第64話 ひっどい結末だねぇ


 十八隻の海賊船は、一頭のドラゴンヴェルシュ一隻の帆船シーラにさんざん翻弄され、文字通り全滅してしまった。

 とくに見せ場もなく。


 可哀想なほどである。


 上から迫るカオスドラゴンの攻撃に備えようとすれば、シーラが高速で突っ込んできて魔法攻撃をおこなう。

 それに注意を向ければドラゴンブレスが襲いかかる。

 どうしろっていうんだよ! って、叫びたくなるようなありさまだ。


 一刻にも満たない戦闘で、十八隻の海賊船は、すべて海の藻屑もくずとなってしまった。


 乗っていた海賊たちは、まだ生きている者もいたが、わざわざ助けてやるほどフレイたちは篤志家とくしかではなかったので、そのまま放置である。

 幸運に恵まれれば、どこかの島までは泳ぎ着けるだろう。

 どのみち捕まれば縛り首なのだ。


「ヴェルシュから念話だよ。リーダー。船着き場から館までは敵影なしって」

「OK。仕上げだ」


 パンナコッタからの報告にフレイが頷く。

 すべての海賊が船に乗り込んで出撃したわけではないだろう。

 もちろん大多数ではあろうが。


「儂の見立てでは、館とやらに残っているのは頭目以下数名、というところじゃろうな」


 ついでに、おそらく脱出用の小艇くらいは用意してるじゃろ、と付け加えるカルパチョ。

 手下どもを戦わせておいて自分は逃げる。そのくらいの狡猾さがなくては大海賊になどなれないだろうから。


「だな。さすがに財宝までもってはいけないだろうけど、ここまできで頭目を逃がしてしまうってのはもったいないよな」


 フレイが不敵に笑う。

 いささか欲張りな言いようだが、その目は油断していない。


 彼にも海賊の戦略構想が見えていた。

 船団が壊滅した以上、もう海賊に勝ちの目はないが、たった一つだけ逆転の方法がある。

 それは、フレイたちの船シーラ号を奪うことだ。


 そしてそのためには、フレイチームをなんとかしなくてはならない。

 すなわち、館まで引きずり込んで戦い全滅させ、その上で船を奪って持てる限りの財宝を積み込んで脱出する。

 そのためにも、戦力を集中しなくては意味がない。

 海賊メバチは、最も信頼する部下たちとともに館で待ちかまえているだろう。


「ていうかさ、そこまで読んでて乗っちゃうんだ? フレイは」


 やれやれと肩をすくめるのはミアだ。

 満たされたような顔をしているのは、きっと海賊船団を虐殺ジェノサイドしたから。

 十八隻も沈めたら、そりゃ気持ち良いだろうさ。


「ん。できればさ。コアは残したくないんだよ。退治の意味がなくなっちまうから」


 海賊でも山賊でも良いが、中核人物を捕らえるか殺すかしないと意味がない。

 構成員をいくらやっつけたところで、それは枝葉に過ぎず、根っこを何とかしないかぎり、すぐにまた再起してしまうからだ。

 雑草取りや害虫退治と同じである。


「財宝が欲しいんじゃー ぐへへへー って理由じゃないんだね」

「欲しいけどな? 俺らが最初に押さえれば、ちょろまかし放題だってのもあるぜ」


 偽悪的なことを言っているが、事実ではある。

 目録とかがあるわけではないのだ。


 フレイが、これだけの財宝がありましたって申告すれば、それが公式記録なのである。

 そのまえに彼らのポケットに入った分は、最初から存在しなかったものになる。

 で、アンキモ伯爵だってその程度の役得は目を瞑ってくれるのだ。

 常識はずれな量をちょろまかしちゃったら、さすがに怒られるだろうけど。


「くくく。そちも悪よのう。フレイ」

「いえいえ。エルフさまには敵いませんよ」


 お馬鹿な会話で盛り上がってる。

 まあ、財宝より殺戮に不等号が開くサイコパスエルフに敵わないのは、たしかな事実だ。





 抵抗も罠もなく館にたどり着いたフレイチーム。

 音高く、ガルが玄関の扉を蹴破った。

 礼儀正しくノッカーを叩くような場面ではない。


 バカみたいに広い玄関ホールに待ちかまえる海賊は七名。奇しくもフレイチームと同数だ。

 中心部にいるのは、なんと妖艶な美女である。


 黒く艶やかなストレートの黒髪は腰まであり、やたらと扇情的な服装をしている。

 そして、なんというか、側頭部にはヒレっぽい形の角があった。

 たぶんこのひとがメバチなんだろうけど、あきらかに人間じゃない。

 つーか普通に魔族デーモンだよね。


「意味わかんないっ! 意味わかんないっ!! 意味わかんないっ!!!」


 しかも地団駄ダンスを踊っている。


「なんで! カルパチョお姉様とパンナコッタが! 人間とつるんで! アタシの船団を壊滅させるのよ!!」


 怒ってる。

 気持ちは判る。

 魔将軍と大魔法使いの立ち位置ポジションが、あからさまに頭おかしいからね。


「まあまあクロマ。いろいろやんごとない事情があるのじゃよ」


 困った顔のカルパチョが説明を試みる。

 あー 海賊メバチの本名ってクロマっていうんだナー とか、ぼーっと考えていたフレイを引き寄せながら。


「儂の男じゃ」

「へ?」


 ものすごく雑な説明にきょとんとするクロマ。

 ちょっとなに言ってるのかわからない。


 救いを求めるようにパンナコッタを見る。

 どういうこと? と。

 しかし、彼女の目に映ったのは、より頭おかしい光景だった。

 パンナコッタによって引き寄せられているデイジー、という。


「私の神だよ。クロマ」

「やめてよー パンナコッター 友達でしょー」


 なんか美少女が照れてる。

 これ神らしい。

 信仰を持たないダークエルフの。


「意味わかんないーっ!!!」


 ついに頭を抱えて、海賊の親分がうずくまっちゃった。


「あ、壊れた」


 どーでもいい論評をするミア。


「あ、あの……俺らはどうすれば……」


 海賊の幹部っぽい人が、ガルとヴェルシュに視線を向ける。

 なんとなくまともそうな人たちに見えたので。


 まあ、半裸戦士とエンタメドラゴンがまともに見えちゃうんだから、だいぶ海賊たちは病んでる。


 ガルもヴェルシュも、視線を逸らして口笛なんか吹いていた。

 こっちに振らないでね、と、というオーラを放ちながら。





 つまり、メバチことクロマがやっていたのは、私掠船しりゃくせん戦術である。

 もちろん背後にいるのは魔王軍だ。


 私掠というのは、ようするに認められた海賊行為で、狙う相手が決まっている。

 これで相手国の海上貿易にダメージを与えるのである。

 けっこう伝統的な戦術で、効果的だ。


 実際、やられた方はたまったもんじゃない。

 神出鬼没の海賊船に悩まされ、経済は滞るし、まともな艦隊じゃないから艦隊決戦とかできないし。


「そうやってアタシが一生懸命はたらいてるのに、なんでお姉様が邪魔するのよ! 四天王なのに! 魔将軍なのに! えらい人なのに!」

「だって仕方ないじゃろ? 自分の男の国を攻撃する女がいるものか」


 激昂するクロマにしれっとカルパチョが答える。


「ていうかカルパチョ。さっきから独占しすぎ」


 フレイの、カルパチョに掴まれていない方の腕にミアがしがみついた。


「エルフ……っ」


 さらに混乱するクロマ。

 なにこの男。

 魔将軍とエルフをはべらせてんの? なにものなの? バカなの? 英雄なの?


「あー もしもし。クロマさん?」

「ヒィッ!?」


 フレイが声をかけたら、びくっと身をこわばらせた。

 仕方がない。


「えー……俺の扱い……」


 しょんぼりフレイだった。


「まあ、そんなわけで、儂がこの国にいる間は攻撃してきたら反撃するぞ? そちじゃろうが、アクアパツァーの青二才じゃろうが一緒じゃ」

「ヒィッ!?」


 笑いながら話すカルパチョに、もう一回クロマが固まっちゃった。

 だって、目がまったく笑ってないんだもん。

 魔王すら一目置いていて行動の自由を認めてる魔将軍だよ。

 そりゃびびりますって。


「とはいえ、儂もちゃんとアクアパツァーに伝えてなかったからの。連絡の齟齬というやつじゃ」


 魔王に伝言を頼んで良いか、と、続ける。


「は、はい。喜んで……」


 かっくんかっくん頷くクロマだった。

 だって逆らうとか無理だもん。


「フレイもそれで良いかの?」

「かまわないさ。この国で海賊をやらないなら、俺が口を出せることじゃないし」


 肩をすくめようとするフレイだったが、なにしろ両手が塞がっているのでちょっとしか動かなかった。


「ああ、私もこっちにつくからね。魔王には伝えておいてくれ」

「そんなはっきり言っちゃっていいの? パンナコッタ」

「もちろんさ。デイジーがいるからね」

「えへへへー」


 なんかいちゃついてる大魔法使いと司祭である。

 ガルが、ち、と舌打ちした。


「判ったわよ」


 クロマが頷く。

 さっさと逃げよう。これ以上、この頭おかしい連中と関わるべきではない。

 魔王に報告して事態を丸投げしてしまうのが一番だ。


「ああそうじゃ。財宝は全部おいていくのじゃぞ?」

「こ…この魔将軍は……」


 命は助かったが、有り金をすべて巻き上げられることになった海賊の首領である。

 まあ、命あっての物種というので、こればかりは仕方がない。


「ひっどい結末だねー」


 同情するふりをして、にこっとデイジーが笑った。


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