第36話 フレイの冒険教室


 いきなり放たれた魔法を、慌てたように山賊どもが回避する。

 先制攻撃にいっさいのためらいがないミアもかなりアレだが、回避しちゃう男たちもだいぶおかしい。


 魔法っての基本的に必中で、避けられる類のもんじゃないのである。

 短剣で弾くなんて、ふつーはできない。


「ただのチンピラではないということであるな! わかっておったよ!」


 突進したガルが縦横に戦斧バトルアクスを振るう。

 これには山賊どももたまらない。


 魔法を回避したと思ったら戦斧の攻撃だ。

 たちまちのうちに、一人二人と無力化される。


「やるな!」


 動揺しつつも戦列を整える山賊ども。

 ここまで圧倒的な戦闘力の差を見せつけられても退かないというのは、きちんと訓練されている証拠だ。


 もちろん、そんな山賊なんか存在しない。

 守勢から一転、二人ほどがガルと斬り結ぶ。


「ぬううう!」


 間断なく襲いくる短剣をあるいは斧で受け、あるいは回避するも、半裸戦士の肉体には細かな傷が刻まれてゆく。

 ここまでの近接格闘戦になってしまうと、ミアも攻撃魔法で援護はできない。

 ガルを巻き込んでしまうから。

 魔法というのは敵味方を区別しないのだ。


「ぐううう! この程度の痛みでそれがしの心は折れはせぬ!」


 溢れる闘志を剥き出しにガルが奮闘し続ける。


「もっとだ!! もっとそれがしを傷つけてみよ!!」


 目を見開き、涎を撒き散らし。


「えぇー……?」


 ガルと戦う男たちは、じゃっかん引き気味だ。

 わりと気持ち悪い。


 混戦のもやを突きやぶり、二人ほどがエクレアに迫る。

 そこに立ちはだかるのはフレイだ。


 右手に装着されたジャマダハルが閃く。

 二、三合斬り結ぶと、男が一人崩れ落ちた。


 ミアやガルのような派手さはないが、充分な強さである。

 驚いたようにエクレアが目を見張った。


 ひょうひょうとしていてつかみ所がなく、まあ正直あんまり強そうには見えなかったフレイがこんなに強いなんて。


「すごい……」

「ボクたちのリーダーだからね!」


 思わず呟いたエクレアに、デイジーがにぱっと笑ってみせる。

 全幅の信頼をこめて。


 戦士としての力量は、もちろんガルの方が上。ミアのように魔法が使えるわけでもない。

 しかし、それでもリーダーはフレイなのだ。


「信じてるんだね。フレイのこと」


 負けずにエクレアも笑顔を見せる。

 多くの貴婦人たちを魅了してきた王子様の笑みだ。


 アイドルスマイルとロイヤルスマイルの競演。

 どうして対抗し合っているのか、ものすごく謎である。


「遊んでないで働いて欲しいなぁ」


 というフレイの嘆きは、もちろん届かないのであった。





 まあ、苦戦というほどのこともなかった。

 機先を制しているため、最初からフレイたちは精神的に優位に立っていたというのが大きい。


 先制攻撃ってすっげー大事なのである。

 後の先、なんて言葉もあるが、あれってよっぽどの実力差がないと無理。


 似たような力量なら、先にダメージをあたえた方が有利なのは当然ってやつだ。

 でも、人間ってのはなかなか先に手は出せない。

 先に手を出した方が、どうしても悪役に見えてしまうから。


 その点、ミアはまったくためらわない。

 むしろ望むところっぽい。


「あと、拷問とかも大好きよ」

「うん。その補足いらないよね。ぜったいいらないよね」


 全滅した野盗どもをじつに楽しそうな目で見おろすミアに、ものすごく嫌そうにつっこむフレイだった。


 六人の襲撃者のうち、戦闘中に四名が死んだ。

 残り二名の一方にはガルがトドメをさした。

 最後の一人は重傷だったが、デイジーが回復の奇跡で傷を癒してやった。

 もちろん人道に基づいて、ではない。


「背後関係とか調べた方がいいだろうしね!」


 にっこにこしながら理由を語ったりして。

 ようするに、死人は口をきけないから生かしておいた、というだけの話だ。


 マリューシャー教は、襲いかかってきた相手を許してあげましょう、なんて胡散臭い教義は掲げていないのである。

 自衛のための戦いだって復讐だって肯定している。


「当然であろうな。何者が放った刺客か判れば、対処法も見えてくるだろう」


 うむうむと頷きながら、ガルが死体を遠くに投げ捨てる。

 ぽーいって。


 街道に放置してしまうと肉食獣が寄ってきて危ないし、見た目的にもあんまりよろしくないからだ。


「こんな山賊、いるわけねーしな」


 肩をすくめるフレイ。

 身元が判るようなものも持っていない。

 財布も持っていない。


 あきらかに訓練された集団だろう。

 ただ、そういう連中を拷問しても、たいした情報は吐かない気もする。


「ほどほどにしておけよ。ミア」

「判ってる判ってる」


 嬉々として、エルフ娘が男を引きずってゆく。

 いちおうは人目につかなそうな森影に。


「いやいや。すごい自然な流れで拷問に入ろうとしてるけどさ」


 右手で眉間のあたりを押さえつつ、エクレアちゃんが声を出した。

 あまりの自然さに、思わずぼーっとしちゃってたよ。


 危なげなく勝ったのは良いさ。

 さすがは新進気鋭のフレイチームって感じで、アンキモ伯爵から聞いていたことが誇張ではなかったと証明されたようなものだ。


 問題はその後ですよ。

 一人だけ生かしておくとか、残りは草むらに投げ捨てちゃうとか。

 そのまえに懐を漁るとか。

 どっちが山賊なんだかわかんないって。

 あげく生き残りは拷問て。


「おかしくない? なにもかもおかしくない?」

「おかしくないよー あたりまえのことだよー」


 悪びれるどころか、えっへんと威張るマリューシャー教の司祭である。


「生き残りを出すというのは論外なんだよ。エクレア」


 さすがにデイジーの言葉だけでは説明不足だと思ったのか、フレイが補足した。


 生き残りが一人でもいれば、それはすぐに本隊と合流するだろう。

 その際、ただ泣きながらうわーんって帰るわけじゃない。

 フレイたちの情報も渡ってしまうのだ。


 どういう魔法を使ったとか、どういう戦い方をしたとか。

 これを戦訓という。


 戦訓を得た敵陣営は、次の戦いのそれを活かすだろう。


「次?」

「ああ。一回負けたからって泣き寝入りするような、かわいげのある連中じゃないだろ?」

「それはたしかに……」


 エクレアが頷く。

 長兄にしても次兄にしても、ものすごく執念深い。

 エクパル王子を追放してそれでおしまいってことだけは絶対にないし、彼の死を確認するまで、何度でも刺客を送るだろう。


「殺すしかないのは判ったけど、拷問するのは?」

「後ろにいるのが誰か知りたい。第一王子か第二王子か、あるいは彼らは手を結んでいるのか、それとも足を引っ張り合っているのか」


 指折り数えてみせる。

 ただ、先ほどフレイ自身が口にしたように、たいした情報が得られるとは思っていない。

 城の密偵だろうが、雇われ暗殺者だろうが、そう簡単に口を割るはずがないからだ。


 もちろんミアのことだから、たっぷり時間をかければ洗いざらい吐かせるこどが可能だろうが、そこまでの暇もないのである。


 このままでは、日が暮れるまでに宿場に入ることができなさそうだ。

 となれば、どこかで野営するしかない。


 そしてそれは陽が落ちてから準備する、というわけにはいかないのである。

 どこまで進むかを決め、野営できる場所を探し、夕食と明日の朝食の支度をする。

 口でいうのは簡単だが、それなりの時間が必要だ。


「もっとも、刺客が何を語ったとしても、本当かどうかわからないんだけどな」


 肩をすくめるリーダー。


「そこまで判っているのに拷問するの?」


 エクレアが首をかしげる。

 それならばむしろ、とっとと殺して先に進んだ方がいいのでは? と瞳が語っている。


「情報は情報さ。嘘情報でも、なんにもないよりはマシだって」

「そういうもんかな?」

「ああ。それに、ミアのストレス解消にもなるし」


 半笑いのフレイだった。

 草むらからは、「アーッ!」って、悲鳴のようなものが聞こえている。


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