第35話 飛んで火に入る暗殺者


 こんな服装は嫌だとエクレアちゃんが駄々をこねたため、アンキモ伯爵から侍女の制服を借りることになった。


「まったく、わたしの服が気にくわないとか」

「ボクの服が気に入らないとか」

『これだから王室育ちは』


 声を揃えるミアとデイジーであった。


「私が悪いみたいな言い方、やめて欲しいんですけど!」


 メイドさんみたいな格好をして、ぷりっぷり怒ってるエクレア。


「エクレアが悪いだろうな。デイジーが貸してくれた服を断るなど言語道断。身の程をわきまえたほうがよかろう」


 ものすごく不機嫌にガルが言う。


「いやいや! あんた、私がアレ着たとき嫌な顔したよね! そもそも身の程わきまえるのどっちよ! 私、王族だから! 王族だから!!」


 王女さまが、むっきっきーって地団駄ダンスを踊る。

 元気いっぱいである。


「まずは伯爵の城から出て、隣町のジョボンまで。ここが第一関門だな」


 地図を見つめながら、フレイはぼりぼりと頭を掻いた。


 ザブールに寄って装備をを整えつつ、チームメンバーが増えたことをアピールする、というのもひとつの手段である。

 増えたのが女だと見せつけることによって、王子様じゃないよと印象づけるのだ。


 ただし、これは諸刃の剣だったりする。

 男だろうと女だろうと、新規メンバーが加わったという事実は動かないからだ。

 女に化けてるんじゃね? と、刺客が考えないという保証もない。


 故意に見せつけるような動きをすれば、かえって疑念を抱かれる可能性がある。

 そして、怪しいから見逃すか、という発想をする相手ではないだろう。


「せめてもう一チームあればな。どっちが本物かって迷わせることができるだろうけど」

「ていうかフレイ。この大騒ぎのなかで、なんで真面目に仕事してるの?」


 心の底から問うエクレアだった。


「バカ騒ぎには慣れてるから」

「慣れるなよ! 逆らえよ! 抗えよ!」

「いやあ」


 照れたように頬を掻いたりして。


「褒めてないから!」


 むしろこいつが一番おかしいんじゃね?


「ゆーて、みんなで騒いでたら、いつまでも出発できないしな」

「そうだけど! まったくその通りなんだけど!」


 この状況で淡々と仕事するってどうなのよ。


「そこがわたしたちのリーダーだからね。ちなみに、エクレアを見捨てるってのが、一番効率が良いんだって知ってた?」


 歩み寄ってきたミアが、フレイをかばうように立つ。

 エクレアを睨みつけながら。


「権力闘争に負けて逃げてきたような人を助けたって、わたしたちには何のメリットもないの」


 まして王子ではなく王女だというなら、隣国に亡命したところで復権の目はほとんどない。

 つまり一発逆転が起こって、エクレアがエクパル王となる可能性はないということだ。

 隣国で保護され、一応の礼節をもって遇される、というのがせいぜいのラインだろう。


「ようするに飼い殺しね。外交カードとしても、たいして使い道はないだろうし」

「うぐぐぐ……」

「でも、フレイは見捨てないの。どうしてかっていえば利得じゃないのよ。エクレアが困っているから。そういう男なのよ。わたしたちのリーダーは」


 言いながら、ミアがフレイの腕に自らのそれを絡めた。

 自慢するように。


 困っている人を見捨てない。

 できる範囲で、という注釈はつくが、必ず救いの手を差しのべる。


「エクレアだけじゃないさ。伯爵だって困っていたしな」


 苦笑するリーダー。


「……私が言い過ぎたようだね。非礼は詫びるよ」


 深々と、王女様が頭をさげた。

 ミアに向かって。


「仲間をかばう優しさ、王族にすら立ち向かう勇気。感服した」


 深々と。


「あれ?」


 首をかしげるフレイ。

 どっちかっていうと、謝罪って俺にするんじゃねーの? とか思いながら。

 なんでミアに謝ってるんだろう。


「その気品、その美しさ。その勇気」


 とか言いながら、メイドさんみたいな格好をした王女様がエルフ娘に近づく。


「もう一度、名前を伺っても良いだろうか」


 にこーっとスマイルだ。

 宮廷の貴婦人たちがぽーっとなっちゃうような、まさしくロイヤルスマイルってやつである。


「……ミアだけど?」


 なんとなーく後ずさりながら、それでもなんとか応えるミア。


「これから、仲良くしてほしいな。ミア」


 すっと白く美しい手を取ったりして。


「のぉぉぉぉっ! なんすんじゃーっ!!」


 血相を変え、ミアがばしんとはたき落とす。


「フレイっ!」


 慌ててリーダーの背後に隠れながら。


「やばいよフレイっ なんかこの女、頭おかしいっ わたしのことを見る目がなんかへんっ すごくへんっ!」


 両腕にびっしり立った鳥肌を必死に撫でる。


「いやいや。エクレア。なんでミアにコナをかけるような感じになってるんだよ」


 フレイとしても不本意極まりない。

 一応ね、彼とミアは恋人……とまではいかないけど、お互いに憎からず想ってるんだよ。

 仲間たちもそれは判っていて、あたたかく見守っているんだよ。


「いやあ、私って男として育てられたからね」

「それはもう聞いたよ……」

「いつの間にか、男を恋愛対象としては見れなくなったんだよね。どちらかというと、きれいな女の子が大好きさ」


 ぱちんとウインク。

 ミアに向かって。


「やべえ、こいつガチだ……」


 うわぁ、と引き気味なフレイ。


「れえかもずれ」


 エルフ語で何か言ったミアが、べーっと舌を出した。




 


 ザブールからジョボンまでは、普通に移動すれば三日ほどの距離だ。

 つまり、途中に宿場町が二つあるということである。


「結局、街道をいくことになっちゃったね」


 魔法の錫杖をぶんぶんと振りながらデイジーが言った。

 うららかな陽光がさんさんと降り注いでいる。


 エクレアの体力を考えた場合、やはり道なき道を進むというのは無理があるため、どうしても街道を進むしかない。


 しかも、そのルートですら彼女のペースはかなり遅いのだ。

 メイドさんっぽい格好で、荷物は全部ガルに持ってもらっているのに、このていたらくである。


「足が痛くなったらいってねっ エクレア! 回復の奇跡をつかうからねっ」

「あ、ありがとう。デイジーはやさしいね」


 力無く笑う王女様であった。

 偽名は使わない。というより、知られているエクパルの方が偽名だったため、ふつうに本名を知っている人がいないから。


「ボクは司祭プリーストだからねっ」


 ホットパンツにひらっひらの衣装、やたらラブリーな錫杖、そして可愛らしいサークレット。

 一体どこの宗教団体が、司祭にこんないかがわしい格好をさせているのかって話である。


 デイジーをみて神職だと思う人は、ザブールの外には滅多にいない。

 外にはね。


 ちなみにザブールのマリューシャー教会は、説法会のたびに大盛況である。

 寄進もがっぽがっぽだ。


「いや、デイジー。奇跡はとっておいてくれ」


 鋭く、フレイが警告する。


「お客さんだ」


 腰の後ろの隠しポケットから、魔力の籠もったジャマダハルを引き抜きながら。


 さっと陣形を組むフレイチーム。

 前衛の位置にガルとフレイ。後衛にはミアとデイジー。

 中心部にエクレアを入れて守る格好だ。


「本気なの? 街道よ?」


 呆れたような声をミアが絞り出す。

 視線の先には山賊風の男たち。

 数はざっと六人ほどだ。


「街道で旅人が野盗に襲われる。べつに珍しい話じゃないだろ?」


 リーダー格だろうか、にやにや笑いの男が応えた。

 ち、と、フレイが舌打ちする。

 珍しい話に決まっている。


 夜中ならまだしも、白昼の街道で襲われるなど普通はありえない。

 そのありえないことを押し通そうとするのは、相手側に隠すつもりがないからだ。


 目撃者がいようと関係ない。

 警邏けいら中のアンキモ伯爵軍を呼ばれてもかまわない。


「そんな盗賊が、どこにいるってのよ! 火蜥蜴の槍サラマンダージャベリン!!」


 ミアの手から精霊魔法が放たれる。

 戦いの号砲のように。


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