第63話 フレイの剣とか、そういうやつ?


「当たり前の話だけど、メバチ海賊団の本拠地は、セントカタリナ島じゃなかった」

「うん。知ってる」


 フレイの説明にデイジーがくすくす笑う。

 そもそも、本拠地にしている島に名前はない。


 名もない無人島を占拠して要塞化した、というのが最も表現として正しいだろうか。

 そこに千人弱の海賊が暮らしている。


 世話をする奴隷たちもいるらしいが、さすがに数まではわからないし、救出する余裕はないだろう。

 そもそもフレイチームは七人しかいないのだから、まともには戦えない。


 で、まともじゃない方法は、ちょっと繊細な作戦行動には向かないアレなやつなのだ。

 具体的には、ヴェルシュがドラゴン状態に戻って上空から絨毯爆撃とかね。

 さすがにこの方法では財宝まで燃えちゃうだろうから、あんまり使えないのである。


「無難なところで、海賊船を全部沈めて島に封じ込めるってところかな」

「あいかわらずフレイの作戦はえげつないのう」


 カルパチョが肩をすくめてみせた。

 魔将軍たる彼女には、リーダーの作戦案の有用性はよく判る。

 横ではガルも苦笑混じりに頷いている。


「そうなの?」


 首をかしげるミア。

 デイジーやパンナコッタも同様だ。

 さすがに彼らに軍略は判らない。勉強したわけでもないのに本質を突いちゃうフレイが異常なのである。


「船が全部沈んでしまったら、財宝を持って逃げることはできぬじゃろ?」


 もちろんカルパチョはちゃんと説明するつもりだった。

 船が無くなってしまえば、財宝を運搬する方法がなくなる。

 まず重要なのはその点である。


 金貨でも宝石でも良いが、べつに腐るモノではないため入手時期にこだわる必要はない。

 国も領主も、そこまで金に困っているわけでもないのだから。

 さしあたり、場所が判っていてそこから移動しなければ充分だ。


「でも、海賊が千人も残ってたら、取りに行けないんじゃないかな?」


 こてん、と、小首をかしげるデイジー。

 可愛い。


「そこは、たぶんミアならすぐ判るさ」

「わたし? ああ、モンペンの街で言ったこと?」


 人の悪い笑みを、フレイとミアが交わし合った。

 彼女は言っていたのだ。勤勉で真面目な海賊なんていない、と。


 千人の海賊が暮らすには、千人分の食料が必要なる。

 それを本拠地の島で生産できるかって話だ。

 地道に、真面目に、農作業なんかするタマじゃない。

 必要な物資は街から買っていたか、略奪していたことだろう。


 もしかしたらある程度の備蓄はしているかもしれないが、人数が多くなればなるほどその消費ははやくなる。

 そもそも、ちゃんと物資の消耗とかを計算して管理計画を立てられる軍団経営者が、海賊なんてやるわけがない。


 仮にそういう人物がいたとしても、海賊どもは軍隊ではない。

 欲望を制御することもできないし、粗食にも慣れていないし、我慢強くもないのだ。


「まあ、一月もすれば少ない食料を巡って殺し合いが起きるだろうな。でもって一年か二年も経てばもとの無人島に戻ってるだろうから、それからゆっくり財宝を取りに行けば良いって寸法さ」

「うっわ。えげつなー」


 顔をしかめるミアである。

 想像しちゃった。


 島の食料がなくなって殺し合いが起き、それでもなお食い物が無くなって、人間同士が食い合うようになり、ついには最後のひとりが餓死してしまった無人島を。

 そういう作戦を立てちゃうフレイも、なかなかに怖ろしい。


「敵に頭があれば、それを避けるように動くじゃろうな」


 不敵に笑ったカルパチョが白い指を真っ直ぐに伸ばす。


 はるか前方。

 本拠地とおぼしき島から、次々と船影が出航していた。

 戦闘態勢を取って。






 数の差をみれば十八対一。

 これで逃亡を選択するとしたら、むしろびっくりである。


 おそらくは偵察だと判断したのだろう。

 海賊島が壊滅したことはたぶん知っているだろうから、捕まったアゴが情報を漏らしている可能性というのを考慮しないわけがない。

 国や領主が、海賊の殲滅を名目とした財宝略奪に動くだろう、ということも充分に予測される。


「じゃが、いきなり全力出撃などないものじゃ。まずは場所や敵戦力の確認のために偵察を出す。これが常道じゃな」


 カルパチョの解説だ。

 つまり、メバチ海賊団の目に、フレイたちの船は偵察艇に見えている、ということである。

 とるべき戦略としては、まずこれを沈めてしまう。


 その上で、逃げる算段をする。

 偵察艇を沈めたくらいでは、彼我の戦力差はひっくり返らないからだ。

 いくら十八隻もの海賊船があったところで、国の艦隊には敵わない。数の上でも質の上でも。


「ここに偵察部隊がいるということは、本拠地の位置がすでに知れてるということ。となれば、それがしたちを倒し、少しでも本軍の侵攻を遅らせようとの腹であろう」


 腕を組んだ武芸者がいう。

 半裸だが、理に適った意見である。


それがしの服装と意見には、なんらの関連性もないと思うのだが……」

「ま、じつは俺たちが攻略部隊だ、なんて思うやつは滅多にいないだろうさ」


 ガルの嘆きは流しておいて、フレイが不敵な笑みを浮かべた。

 出てきてくれたのなら幸いだ、と。

 なんとこの男、たった一隻で十八隻の海賊船と戦うつもりなのである。

 しかも、勝つつもりなのである。


「ま、俺もいるし。当然だろ」


 どんと胸を叩くのはヴェルシュだ。

 そりゃね。伝説級の邪竜カオスドラゴンだもの。海賊船ごときなんの問題にもならない。


 やっぱりヴェルシュだ。百隻いたってだいじょーぶ。というやつである。


「あてにしてるぜ。ヴェルシュ」

「あてにされましょう」


 互いの右拳をぶつけて、にやりと笑い合う。

 次の瞬間、巨大なドラゴンが船の上空に現れた。

 ヴェルシュの本性だ。


 吠え声とともに、海賊船団へと向かってゆく。

 圧倒的な戦力差、の、はずであった。


 しかし、


「ほほう。備えてきおったか」


 遠望したカルパチョが、右手で形の良い顎を撫でた。


 なんと海賊どもの船団は、上からの攻撃に対応するように円陣を形成し、バリスタや投石機で攻撃を始めたのである。

 やや慌ててヴェルシュが距離を取った。


 狙いは甘いが巨大な矢と石だ。直撃すればいかな邪竜といえどもダメージは受けてしまう。

 そして、必殺のブレスは高速飛行中には放てない。


「海賊島がドラゴンに襲われた、というのが伝わってんだろうな」


 思わぬ抵抗に戸惑うヴェルシュを眺めながらフレイが呟く。


「余裕たっぷりじゃな。フレイ」


 そういうカルパチョもべつに焦ってはいない。

 なにしろ接近しなければ命中もしないので、ヴェルシュもとくに危険な状況というわけでもないから。


「まあ、伝わってなければいいなとは思ってたさ」


 肩をすくめてみせる。

 しかしそれが希望的観測というものだということを、フレイは判っていた。

 偵察艇を沈めるために、十八隻ぜんぶが出撃したくらいだから。

 こちらの隠し玉くらいは読んでいるだろう、と、予測もしていた。


「カルパチョ」

「なんじゃ?」

「ちょっと作戦があるんだけど、きいてくれるか?」

「拝聴しよう。新米指揮官どの」


 艶やかに魔将軍が笑う。




 ぐん、と、加速するフレイたちの船シーラ

 ミアが操る風に乗って。

 これがフレイの立てた作戦である。


 帆船というのは風の力で航行する。補助的な推進装置としてかいも付いているが、基本的には風力だ。

 精霊魔法を使うミアにとっては、手足のように使うことができる。


 ぐんぐんと加速しながら敵陣に突っ込む。

 そして放たれるカルパチョの火焔球ファイアボール


 何発も。

 空中で大爆発を起こす。

 強力な攻撃魔法だが、船を沈めるほどではない。


 駆け抜けて行くシーラ。

 矢の一本も放つことなく、ただすごいスピードで。


 なにがしたいんだ、と、思った海賊も多いだろう。

 解答はすぐに与えられた。


 海賊船団が、一斉に算を乱したのだ。

 操舵手たちの意志とは無関係に。


 火焔球ファイアボールによって焼きつくされた空気に、新鮮な空気が流れ込み、乱気流が発生したのである。


 前後左右、不規則な動きをしてしまう海賊船。

 甲板上で右往左往する海賊たち。


 風が安定するまでの、ほんの短い間のできごとだ。

 が、空を遊弋ゆうよくするヴェルシュにとっては、充分すぎる時間であった。


 急降下したカオスドラゴンが巨大なアギトを開く。


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