第72話 陰謀の渦に飛び込めとか、そういうやつ?
式部官が美声でフレイを紹介し、冒険者たちが謁見の間に請じ入れられる。
正面には階があり、その上に玉座。
一行からスフレ王子が離れ、文武百官の列に加わる。
玉座から三十歩ほどの距離を置いて、フレイは片膝をついた。視線は赤い絨毯に向けたまま。
彼の後方、ミア、デイジー、ガルが横一列に並んで同様のポーズを取る。
「フレイとやら。遠路ご苦労であったな」
国王が四人を睥睨して声をかけた。
対してフレイはまだ口を開かない。
発言の許可がおりてないから。
「面を上げよ。発言を許す」
ふ、と国王が笑った。
本来であれば、これが最初の言葉にならなくてはおかしいのである。
いきなり話しかけたのは、田舎者の冒険者に恥を掻かせるためだ。
発言の許可もなく喋るとは、やはり田夫野人だと。
「陛下のご尊顔を拝し、これに勝る喜びはありません」
型どおりの言葉を並べるフレイ。
視線は上げたが、国王の顔を見たりしない。
直視の無礼っていうのもあるんだそうだ。
玉座の足元あたりを見るのが正解。
アンキモ侯爵とエクレアのレクチャーによって、この程度はできるようになっているのだ。
A級冒険者ともなれば、貴人と会う機会も増えるだろうからって。
そのときに失礼にならないように。
まさか王様に拝謁するとは思わなかったけどね。
「活躍は、朕の耳にも届いておる」
「お耳汚しでした」
「そこでな。その方にやってもらいたい仕事があるのだ」
すぐに本題に入る。
活躍を耳にしている、なんてのは社交辞令で、たいして興味もないということだ。
もちろんフレイとしても王様なんぞと談笑したいわけではないので、この展開を忌避するものではない。
「なんなりとお申し付けください」
「はるか西の地にある魔王アクアパツァー。彼の者を討伐せよ」
ざわり、と、謁見の間に動揺が広がっていく。
無茶すぎる命令だ。
魔王討伐は、もちろん全人類の悲願である。
しかし、個人にできることではありえないだろう。
ましてここ十年ほどは魔王軍の侵攻もなく、国境線は落ち着いているのだ。
暗殺部隊を送り込んで、わざわざ寝た子を起こす必要がどこにある?
「陛下! お待ちください!」
声を上げるのは第一王子のスフレだ。
無理をするなとフレイには言われているが、やはり黙っていられなかった。
この命令は死刑宣告と同じではないか。
罪を犯したわけでもない一冒険者を、戯れに死地に送り込むなど。
に、と内心でほくそ笑むのは、スフレの反対側に立っているカヌレである。
政敵がわざわざ自分から失点してくれた。
国王の話に割り込むなど、普通だったらばっさり斬られちゃう不敬行為なのである。さすがに第一王子を無礼打ちはできないけど、一喝くらいは浴びせられるだろう。
大失態だといって良い。
「殿下。お控えください。国王陛下の御前です」
しかし、柔らかくたしなめたのは国王でも重臣でもなく、勅命を受けたフレイ自身だった。
「フレイ……」
「陛下。スフレ殿下は私の身を案じるあまりに失言いたしましたが、これは友誼のなせること。どうかご寛恕くださいますよう、伏してお願いいたします」
ぐっと頭を下げるフレイ。
こういう言い方をされたら、国王も寛容なところを見せざるを得ない。
「許す。愚息は良い友人を持ったな」
「恐縮にございます」
そしてこれは政治的な取引という意味を持つ。
不問に付してやる。だから、判るな? と。
「さて、フレイ。返答を聴こうかな」
「勅命、謹んでお受けいたします。陛下」
「すまん。本当にすまん」
謁見の終了から、スフレ王子は謝り通しだった。
援護射撃をするつもりだったのに、かえって退っ引きならない状況にしちゃったし。
しかもフレイの機転で救われるとかね。
もう、幾重にも面目を失した形である。
「気にしちゃダメよ。スフレ」
ぽんぽんとミアが王子の肩を叩いてやった。
大変に気安いが、こいつはアンキモ侯爵にだって横柄な口をきいている。
気高いエルフだからね。
なんで人間ごときに謙らないといけないって感じなんだろう。
きっと。
けっしてミア自身がキチガイだからって理由ではないはずだ。
たぶん。
宿に戻り、フレイの個室に集まったメンバーである。
ここでなら内密の話もできるからね。
「無理難題をふっかけられることは最初から判ってたんですよ。王子サマ!」
フレイのベッドでゴロゴロしながらデイジーが解説する。
魔王討伐ってのは、さすがに予想外だったけどね。
デイジー自身がマリューシャー教の総本山に拉致られたことだってあるのだ。
おえらいさんに無体なことをされるのは、不本意ながら慣れている。
「政争に負けて逃げ出した王子さまの護衛をやらされたことだってありますからねー」
くすくすと笑う。
当時はエクパル王子と名乗っていたエクレアのことだ。
「あんまりにも無茶な要求だったら、いっそ国を捨てて逃げようかって話してたんです」
「もし逃げるなら、協力させてもらうぞ」
「だから、どーしてあんたは危ない橋を渡りたがるんですか」
間髪入れずに言ったスフレに苦笑するフレイである。
友人のためなら躊躇なく地位だろうが命だろうが投げ出す為人は、間違いなく美点んだけど、政治を司るものとしては欠点だと思うよ。
「逃げませんて。ぶっちゃけ魔王なら、倒せるかどうかは別の問題として、会うことはできると思うんですよ」
「なんで?」
首をかしげる王子さま。
彼はカルパチョの正体を知らないから。
というより、知っているのはザブールの冒険者同業組合の幹部とアンキモ侯爵だけだ。
「俺の仲間にカルパチョっているんですけど」
「それは知ってる。すげーグラマーな魔族だろ。フレイの恋人二号の」
会ったこと程度はある。
魔族なんかを恋人にするなんてそうとう変わってるとは思ったものだが口に出したことはない、
個人の自由だもの。
だいたい、恋人一号がエルフだからね。
フレイというのは種族間の偏見がない鷹揚な人物である、と、スフレは解釈している。
けっして、人外マニアだなぁ、なんて思ってないよ。
ホントだよ。
「あいつって、魔王軍の幹部なんですよね」
「は?」
「四天王の一人、紅の猛将カルパチョって、あいつのことなんですわ」
「へ?」
理解が追いつかないスフレが、助けを求めるようにミアたちを見る。
みんな、にこにこ笑ってるだけだ。
「ひょんな事から俺と一騎打ちをしたんですけど、なんやかんやあって、俺が死ぬまでザブールに住むってことになったんです」
住んでる間は魔王軍の攻撃はない、という約束で。
「ちなみに、パンナコッタも魔王軍の幹部クラスよ。
視線を向けられたので、ミアが教えてくれる。
「……まじ?」
「まじまじ」
「うわぁ……」
スフレ王子ってば、頭を抱えてうずくまっちゃった。
気持ちは判る。
フレイに万一のことがあれば、せっかく人間の側に付いてくれた紅の猛将が魔王軍に帰っちゃうのだ。
そしてもしそれが人間の手による暗殺だったりとかしたらどうなるか。
考えるだに怖ろしすぎる。
たしかパンナコッタってのはデイジー教徒のはずだから、デイジーが死ぬのもまずいじゃん。
「バカすぎだろう……父上……カヌレ……」
だからフレイたちは敵に回すべき連中じゃないんだって。
魔将軍に大魔法使い。そしてもう一人、ナザリーム要塞の主だった神話級の邪竜ヴェルシュがいるんだよ?
もしフレイとかデイジーとか死んじゃって、彼らが怒り狂って王都に攻めてきたらどーすんのよ。
滅びちゃうじゃん。
「りりかる……まじかる……モウドウニデモナーレー……」
なんだかブツブツ言ってるし。
「そんなわけで王子。討伐はできないかもですけど、会って話をするくらいはできると思うんですよ。これが俺の奥の手です」
フレイが笑って見せた。
アンキモ侯爵が全幅の信頼を寄せる英雄の笑顔だ。
「わかった。くれぐれも無理をしないでくれ。これ以上、無理難題を突きつけるようだったら、僕が父上とカヌレを殺すから」
なんとか立ち上がったスフレが不穏当なことを言う。
だってしょうがないじゃない。
いまは笑ってるけど、フレイがぶち切れちゃったら魔王軍に走るかもしれないんだよ?
それだけは避けないと。
「だから、王子の友情は過激すぎるんですって」
フレイが指しだした右手を、スフレ王子ががっちりと握り返した。
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