第70話 今日フレイがはじめて王都に着いたよ


 王様からの招聘よびだしがあったって、王城なんて簡単に入れるもんじゃない。


 当たり前である。

 庶民に、そんなほいほい会う王様なんてそう滅多にいないし、王城ってもの自体がこの国の政治の中心なのだ。

 暗殺者とか入り込んだりしたら、ちょっと笑い話では済まない。


 なので手順としては、まずは大手門を守る兵士に書状と賄賂を渡す、というところから始まる。


「ザブールの街のA級冒険者、フレイといいます。国王陛下のお召しにより参上しました。よろしくお取りはからいください」


 そう言ってフレイが賄賂の額は、なんと金貨一枚。

 一兵卒なら半月分くらいの俸給に相当する。


 大金だが、このくらいの額を渡すのが最も効率が良い、と、ザブールの領主であるアンキモ侯爵が教えてくれたのだ。

 あまりに多すぎると焦っているのかと足元を見られ、逆に少なすぎれば貧乏人だと軽く見られる。


 金貨一枚を、余裕を持ってぽんと出せる程度の人間であると思わせるのが肝らしい。

 面倒くさい話である。


 だからフレイは服装にも気を遣った。

 王都プリンシバルに到着した日に旅装のまま城に向かうのではなく、まずは宿に一泊し、ちゃんと旅の垢を落として、こざっぱりとした服装に着替えてから参内したのだ。


 まあ相変わらず黒が基調の服ばっかりなのは、好きなんだから仕方ない。


「たしかに承った。けっして粗略には扱わぬゆえ、安心して待たれよ」


 頼もしい言葉と微笑が返ってくる。

 フレイの謙った態度と賄賂の額、両方気に入ってもらえたようだ。

 軽く頷き、宿泊先を告げて踵を返す。


「ていうかさ! 呼び出された側がお金を払うなんておかしくない!?」


 ぷんすかと憤慨するデイジー。

 王城と充分に距離が開いて見えなくなってから。


 文句があるなら直接いいなさいよって感じだが、末端の兵士を問い詰めたところで意味がない。

 そしてまさか王様にいちゃもんをつけるなんて、できるはずもないのである。


 専制君主の意思ってやつは、すべての法の上に佇立する。

 ようするに王様が白と言えば、カラスだって白くならないといけないのだ。

 それが嫌なら国を捨てて出て行くしかない。


 とはいえ、デイジーが腹を立てるのも無理がない話で、ザブールからプリンシバルまでの旅費はフレイチームが負担しているのだ。

 その上、金貨一枚もの大金を門兵に渡すとか。


 この状況でへらへら笑っていられるほど、みんなの天使デイジーは人間ができていない。

 小なりといえども商家の子供だしね。


「まあまあデイジー。君主とはだいたいこのようなものだ」


 苦笑しながらガルがたしなめる。

 貴人は恩を知らず、という言葉が彼の故郷にはあるという。


 やってもらうのが当たり前のため、現場レベルでの苦労なんかに思いをいたすこともないし、ありがたいと思うことも申し訳ないと思うこともないっていう意味だ。


「むう……」


 デイジーがほっぺたを膨らませる。

 迫力なんかない。

 可愛いだけである。


「べっつに惜しむほどのお金でもないでしょ。ケチケチするんじゃないわよ」


 ミアが両手を広げてみせた。


 フレイチームって、じつは大金持ちなのである。

 海賊退治の報償として下賜されたのが金貨百万枚相当の財宝だもの。

 そのほかにもナザリーム要塞で手に入れたマジックアイテムとか、シスコーム遺跡でゲットした竜の素材とか宝石とか。


 この後、一生働かなくたってまったく食うには困らないだけの財産があるのだ。

 旅費や賄賂を惜しむような必要はまったくない。


 じゃあなんで冒険者なんてやってんだって話だが、これは至極簡単な理由だ。

 大馬鹿野郎だからである。


 未知の遺跡に挑むのが楽しくて仕方ない。困っている人がいたらほっとけない。のるかそるかの博打が大好きでたまらない。そのためには自分の命すらベットしちゃう大馬鹿野郎だから、平穏な生活なんかできるわけがないのだ。

 許されるはずもない平和と愛ってやつだ。


 田舎で食えなくなって冒険者になったはずのフレイだって、いつのまにか冒険者生活そのものを楽しむようになったしね。


「それとこれとは話が別!」


 びしっと人差し指を立てるデイジーである。


「たとえば生活に困ってる人に施すとか、そーゆーのだったらボクはなんにもいわないよ。けど兵隊さんなんてべつに困ってないでしょ。ちゃんと給料もらってんだから」


 持ってる人間が意味もなく、しかも真っ当でない方法で金を集めようとするのが若き司祭には気に食わないのだ。

 まして、呼び出しておいて旅費も出さないとか。


「ボクが言ってるのは、筋を通せって話だよ」


 用があるから呼ぶのだろう。

 本来であれば、自分で出向くべきだが王様って立場ではそれもできない。だったら使者には旅費くらい持たせるべきだ。


「デイジーって昔から、そういうところ融通が利かないよな」


 くすっと笑ったフレイが親友の頭を撫でる。

 わしゃわしゃと。


「司祭になって、ますますお堅くなったんじゃねーか?」

「もう! また子供扱いして!」


 ぷんぶんと怒ってるが、目が笑っている。

 親友とのじゃれ合いが楽しくて仕方ないのだ。


「ち」


 と、ガルが小さく舌打ちする。


 フレイとデイジーの関係って、なんというか特別すぎ。

 だから、とっととミアなりカルパチョなりと所帯を持たせたいのだ。

 いつまでもいちゃこらしやがって。


「れえかはもほ」


 三者三様のやろーどもに、ミアが冷たい言葉をプレゼントした。







 王城からの使者が宿に訊ねてきたのは、書状を渡した四日後だった。

 えらく待たされた感があるが、これでも早いほうらしい。


 A級冒険者なんていっても庶民だから、普通だったら王様と直接会えるような立場じゃないもの。

 まともに考えたら十日やそこらは待たされるそうだ。


 それが半分以下の時間で予定が組まれたのは、書状をスフレ王子が目にしたからである。

 この国の王太子だ。

 フレイとは剣を交え、そして解り合った仲、ということになっている。

 市井に流れる噂話では。


 実際は壮大なでっち上げだが、面識があるのはたしかだし、良好な関係なのもたしかだったりする。

 鋼の紐帯で結ばれているといっても良い。

 いっつもエクレアに困らせられている血盟、とか、そういうやつね。


「というわけで、今日の昼イチに登城してくれ。フレイ」

「それは良いんですけど、なんでアンタが使者やってんですか。スフレ王子」


 びっくりである。

 朝、ものすごい勢いで部屋の扉が叩かれ、何事かとホールに降りたら、宿の人たちも客も、みんな平伏してるんだもん。


 そりゃそうだよね。

 突然、王子様がアポなしで訊ねてきたら、普通はそうなっちゃうよね。


 で、なにしに現れたかといえば、久闊を除すついでに、登城日時を伝えにきたというわけだ。

 ちょっとこの国、人材が足りなさすぎる。

 たいていの王子様は、使者とかやらない。


 でもまあ、がっちりと握手を交わす二人の姿を見て、宿の人々も他の客も大いに頷いた。


 スフレ王子には、市井の冒険者の親友がいる。

 一方は王国の中心で、他方は街の中にあって、ともに民草のために尽くそうと誓い合った親友が。

 噂は、やはり本当だったのだ、と。


 したがって、


「政治宣伝に俺を利用してんじゃねーぞ。王子様」

「うっせ。面会順を繰り上げてやった代金だと思え」


 という、ハグしながら互いの耳元でささやいた心温まる言葉は、観客たちには聞こえないのだった。


「ミア、デイジー、ガル。久しぶりだな」


 仲間たちとも握手を交わす。

 友誼があるのは事実なんだけど、政治的な意味があるのもまた事実である。


 次期国王の最有力候補は、もちろん王太子である第一王子スフレだ。

 しかし強力なライバルがいる。


 第二王子のカヌレ。

 もしスフレが廃嫡されたり、亡くなったりすれば、彼が王太子に序せられるだろう。

 きざはしはたった一つ。


 他人が思うほど、スフレ王子の立場は安泰ではないのである。


 だからこそ、庶民のことを考えてるんだよってアピールをする機会は見逃さない。

 わりと生臭い話だ。

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