第34話 王子は王女!?


 ものすごい美少年でした!


 すらりとした体躯に白い顔。金色の巻き毛にアイスブルーの瞳ですよ。

 何を食って育ったらこんな美形になるのかって話だ。


 たとえばフレイは、親友たるデイジーのことをすんげー美少年だと思ってるし、たぶんその評価はザブールに住む多くの者たちが頷くだろう。

 それとは方向性がだいぶ違うんだけど、エクパル王子という人物の美しさも、そうとうなもんだった。


「なんで俺の周りには、顔の良い野郎ばっかりあつまるのか。なんかの嫌がらせか?」


 とは、チームリーダーフレイの嘆きである。

 せつなくなっちゃいますよ。


「がうほのフレイ。ねどけうもおといいこっか」


 ぼそっとミアが言った。

 エルフ語で。


「んん? なんて?」


 もちろん意味が判らず問い返す。


「今日は天気が良いねっていったのよ」

「ぜってーちがう。俺の名前はいってたし」


 胡散臭そうにエルフ娘を睨むフレイだった。

 ほぼ間違いなく悪口だろうからね。


 なんつーかね。ことあるごとにエルフ語で悪口を言うのはやめて欲しいんだよ。


「くっくっくっ」


 しかも邪悪な笑いを浮かべながらね。


「デイジー。なんて言ったんだよ」


 エルフ語の判る親友に助けを求める。


「んん? フレイは格好いいねって話だよ。ねー」

「ねー」


 にこにこ笑いながら頷きあってる、デイジーとミア。

 息ぴっったりである。


 フレイはますます疑いを深めた。

 困ったことである。


「……私はたいへんにナイガシロにされてる気がする……」

「気だけではござらぬよ。正直なところ、貴公の護衛は難しいのではないかとそれがしも考えていた」


 置いてきぼりのエクパル王子に、ガルが冷たい言葉をかける。

 彼はべつに同性愛者ではないので、王子の美貌には半銅貨ほどの価値も見出さなかった。


 デイジーファンクラブバカたちの巨頭とも思えない態度であるが、これは仕方がない。

 彼らバカたちのデイジーに対する愛は、性別などを超えた崇高なるものなのである。


「こんな線の細そうな御仁では、山越えは不可能だろう」


 となれば街道を使うしかない。

 こんな美少年を連れて。

 目立つことこの上ない。

 襲ってくださいって言ってるようなものだ。


「ゆーて、見捨てるという選択肢もないさ」


 やれやれと肩をすくめるフレイだった。

 王子、などと言っているが、権力闘争に敗れた今となっては、エクパルの公的な地位など平民以下だ。

 なにしろ命を狙われている平民なんて、そうそう滅多にいないからね。


 だからこそ、見捨てるなんてできるはずもない。

 そういう男だと知っているミアもデイジーも、肩をすくめてみせただけだ。


「いかにも王子様、なんて格好じゃ目立って仕方がない。ここは変装だろうな」


 そして話は実務レベルへと移行する。


「いいだろう。私はなんに化ければ良いのかな? 従者か。あるいは商人か?」


 どことなく楽しそうなエクパル王子だ。

 身分を偽って旅をするとか、そういうシチュエーションに憧れているのかもしれない。


「いや? そういうのは敵だって予想するだろ?」


 当然である。

 相手にだって考える頭があるのだから、計算もすれば予測もするのだ。

 こちら側の都合で踊ってなどくれない。

 だからこそ、敵の予想を超えるアイデアが必要になってくる。


「たとえば?」

「女装だな」

「ごめん。いまなんて言ったんだ? フレイ」

「女装だな」


 いっそおごそかに、フレイが繰り返した。

 王子の顔がさっと青ざめる。

 新進気鋭のC級冒険者の顔には、まったく、これっぽっちも冗談を言っている雰囲気がなかったから。


「王子様は顔も良いし背もたいして高くない。女に化けてもそんなに違和感はないだろ」


 ちらりとミアとデイジーに視線を投げる。

 着替えの服を何枚か提供してくれないか、という意味だ。

 軽く頷いた二人が、エクパルににじり寄る。

 手をワキワキさせながら。


「くくく……痛くしないからね……」

「でも、抵抗したら痛くしちゃうかも」


 ミアの邪悪さはいつものこととして、デイジーまで絶賛悪ノリ中である。


「や、ちょ、待ちたまえきみたちっ」


 あたふた王子だ。

 気持ちは判らなくもないが、状況は説明した通りだ。

 リーダーが無情に右手を振り下ろす。


「やっちまいな」

『イーッ!!』


 謎の奇声をハモらせて、じつに楽しそうにエルフと司祭が襲いかかった。


「ちょ!? やめっ!? いやぁぁぁぁ!!」


 やたら色っぽく王子様が抵抗している。


「絵面が悪すぎるのではないか? フレイ」

「ここまでのことをしても、たとえば伯爵の手勢が止めに入ってこない。ガルはどう思う?」

「そこを見極めるための行動か」


 ふふと笑う武芸者。


 やはり我らがリーダーはタダモノではない。

 たったひとつの事象からさまざまなことを読みとってゆく。

 このケースであれば、王子にまったく味方がいないのだ、ということである。

 アンキモ伯爵としても、とっとと追い払ってしまいたいのが本音なのだろう。


「ガルー! 手伝ってーっ!!」

「心得た」


 デイジーに頼られ、嬉々として悪ノリ行為に参加する武芸者であった。

 シリアスさなんぞ、ぽーいと捨てちゃって。


「なんだかなぁ」


 苦笑するフレイ。


「いやぁぁぁ! やめてぇぇぇ!!」


 もっのすごい悲鳴があがっている。

 王子様ってのは、ずいぶんとシャイなものらしい。


「フレイ大変! この王子様、おっぱいがあるわ!!」


 ミアの声が響いた。





 客間のすみにうずくまり、ぐずぐずと鼻をすするエクパル王子。

 本当は、エクレア王女というらしい。


 びっくりである。

 なんと王子様は王女様だった。


「いやあ、さすがに申し訳ないことしちゃったねぇ」


 ぺろっとデイジーが舌を出した。

 いやいや。

 てへぺろで済む問題ではない。

 お姫様をひん剥くとか、普通だったら極刑である。


「王子様だって極刑だよ!! 死刑だよ!!」


 がるるるる、と、エクレアちゃんが怒ってる。当たり前だ。


「まあまあ。わたしのとっておきの服をあげるから」


 ミアが差し出したのは、露出度がものすごい服。しばらく前にカルパチョが着て、たいへん不評だったやつである。


「こんなエッチな服きれるかぁ!!」


 怒ってる。

 心の狭い人だ。


「アンタは! 自分の国の王女が! こんな紐みたいな服を着る変態でも良いのか!!」

「これの良さが判らないなんて。おこちゃまね」


 もちろんそんな怒りなど、エルフにはまったく届かない。

 お子様扱いである。


「もう子供で良いです……」

「そもそも、なんで男装なんかしていたの?」


 予備の神官服を渡しながら、デイジーが訊ねた。

 彼でなくとも気になるところだろう。

 エクレアなんて王族はきいたことがない。なんで王子のふりをしていたのか。


 逆ならまだ判るのだ。

 玉座を巡る争いから遠ざけるために、女だということにしてしまう、とか、けっこう叙事詩サーガなんかでもうたわれている。


「私の母が野心家だったんだよ」


 諦めたようにため息を吐いて、神官服に袖を通してゆく。


 エクレアの母というのは第三王妃のことである。

 ようするに国王陛下の三番目の奥さんだ。正妻の一人ではあるものの、ぶっちゃけ三番目なんて、たいして高い地位ではない。


 まして正妃も第二王妃も男児を出産しているのだ。

 女児なんか産んだって、どーにもならないのである。


 そこで一計を案じて、エクレアをエクパル王子とした。

 わざわさ我が子を権力闘争の真っ直中に放り込んだわけだ。なかなかの猛女というべきだろう。


「つーか、それで王位を掴んだとして、そのあとどうするんだよ。世継ぎもつくれねーだろうに」


 フレイが呆れる。


「奥さんになった人をべろべろに酔わせて正体をなくさせて、母の側近の種を付ければ良いって」

「猛女というより、鬼畜だな」


 他人の親を悪くいうのは気が引けるが、エクレアが権力闘争に敗れたのは僥倖のように思える。この国と人々のためにも。

 そんな鬼畜が皇太后として権力を握るとか、怖ろしすぎる。


「私も負けて良かったと思うよ。けど、負けた以上は消されてしまうのが世の常だからね」


 シニカルなエクレアの笑みだ。

 それから、ゆっくりと別の表情を作った。


「もうちょっとおとなしめの服はないのかな……デイジー」

「ないよっ よく似合ってるよっ」


 デイジーの予備の神官服とは、もちろんひらっひらなラブリーなやつである。

 ものすごく可愛いやつである。


「はい。ポーズポーズ! マリューシャーの奇跡を! あなたに!」


 むっちゃ素敵なポーズを決めて、デイジーがぱちんとウインクする。


「こ、こう?」


 同じポーズをするエクレア。


「けっ」


 ガルが吐き捨てた。

 あれはデイジーがやるから映えるのだ。王女だかなんだか知らないが、生身の女がデイジーの真似をするとか。

 片腹痛いを通り越して醜悪なだけである。


「ねえ! なんで私が責められているの!? 理不尽すぎない!?」


 不本意な服装をさせられ、不本意なポーズさせられたあげくに、不本意な評価をされた王女が、途方に暮れたように叫んだ。


 

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