第95話 最強ユニット、デビュー!


「我が民たちよ! 人間の国アルダンテより友が訪れてくれた!」


 バルコニーに立った魔王アクアパツァーが、詰めかけた民衆に手を振る。

 このすごい大歓声だ。


 かなり慕われているっぽい。

 変態なのに。


「これは、予の続けてきた平和政策の成果である!」


 ふたたびの大歓声。


 成果もくそも、フレイたちは勝手に訪れたわけだが、わざわざそんなことを言う必要はない。

 政治には、けっこうパフォーマンスが必要なのだ。


 フレイチームの来訪を奇貨として、政策の成功を印象づける。

 加えて、帝国の主導で事態が進んでいるんだよって思わせるのである。


「紹介しよう! 我が友たるデイジーだ!」


 魔王の声に応じて姿を現す美少女。

 いずこからか降り注ぐ照明がてらす。


「みなさん! 初めまして!」


 ひらひらの衣装、ホットパンツから伸びた健康的な太腿、額に輝くサークレット。

 右手に持った錫杖マジカルステッキを振れば、きらきらと視覚効果エフェクトが舞う。


「マリューシャーの司祭、デイジーです! 魔王サマに会えて良かった。みんなに会えて良かったです!」

「すでにしてデイジーは帝都のマリューシャー教会に、金貨一万枚もの寄進をおこなったという。孤児たちを救うために!」


 なんという高潔!

 なんという慈愛!


 人々の熱狂ボルテージが上昇してゆく。

 地面を踏みならし、腕を振り上げ。

 魔王と司祭の名が連呼される。


 頷き合ったデイジーとアクアパツァーが互いに右手を伸ばし、掌を合わせた。

 友情の架け橋のように。


「それじゃあみんな、聴いてください。マリューシャーに捧げる聖歌、『あしたの笑顔をきみに』!」


 王の衣をまとったアクアパツァーと、ひらひら衣装のデイジーが歌い出す。

 会場からは『HEY! HEY!!』と、コールが湧き上がる。


 どうやらコールのタイミングを、ガルとパンナコッタが指示しているらしい。

 さすがはザブールのマリューシャー教会で鍛えたファン捌き。デイジー教の幹部は伊達じゃない。


 魔王と天使、最強ユニットの誕生だ。


「……完全に人心を掌握できたわね。これで世論は融和路線に一気に傾くわ」

「平和条約の締結にまた一歩と近づいた、いうところでしょうか」

「堅物パンナコッタをおとした天使、ハンパじゃないねぇ」


 ペスカトレ、カルボナラ、エスカロプの感想である。

 なんでコンサートみたいな感じになっているのか、もう考えるのはやめた三人であった。


 とにかくデイジーはすごいってことで、納得するしかない。

 思考停止ともいう。


「まあ、戦うよりは仲良くした方が良いさね」

「そうですね。なんだかんだいって人間たちは侮れません」

「結局は勝っちゃうものね。あいつら」


 肩をすくめる四天王の三人。

 聡明な彼らは知っているのだ。人間は諦めないということを。


 もし魔族がその強大な力をもって人間界を支配したとしても、いつか必ず人間は魔王を打倒して勝利する。

 何千年、何万年かかろうと。


 それができるのが人間だ。

 悲願や恨みをけっして忘れず、何世代にも渡って語り継いでゆく。


 その執念深さが魔族にはないのだ。

 土地を追われたとしたら、普通に新天地を探すだけ。

 何万年かかっても取り返す、とはならない。


 竜たちやエルフ族にしてもそうだろう。


 だからこそ、当代の魔王たるアクアパツァーは本格的な侵攻をおこなわなかったのだ。

 泥沼の戦いになるのを嫌がった、という理由もある。


「フレイたちの来訪が良いきっかけになったわね」


 ペスカトレの言葉に、エスカロプとカルボナラが頷いた。


 フレイのもとにカルパチョが嫁いでしまえば、長女から受ける重圧から解放されるじゃん。めでたしめでたしじゃん。という言葉を飲み込んで。

 また癇癪を起こされたら面倒くさいからね。






「たっだいまー」


 一仕事ライブを終え、デイジーがホテルに一人で戻ってきた。


 ガルとパンナコッタは、マリューシャー教会への寄付と入信の受付に忙殺されちゃってるらしい。

 判っていたことではあるので、魔王の親衛隊も手伝っているとか。


「これで、この街の教会も一安心だね!」


 えっへんと胸を張るデイジーだが、一安心ってレベルをかーるく超えちゃってる。


 ものすごい量のお金と人が集まるから、キャラメリゼ侍祭だけではさばききれなくなるのは明白だ。

 王宮から人を出してもらうしかないだろう。


 事務を担当するものと、たぶん警備担当も必要になる。

 マリューシャーデイジー教の教会を襲うような罰当たりは、間違いなくデイジー教徒狂信者たちにボコられるからね。

 やり過ぎないように監視する人が必要になるんだ。


「ホテルまで騒ぎが聞こえておったぞ。なんでアクアパツァーあのバカまで一緒に歌ってるんじゃか」


 やれやれと呆れるカルパチョであった。

 朝からやっていたリハーサルは、きっとこの準備だ。

 聖歌の練習とかしてたんだよ。きっと。


「アクアパツァーかわいいよね! ボクもユニゾンできて楽しかった!」

「お、おう……」


 目をキラッキラさせるデイジーに、カルパチョが頬を引きつらせた。

 魔王を可愛いとか言っちゃってるよ。この天使。


「そのうち、くっついちゃったりして」


 きししししし、とミアが笑った。

 この娘はキチガイなので、あきらかに治より乱を好む。

 らんちき騒ぎとか、大好物だ。


「フレイとミアとカルパチョだって恋人になってるからね! ボクがアクアパツァーとくっついても問題ないよね!」


 そうだろうか。

 問題しかないような気がする。

 デイジーファンクラブ狂信者どもが暴動を起こすかもしれないし。


「あるいは、美少女と美少女のカップリングに喜ぶかもしれんがのう」


 なんだか疲れたようなカルパチョである。

 業の深いバカどもことを想像しちゃったよ。


「あれ? そういえばフレイは?」


 デイジーが首をかしげた。

 サロンにはミアとカルパチョしかいない。あとは影のようにたたずんでいるセバスチャンと。


「まさかまだ寝てるの?」

「そんな馬鹿な。馬車の調達にいったのよ。王家の馬車とか使うわけにもいかないね」


 ミアが肩をすくめてみせた。

 ザブールへの帰路のことを、すでに我らがリーダーは考えているのである。


 エルフ娘がいうように、王家の馬車は使えない。

 そったら目立つもんが護衛も連れずに移動していたら、襲ってくださいって伴奏つきで歌ってるみたいなもんだ。

 かといって、まさか魔王を歩かせるわけにもいかないし。


 そんなわけで、相場を調べたり馬屋と顔を繋いだりするため、フレイは単独行動中であった。


 普段ならくっついていくミアであるが、今日はカルパチョに気を遣って留守番している。

 毎日フレイを独占するってのも可哀想だし。

 ほら、魔将軍の顔はアーイ・スバインでは有名すぎて、おちおち外も歩けないからね。


 そして結論からいうと、馬車は手に入らなかった。


「面目ない。どこも品薄な上にバカみたいに値上がりしていてな」


 夕刻、へろへろになってホテルに戻ってきたフレイが、仲間たちに頭を下げる。


 魔王アクアパツァーの演説は、帝都の商人たちを活気づかせた。

 アルダンテ王国との貿易が解禁されたら、今までみたいにこそこそ国境のまちで取引をする必要なんかない。

 大規模な隊商キャラバンを組んで、交易都市ザブールに、あるいは王都プリンシバルに遠征できるのだ。


 この商機を見逃すようなバカは、商人なんかやめちまえって感じである。


 馬車馬も、客車キャビンも、商人たちが買い占めに走ったため一気に品薄になった。

 まずはこいつらがないと、商売にすらならないのである。

 自分の利益を確保するためには、まずは機動力だ。


「相場の十倍とか二十倍とか出せば買えないこともなかったんだけど、さすがにそこまでするのもと思ってな」


 十以上の馬屋を回って、この有様だった。

 少し仲間たちと相談した方が良いかもしれないと考え、戻ってきたのである。



  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る