点まで駆け上がってしまった。


 空前くうぜんのことだし、おそらく絶後ぜつごのことだろう。

 どんな叙事詩サーガだって話だ。


「頭おかしすぎる……」

「フレイの活躍って叙事詩に負けてないぞ。普通にな」


 微笑と苦笑の中間のような表情の侯爵だ。

 この人なんて、とくになんにもしてないのに出世しちゃった。フレイの犠牲者というなら、一番の犠牲者である。


 ともあれ、魔王軍の幹部をくだして味方に引き入れ、第一王子と親交を持って第一王女を庇護する。古代の遺跡を開放し、海賊を討伐し、魔王軍にまで睨みをきかせた。


 彼とともに駈ける仲間だってすごい。

 美貌のエルフに歴戦の戦士に可憐な司祭。

 魔将軍に大魔法使いにカオスドラゴン。


「むしろな。A級じゃない方が据わりが悪いだろうって話になったんだよ。フレイくん」

「係員さん……」

「おめでとう。これで名実ともにザブールのギルドの顔だよ。君は」


 笑いながら差し出された手を、なんともいえない表情で握り返す。

 褒められたのって、初めてのような気がする。


 もちろん気だけではない。

 係員はずっとフレイに期待していたが、調子に乗らせないためにずっと厳しい態度で接してきたから。


 しかし、それも今日で終わりだ。

 前代未聞の、C級からA級への特進を強く推した男がフレイを立たせる。


「準備は整っているようだな」


 侯爵もまた席を立った。






 城の前庭を埋め尽くす、人、人、人。


 フレイの登城とじょうに前後して情報が蒔かれたのである。

 新しい英雄の誕生だもの。

 そりゃあ野次馬だって集まる。


「うっわ……」


 思わず絶句するフレイ。

 侯爵とギルド長に背を押されるようにして、一歩踏み出す。

 歓声が爆発する。


「あっという間に並ばれちまったな」

「アニキ……なんつーか」


 歩み寄ってきたガイツが、照れているフレイの肩をばしばしと叩いた。

 手荒い祝福である。


 初めて会ったときから、タダモノではなかったのだ。

 この若者は。

 なにしろ、屈強な男たちに絡まれている子供・・を助けるようなお人好しだもの。


「俺の後悔は、やっぱりおめえをうちのパーティーに誘うべきだったってことさ。まさか英雄のタマゴだったとはな」


 ミアに先見の明があったってことだなと、大声で言って笑う。

 腕を振り上げてフレイの名を連呼する民衆を指さしながら。


 視線を転じると、チームメンバーたちが笑っている。

 フレイとともにA級になった、頼もしい仲間たちだ。


 どん、と、突然ガイツに背を押されたフレイ。

 つんのめるように歩み寄る。


「おっとっと」


 と。


 英雄を、こんなところで転ばせるわけにはいかない。

 普通だったら、ミアかカルパチョが抱きとめる。


 が、ふたりはちょっとお互いを牽制して出遅れてしまった。

 その隙を突いて飛び出したのはデイジー。


「フレイ!」


 バランスを崩した大親友を抱きとめる。

 正面から、ぎゅーっと。


「デイジー……まさかこんなことになるとはなぁ」

「ボクは知ってたよ! フレイは小さい頃から英雄ヒーローだもの!」


 にぱっと笑う。

 あざといくらいに可愛い。

 照れて、フレイが頭をかく。


 まるで小歌劇オペレッタのラストシーンのようだった。


 ミアの方に突き飛ばしたはずのガイツ、デイジーの動きを止めることができなかったガルとパンナコッタが、ハンカチを噛みしめて悔しがる。

 この機に、ミアと完全にくっつけようとしたのに。


 計算に足下をすくわれた。

 なにやってんだって話である。


「れえかはもほ」


 バカたちの大騒ぎを半眼で見つめるエルフ娘が、やれやれと肩をすくめた。


 騒ぎに辟易したのか、城をねぐらにする鳩たちが一斉に飛び立つ。

 見上げる蒼穹はどこまでも高く、秋の到来を予感させていた。







「……作戦は失敗に終わったそうだな」


 玉座にこしかけた魔王が、仮面の下からくぐもった声を漏らす。


「申し訳ございません」


 ひざまづいたクロマ。

 さげた頭を、さらにさげる。


「あの人が絡んでいるのなら仕方ない。予が汝でも同じ結末になっただろう。陳謝は無用である」

「は……」


 魔王の声に含まれるのは、苦笑と諦観とそれ以外のなにかだった。


 まさか、魔将軍カルパチョが人間族の男に心を開くとは。

 ありえない。

 いや。逆にありえるのか。あの気まぐれデーモンロードなら。


「して、いかなる者であった? そのフレイという男と、魔導師パンナコッタを籠絡したデイジーという女」

「フレイの方は、とくにこれといった特徴のない男でした。しかし、カルパチョさまのみならず、エルフ娘まで虜にしているよし

「かなりの傑物ということだろうな」


 気むずかしく、人間など見下しているエルフである。

 そんなのに惚れられる男が、ただの凡人のわけがない。


「デイジーは、一言でいって天使のような美少女でした」

「ほほう。たしかに、あの堅物のパンナコッタが惹かれたくらいだからな」


 うむと頷く魔王アクアパツァー。

 魔将軍に惚れられる男と、堅物魔導師に惚れられるほどの美少女。

 気になる。


「ぐふふふふ」

「魔王さま? 変な声がでてますよ」

「そんなことはない。それほどの者たちなら一発やりたいな、なんて思っていないぞ」

「……思ってたんですね……この両刀は……」


 海よりも深いため息をつくクロマだった。


 ホントね。

 パンナコッタの女に手を出すのもまずいけど、カルパチョの男に手を出すとか、洒落にならないからやめろ。

 いくら魔王でも、ぶっ殺されるぞ。


「大丈夫だって。なんにもしないから」


 からからと魔王が笑う。

 次の休暇は遠出してみよっかな、なんて考えてないって。

 大丈夫大丈夫。


「ここまで説得力のない大丈夫も、ちょっと珍しいですね」


 どよよーんと沈んでゆくクロマ。

 報告しなきゃ良かった、とか思いながら。

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