第96話 こんなシリアスな話だっけ?
さて、アーイ・スバインでフレイたちが帰還方法を考えている頃、ザブールではもうちょっとだけ深刻な事態が起こっていた。
「総勢三千といったところかな」
床几に座った美々しい甲冑の男が、ふうとため息を吐く。
アンキモ侯爵である。
まとっているのは、かつてシスコームの遺跡でフレイたちが発見した、総ミスリル仕立ての
「申し訳ない。巻き込んでしまって」
頭を下げるのはスフレ王子。
ついこの前まで第一王位継承候補者だった青年である。
第二王子カヌレのクーデターにより王太子の地位を失い、いまではただのお尋ね者だ。
有為転変、というほどではない。
フレイチームが王都プリンシバルを去った後、ほとんど日を置かずにカヌレは温めていた計画を実行した。
なにしろ障害となるであろうA級冒険者は、事実上の追放となったのだ。
この機を逃す手はない。
あっという間に、王都プリンシバルはカヌレに掌握される。
モンブラン王は軟禁され、廃嫡されたスフレは身ひとつで落ち延びた。
というより、あえて逃がしたのだろう。
彼が頼るのはアンキモ侯爵しかいないと判っていたから。
スフレがザブールに到着したのは、フレイがこの地を旅立って十日後のことであった。
そしてその直後、王太子カヌレの名において、逆賊スフレとアンキモの討伐令が発布される。
まったく見事というしかないタイミングで、最初からそのつもりで準備していたことは疑いなかった。
「むしろ、カヌレがここまですると読めなかったのは僕の甘さか……」
無念のほぞをかむスフレ。
フレイの追放など第一段階にすぎない。
この機に対立候補の息の根を完全に止める。
そこまでやって、はじめてカヌレの地位が安泰になるのだ。
勢力を立て直す時間など与えるものか、という決意のもと、兵権を握ったカヌレは自ら陣頭に立ち、軍を押し出した。
スフレがザブールに逃げ込み、しかも軍備を整える前に叩くつもりである。
アンキモとスフレが合流した、という事実そのものが、攻撃の口実となるのだ。
国家転覆を企んでいる、と。
完璧なスケジュールで動いていたカヌレの作戦だったが、王都プリンシバルを進発して三日目に変更を余儀なくされた。
なんと、王国直轄領であるはずのナナメシが、固く街門を閉ざしてカヌレ軍の進軍を阻んだのである。
シティーガードの指揮官たるラクガン隊長の言い分は、直轄領を通り抜けることができるのは、あくまでも王の詔勅をもった軍勢だけだ、というものであった。
王太子軍だろうとなんだろうと、通すわけにも補給を受けさせるわけにもいかない、と。
なんという石頭か。
激昂したカヌレは猛然と攻撃を仕掛け、二日ほどで街門を破るに至る。
損害はゼロだった。
バリゲードを組んだり、板を打ち付けて補強はしたものの、シティーガードたちはカヌレ軍を攻撃しなかったから。
そして軍需物資の徴発にも、住民たちは抵抗しなかった。
もっのすごい淡々とした態度で、粛々と物資を供出したものである。
この一連の動きで、カヌレ軍は二日の時間を空費し、ナナメシは大量の物資とたったひとりの命を失った。
ラクガン隊長である。
カヌレは、彼の華麗なる進軍を邪魔した初老の守備隊長を許さず、自らの剣で斬り捨ててしまった。
斬られながらもラクガンの顔には不敵な笑みが張り付いていた。
その理由をカヌレが知るのは、もう少し後になってからである。
すなわち、交易都市ザブールよりはるか手前に布陣するアンキモ侯爵軍を見たときだ。
ラクガン隊長がカヌレ軍を足止めした二日間。
ナナメシの街を密かに脱出した腕利きの冒険者たちは、駆けに駆けて一気にカヌレ軍を引き離し、ザブールのアンキモに危険を報せたのだ。
正規の伝令兵ではなく冒険者を使ったところが、ラクガン隊長の凄みであろう。
独自の情情報網を持ち、近道なども熟知している冒険者ならば、鈍重な軍勢を大きく引き離せると読んだのだ。
その読みは的中し、アンキモ侯爵は侵攻に先んじて陣を敷くことに成功した。
彼の軍列には、もちろんスフレ王子も、ナナメシの戦士たちも加わっている。
天使デイジーの故郷を守ってくれ、という、ラクガンの命をかけた願いをここまで届けた猛者たちだ。
人数こそ少ないが、カヌレ軍を睨む表情は餓狼のようであった。
本当は、ナナメシの街を枕に討ち死にも辞さない覚悟だったのである。
デイジーの故郷をたるザブールを攻撃しようとか、カヌレとかいう男に王たる資格なし。
ナナメシの人々の共通した思いだった。
ここで戦おう、という意見も多かったのである。
しかし、それでは住民にも被害が出てしまう。
戦うなら野戦だ。
だがナナメシには野戦をおこなうだけの兵力はない。
ゆえにラクガン隊長は決断した。
ナナメシを代表する腕利きたちをザブールに送ろう、と。
自分は少しでもカヌレを押しとどめよう、と。
作戦は功を奏し、アンキモ侯爵軍は時間という宝物を手にすることができた。
忠勇の士、ラクガンの命と引き換えに。
カヌレ軍三千とアンキモ軍千五百は、エドーク平原で睨み合うこととなった。
数はカヌレ軍の方がはるかに有利だが、先に布陣したアンキモ軍の方が有利な位置にいるだろう。
互いに様子を見つつ、凸形陣を維持したまま前進する。
ひねりはないが、これだけの規模の大軍勢だ。あまり大胆な動きというのはできないし、相手か奇策を採ってくるんじゃないかって疑いもあり、まずは正統的な様子見からスタートしたのだ。
「弓箭兵、構え。放て!」
アンキモ侯爵の指示がとび、五百ほどの矢がまるで水鳥が羽ばたくように一斉に打ちあがる。
もちろんカヌレ軍も同様だ。
ただ、まだ両軍の距離があるし、重装歩兵たちが大盾を掲げて防ぐから、さほどの戦果は期待ではない。
挨拶代わりみたいなものである。
「では行ってくる」
「お気をつけて」
アンキモに軽く挨拶したスフレが愛馬に拍車をくれる。
本隊からちぎれ飛ぶように、スフレ隊が飛び出した。
合戦の花、騎馬突撃だ。
本来は総指揮を執ってもおかしくない王子だが、それではアンキモ侯爵軍が混乱してしまうため、客将として騎馬隊の一部を預かっている。
このあたりの驕らない為人が、アンキモやフレイに評価されているのだ。
ともあれ、百騎程度の騎馬を怖れるカヌレ軍ではない。
重装歩兵部隊が長槍を構え、迎え撃とうと横列展開する。
そこで異変が起きた。
突如としてスフレ隊が方向を変えたのである。左翼から右翼へ、まるで戦場を横切るように。
まったく意味が判らず、カヌレ軍が立ちすくむ。
もうもうたる土煙が視界を覆う。
彼らは気づいただろうか、この煙を生み出すことこそがスフレ隊の役割だったのだということを。
しかし、気づいた者がいたとしてももう遅かった。
土煙が晴れたとき、彼らの目に映ったのは喊声をあげて突進してくる歩兵部隊だった。
軽装の。
「冒険者部隊……だと?」
愕然とするカヌレ。
重装歩兵による斜線陣は騎馬突撃に対応したものだ。小回りのきく軽装歩兵にかき回されてはたまらない。
まして個人戦闘に圧倒的な強さを誇る冒険者や傭兵たちである。
鈍重な重装歩兵なんて、的でしかなかった。
こんな序盤に最も攻撃力の高い兵種を用いるとは、なかなかアンキモもやる。
驚きはしたが、カヌレはまだ余裕を失ってはいない。
奇策というのは諸刃の剣だ。
冒険者や傭兵などは、攻撃力こそ高いが連携ができないから防御戦には向かない。
だからこそ使いどころが難しいのである。
「怯むな! 長槍隊! 押しだぜ!!」
カヌレの声が木霊し、槍先を揃えた兵士たちが前進する。
こうなっては戦闘継続は難しい。
「くそ! 後退だ!」
ガイツを中心に奮闘していた冒険者たちが一目散に逃げ出した。
「何人やっつけた!?」
「ざっと三十くらいかな。まだまだ敵は売るほどいやがるぜ」
ゴルンとメイサンの会話である。
やはり数の差が大きい。
序盤戦はこちらが有利に展開しているが、じきに押し込まれるだろう。
いずれザブールに籠城ってことになってしまう。
そうなる前に、できるだけカヌレ軍を削らなくてはならないのだが……。
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