第71話 悪意の城へようこそ!


 結局、スフレ王子に伴われて王城へと赴くこととなった。


 お昼ご飯食べたら行くよって言ってるのに、じゃあ待ってるとか言うんだもん。

 なんぼなんでも、王子様を待機させといてのんびり食事をするってのは外聞が悪すぎる。


 急いで朝食だけかき込み、超特急で身支度を調えて、四人はふたたび一階のホールに集合した。


 宿の主人は、あからさまにほっとした顔である。

 フレイたちが戻ってくるまで王子様の相手をしてなくちゃいけなかったから。まさか他の客や従業員に投げるわけにもいかないしね。


 入浴施設があり食事も出るようなそれなりのランクの宿とはいえ、貴人が宿泊するような場所ではない。

 貴族様の対応なんて慣れてるわけないのである。


「スフレ王子。お待たせしました」

「いや、たいして待っては……ブフォ!?」


 台詞と途中で噴き出してしまう。

 冒険者たちの服装を見て。

 いや、フレイとミアとデイジーは良いんだ。いつもとそんなに変わらない。


 黒を基調とした動きやすそうな格好のフレイは、なかなかシャープな印象でかっこいい。


 ローブをまとってないミアは、まさに森の乙女って感じで儚げな印象が庇護欲をそそる。


 そしてデイジーはいつもの謎の神官服。

 司祭と書いてアイドルと読むって感じの服がこれ以上ないくらいに似合って、その可愛らしさは太陽みたいだ。


 ここまでは良い。

 予想の範囲内である。


 問題は最後の一人、ガルだ。


 なんでこいつ、上半身裸のうえに白虎ホワイトタイガーの毛皮で作ったコートなんか着てんの?

 コートを羽織るくらいなら、なんで服を着ないの?

 筋骨隆々とした傷だらけの胸板がコートから覗いてセクシー、とか、まさかそんなこと思ってんの?

 どこの蛮族バーバリアンの王だよ。


「かっこいいでござろう? 高かったが一目惚れしたのでござる」


 王子の視線に気づき、ガルがうっとりとコートの説明をしてくれる。

 その瞬間、どうしてフレイたちが彼の服装にツッコミを入れなのか、スフレは理解した。


 ここまで陶然と語られたら、そりゃもうなんにも言えませんわ。

 もう好きにしてくれ。


「さて。それでは行こうか」


 気にしないことにして、スフレが一行を誘った。







 王子様が一緒ということで、門とか全部フリーパスです。

 門兵たちは誰何することもなく敬礼で見送ってくれる。


 そりゃ次期国王の心証を悪くすることはできないからね。


 ここで「どれほどやんごとなきお方であれ、規則は規則です」とか、びしっと言えちゃう人って立派だけど、たぶん組織では生きられない。

 閑職に回されるか、地方に飛ばされるか、あるいは口実を作って解雇とか、たいして心楽しくもない運命が待っているだろう。


「一緒に来て良かっただろ? フレイ。いちいち止められたりしなくて済む」

「手間は省けましたけどね。街で悪目立ちしちゃったことと相殺したら、差し引きの収支はマイナスですって」

「なにをいまさら。ナナメシでも大活躍だって報告は、もう入ってるぞ」


 肩をすくめるフレイにスフレが呵々大笑する。

 行く先々で功績を立ててるんだもん。普通にしていたって目立ちまくりだ。

 王子と一緒に行動するなんて余録みたいなものである。


「耳が早いですねえ」

「だが、だからこそ気をつけろよ。父上は無理難題をふっかけてくるぞ」


 すっと声を潜める。

 顔は前を向いたまま、フレイにだけ聞こえる声だ。


「わざわざ迎えにきた理由はそれですか」


 談笑している風で、フレイもまた笑みを顔に貼り付ける。

 宿でのバカ騒ぎは、まったく警戒なんかしてませんよーってアピールだ。

 つまり、そういう小細工が必要な相手ということである。


「黒幕は誰です?」

「判るだろ」

「俺はカヌレ王子の為人なんて知りませんって」


 長い長い廊下を、微笑を浮かべて親しげに話しながら歩く。

 周囲の者に声が聞こえたら、表情と内容のギャップに腰を抜かすことだろう。


「あいつにとっては僕と同じくらいお前が邪魔なんだよ」


 ヒントもなしで黒幕を当てたことにまったく驚かず、スフレが話を進める。

 この程度のことは説明するまでもないし、そのくらいの切れがなければ立場を超えた友誼など結ばれるわけもない。


 庶民から絶大な人気のあるスフレ王子は、第二王子のカヌレから見て大変に邪魔な存在である。


 これで貴族連中の支持がカヌレに集中しているとか、そういうことであるならば彼は悠然と構えていられただろうが、こちらはひいき目にいっても同等イーブンだ。

 王国南西部に広大な勢力圏をもつアンキモ侯爵の支持がある分、スフレの方が有利だろう。


 現状、カヌレに逆転の目はない。

 ただひとつの策を除いては。


 すなわち、フレイを排除する。

 一見なにも関係ないように思えるが、このA級冒険者こそがキーマンなのだ。


 スフレの名を世間に知らしめたのがフレイという存在だし、彼が間に入るからこそスフレとアンキモも結びつく。

 もし生きた接着剤であるフレイが死ねば、この二人の連携は消えるだろう。

 そして庶民の支持だってかなり落ち込む。


 カヌレとしては、それでようやく互角の条件で土俵に上がることができるわけだ。


 ただし、暗殺などでは逆効果である。

 すぐに犯人捜しが始まっちゃうからね。で、あっという間にカヌレにたどりつく。

 事実かどうかなんて関係なくて、フレイが死んで一番得をする人間は誰かって話になるからだ。


 もちろんこれは、できるできないっていう可能性論じゃない。

 実際は、不可能とはいわないまでも至難だろう。

 わずか一年足らずでA級まで駆け上がったフレイの実力を過小評価するほど、カヌレ王子は無能ではない。

 ゆえに、フレイに用意されるのは暗殺ではなく、もっとずっと名誉あるシナリオだ。


「それは?」

「僕の読みでは、魔王討伐」

「…………」

「おそらくカヌレは、フレイほどの勇者ならできると進言したと思う」


 ひき、と、引きつったA級冒険者に、前を向いたまま第一王子が告げる。

 ようするに、魔王と戦って華々しく討ち死にというのが、フレイという男に与えられる栄誉だ。


「まじか……」


 つまり、功績を立てすぎたということか。

 と、フレイは分析した。


 まともに考えたら冒険者が政治のパワーゲームに巻き込まれるはずがない。意味がないからだ。

 しかしフレイチームというのは、王族からみても無視できない存在になってしまったのである。


「謁見には僕も立ち会う。無茶な命令はしないよう父上に訴えるつもりだ」

「それって可能なことなんですか?」


 王様が直々に出す命令ってのは、勅命である。

 冒険者同業組合なんかの指示とは重さも格式も異なるのだ。

 それに異を唱えるとか、ちょっと無理筋すぎるだろう。


「簡単ではないさ。最悪、廃嫡もあるかもな」

「おいおい……」

「前に言っただろ。僕はカヌレが王になっても耐えられる、と」


 まして友人であるフレイの命がかかっている局面だ。

 友情か地位か。

 迷う必要がどこにある?


「僕がそのふたつを秤にかけるような男だと思うのかい? フレイ。それはちょっと見くびりすぎだよ」

「あんたの友情は過激すぎる」


 偽悪的にフレイが返す。

 こういう為人だから庶民にも人気があるし、家臣にも慕われているんだろうな、と、思いながら。


 けど、だからこそスフレに無理をさせるわけにはいかない。

 この国には、こういう人物こそが、これからのこの国に必要なんだろうから。


「スフレ王子。あんたの地位は一冒険者の命と引き換えにしていいもんじゃない。事の大小を見誤りなさんな」


 ぽん、と、肩を叩いてやった。

 大丈夫だから心配すんな。と言外に語りつつ。


「フレイ……」


 声を詰まらせるスフレ。

 いつしか正面に、巨大な扉がそびえていた。

 謁見の間へと通じる。

 


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